1-22.怒り、憤り。

〇美怜〇


 何度も何度も踏みつける。


「どっかいって! どっかいって! どっかいてええええええ!」


 数日前までは家族であるとあんなに嬉しかったのに、今は彼の顔が憎い。

 一緒に居るのも嫌だ。

 明日、土曜日で彼は居ないけど、日曜日は一日中、彼と一緒ただと考えると吐き気がする。

 両足が不意に捕まれる。

 それでも足をジタバタさせ、抵抗する。

 しかし、力強い望の握力は私の非力な脚力では歯が立たない。

 望は私の足を持ったまま完全に這い出、立ち上がる。

 当然、私はベッドの上にY字開脚される格好になる。そして彼は私を観、


「――何度か踏まれたが、気が済んだかね?」


 この程度かと上から目線で言われ、自分の感情が高ぶるのを感じた。


「放して!」

「放さない。コミュニケーションの放棄なぞ、許すものか。話さなければ相手には物事は伝わらない。素直に不満でも何でも述べてくれ、それが家族だろ? ちなみに僕は怒っている」

「――っ!」


 何が怒っているだ。

 私を怒らせて蹴らせたのは望だ!

 体をよじって逃げ出そうとするが、望の握力が許さない。

 自分の非力さが恨めしい。


「――じゃぁ、望、私を目立たせるの、やめてよ!」


 交換条件だ。

 私はそれがなされれば、別に望と会話してもいい。そうすれば、私に対しての虐めもなくなるだろうからだ。


「断る」


 いつも通りの即答だった。


「これだけは譲れん、美怜のお願いであってもな?」


 いつも通りの望の落ち着いた顔。腹が更に立った。

 相手はこちらを逃がすつもりは無い、だったら良い機会だ。

 鳳凰寺さんに言われたとおり、私はここで望から玩具扱いされることにケリをつけてやろう、そう自分に言い聞かせる。


「――望は楽しい? こんな私を虐めて」


 目に力を入れて望を睨む。彼が心底予想外だ、という表情を浮かべてくる。

 どうやら自覚症状が無い、悪質な虐めのようだ。


「私を笑いものに仕立て上げるって、どんな気持ち?」


 だから、私は判りやすいように言い直す。


「確かに虐めを焚きつけたのは僕だ。学級委員なんかに祭り上げたのは君を目立たせようとしたのはそれが狙いだ」


 それは自白だった。

 余りにも素直に認めたため、思考が停止した。

 彼はこういったのだ。


「家族ですら望は笑いものにして高みで見物してたの?」


 何という邪悪であろうか、彼は。


「僕は君を貶めようと、笑いものに仕立て上げようとはしていない」

「傲慢だよね、それは!

 事実、私は貶められているよ!

 どうせ知ってるんでしょ、リアッターでの会話!」

「あぁ、知っているさ、だから僕は動いた、君が越えきれないと感じたからな」

「超えられない⁈

 そもそも私はどんな虐めも超えられない弱い兎だよ、何でそんな風に上から目線を――!」

 

 言っていて判った。


「――私が虐めを克服できるようにワザと?」

「そうだ、僕は言ったよな、『君と同じで周りから強いられただけさ。そこは強い弱いじゃなくて、周りから自由を奪われただけさ。僕は他人に強制されるのが一番嫌いだ』と、君にも克服してもらう必要があったからだ」

「笑いものに仕立て上げる意思は無い。

 けれども、私とは反対のことをしてきた、それで成功してきたと言いたいんでしょ?

 目立って、それで周りを巻き込んでいく。

 虐めという状況を作り出してそれを学ばせようとしたわけ?

 でもね、それは私には出来ないよ!

 その結果が私を笑いものにしてるんだよ!

 善意による虐めとでもいえばいいよね!

 今、望がやっているのは虐める側と同じなんだよ!

 押し付けて、私を押さえつけて!

 それで遊び道具にしてる!

 私は望の人形じゃない!」


 そう私は人形じゃない。

 望の思いのまま動く人形じゃない、一人の個人だ。


「私はね! 意気地もなく、外見が周りと違うから目立つだけで、望のように弁が立つわけではない。ただのチビで、望のおまけで、周りと今の自分がどう付き合っていくかも判らない。小牧さん以外に話しかけることも出来ないし、話題が続かない。相手を不愉快にしないか。相手と違うことをしていないか、いつも不安だよ! 判る? 判らないよね!」


 望は考える素振りを見せて三秒位黙りこんで、頷き、こちらを見てくる。


「相手に何であわせる必要があるんだい?」

「っ――それは答えになってないよ!

 私は判るか、判らないか、そう質問したんだよ」


 詭弁に引っかかるもんか、騙されてやるもんか。

 私が質問したんだ。相手が応えてやるまで応えてやるもんか。


「判らない」


 望は一番初めに会った時のように叫びはしなかったが、その目に強い意志を込めう答えた。


「さて僕は質問に答えた。

 ――じゃぁ、君の答えを聞こうか」


 私は一瞬、彼が何を言っているか理解できず呆気にとられた。


「そういうことじゃないでしょ!

 判らないなら言わないでよ!

 そもそもに言ってる事がおかしいよ!

 私は望に強制されて目立たせられている、強制されるのがイヤだと判っている君が私に強制してるんだよ!

 それが不安の元なんだよ!」

「不安が判らないのは当然だろ?

 何故僕がいるのに、君が不安を感じる必要があるんだい?

 君は今、学校でも家でも一人じゃない、僕が守ってやる。

 だから不安なんて感じなくてもいいし、不安なんて感じるなら僕の不手際だ」


 いきなりの土下座。私の足は抑えが無くなり、ベッドにぽふんと落ちる。


「へっ? あ、あれ?」


 不意を突かれ、理解が及ばなくなる。


「しかし、僕が君を学校で目立たせるのは当然だ。

 そもそもそれは不安感じる、感じない云々の前に君はその容姿から逃げられない。

 僕が君を目立たせる理由は覚えてるね?

 目立つということに何処かに折り合いをつけなければいけない。

 そのためには衆目に慣れていく必要があり、学校というある意味社会のファーストステップから始めるべきだからだ」


 彼の顔がこちらを捉え、立ち上がりながら近づいてくる。


「自分の個性を殺すという間違った道に進もうとする家族をほっておけるか。

 アルビノをギフトにするのも、カースにするのもお前次第だ。

 お前は今、自分のギフトを自らカースにしようとしている」


 彼は私のオデコを人差し指で軽く押してきた。それだけなのにベッドの上に転がされる。


「仕方ない。

 何があったが知らないが、予想外に君が不安定だ」

 

 望が、


「僕が見ていない間にあるであろう鳳凰寺君との会話機会だけでここまで思考が歪むとは思えないのだが、ここまで来たら勝負だ。

 これで説得出来るかは僕も自信が無い。

 駄目だったら好きにしろ、僕は諦める。

 だから全力だ。ぜ・ん・り・ょ・く・だ、判ったね?

 僕も自爆を覚悟するし、今まで封印していた奥の手も使う。

 先ず、僕は応えた。だから君は応えろ――なぜ、相手にあわせる必要があるんだい?」


 膝立ちで私に覆いかぶさってきた。

 どうやら逃がす気は無いようだ。距離が近い。


「波風を立たせないため、目立たないようにするため」


 私も今は逃げる気は無い。

 例え負けても、望を拒否してやると、大魔王に戦いを挑む。


「そうだ、じゃぁ、波風が酷くなるとどうなる?

 勿論、それを排除しようとする――さて、ここで問題だ。

 この波風が立つ基準というのはなんだ?

 女性的な思考が多いね?」

「大勢の人にとって異端であることだよ」

「異端とは何か?」

「一般的に見て、変だと思うこと。

 ――趣味でも性癖でも容姿でも何でもだよ」

「僕は異端かね?」

「どこからどう見ても異端だよ!

 白髪、その尊大な態度、話術、扇動力!

 度を過ぎたシスコンという態度は明らかに公共の場でやることじゃないよ!」


 気遣う必要はない。今の望は私の敵だ。だから今までの鬱憤をぶつけてやる。


「では、何故、僕は排除されない?」

「それは望が強いからだよ!

 排除されかけてもそれを跳ね除けた!

 でもね、私にはムリだよ!

 私は強くない!」

「強さとは何かね?」

「――他人がいても自分を通せるだけの力だよ」

「それが無い人間はどうするのかね?」

「皆に合わせればいい――ッ!」


 でこピンが飛んできた。

 痛くはなかった。


 ――っうううううううう!


 でも、私はそれに怒った。

 話し合いをしているのに、暴力を振られた。

 理不尽だ。衝動的に右手で大きく振りかぶろうとするが、その腕を押さえつけられる。


「私は望にはなれない、だからそうするしかないんだよ!」


 駄目なら左手だ。しかし、それも押さえつけられる。


「問おう、君は虐めてくる相手のために、自分を変えるのかい?」

「そうだよ、そうして私は生きてきたんだから」


 急所を狙った膝蹴り。これも脛で押さえ付けられた。


「じゃあ、言うが、僕のやっていることが虐めというのならば、何故君は僕の言う通りに変えないのかい?

 君の豊満な胸によく問いかけてみたまえ」


 気付く。

 何故、望には反抗しているのに、他人に対して何も出来ないのだろうか?


「答えられないだろ? 他人じゃないから傷つけても問題ないという安心が僕に対して行動を向けているんだ。甘えているとも言うね?」


 それは私に無理矢理にコミュニケーションを取ってきている望が原因だとする。


『甘えん坊のあんたを放置することにしたんや』


 しかし、同時に私を捨てた唯莉さんの言葉が浮かんだ。


「違う!」


 反射的に否定していた。

 私は甘えてない。唯莉さんのことは叫んだ理由にならない。


「違うものか。

 僕は確かに君に強制的にコミュニケーションを取らせている。

 そもそも君の虐めは僕が焚きつけた。けれどもそれはきっかけでしかない。

 そして他人にぶつけられない鬱憤を僕にぶつける事が出来ている。

 僕ならば危害を与えてもいい、そういう考えは確実に甘えからきているのさ。

 それが否定出来るなら、君が他人に抑えつけられたことで出来た鬱憤をその他人にぶつけたまえ!

 抑えつけられた鬱憤で僕に反抗したようにね!」


 ムリだ。

 怖い。

 他人に正直になったら、私は傷つけられる。だから育て親の唯莉さんに対してすら、私は良い子でいた。


「ムリだろう?

 じゃぁ――僕がお前を傷つけられる存在だってことを教えてあげよう」


 望が私のパジャマの上着を剥ぎ取った。

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