1-21.這い寄る混沌。

○美怜○


 次の日。

 私の上履きは無事だし、机に直書きされた落書きは無く、黒板にも何も書かれていない。

 悪口の書かれた紙が置かれる程度だ。要するにやり方が二日前に戻ったのだ。

 別に私のことを書いたのではない落書きという前提なのだろう。

 捨てたものを誰か他の人が置いたのだろう、風で飛んだのだろう、他のクラスの人が置いたのだろう――そう言い逃れが出来るようにしているのが透けて見える。

 ――人間は汚い。吐き気がする。

 昨日の事件の後、どうやら望が関わると厄介だというのが定着したらしい。いや、話題にするのもなるたけ避けてきている気がする。

 揶揄を称賛とし、ものともしない所か喜ぶ。しかも称賛した相手を褒め称えることで周りの注目へと晒してしまう。どう対処しても高校生の浮かぶアイディアではどうやってもへこますことが出来ない。

 望の被害者である染谷さんは今日は何だか顔色が悪く、女子からも浮いている。彼女も望の被害者なのは理解しているが、私に話しかける度胸は無い。


「御機嫌よう」


 声を掛けられた。

 見上げれば鳳凰寺さん、ホッとした。


「おはようございます……」

「昨日の休み時間、メールのURLを見て頂いた後、そのあとずっと浮かない顔をされていましたわね」


 昨日の事件の後、家族と個人の自由について悩んていると鳳凰寺さんにトイレからメールを送った。

 すると三十秒もしない間に返信が着た。

 返信は気遣いと二つのURL。


「――酷すぎだよ、あんなの」


 それらを見た瞬間、私は他人に貶められる怖さと震えに襲われ、フラッシュバックした。

 思い出すだけでも、体が強張る。

 一つは匿名提示版にある舞高のスレッドであった。

 開くと私の実名が晒され、淫乱、売女、妊娠しておろした、離婚歴がある、白い姿は実験体だから、――雪だるまを作るように突拍子も無い話をどんどん膨らませて私を誹謗中傷していた。

 もう一つのURLには、呟き型サイト、リアッターでの発言。

 それはより生々しい中傷を休み時間中、リアルタイムにぶつけてきていた。

 私が見ているのは想定していないのか、それとも他人が見てどう思うのか理解していないのか、リアルで言われることよりも生々しく、凄惨に記されていた。

 靴を隠したとか、隠す気も無くその実行犯達はそれを遊ぶような感覚で話していた。

 どうやって望に見つからずに私を虐めるかの計画をまるでゲームの狩りプランを立てていた。

 挙句の果てに地域の男を誘ってやってしまおうかという言葉も冗談の段階ではあったが、確かにあり、身の危険も感じた。

 匿名ではなく、相手の名前が見える分、つらく、吐いた。

 トイレで開けて良かった。


「謝罪は致しますが、仕方ありませんわね。

 貴方が望君のせいでそういう状況に置かれていることを教える必要がありましたし」

「いいえ、ありがとうございます、私は何も知らなかったから」


 だから、私は昨日から、望を拒絶している。

 その元々の原因が、望が私を目立たせるからだ。要するに、


「そのような状況に陥れる望君にとって貴方は遊び道具でしかないのでしょう」


 鳳凰寺さんのその言葉は正解なのだ。


「昨日の昼休みは望君と一緒では無かったとお聞きしましたし、それを続けていけばきっと大丈夫ですよ。虐めというのは構うから終わらないのですし。

 頑張ってくださいね?

 ソラにとっても家族なんて……いつでも連絡してくださいね?

 お手伝いして差し上げますわ」


 そう鳳凰寺さんは言い、去っていく。

 それと入れ替わりに望が教室に入ってきた。


「おはよう、マイ・シスター。

 昨日の放課後で逃げられたぶりだね?」


 声を掛けてくる。

 しかし、そっぽを向いて無視する。話したくないからだ。

 そもそもにおはようも返さなければいいのだ。私は貝になりたい。

 そうすればどんな話術も利かない。


「喧嘩でもしちゃったん?」

「……そんなとこだよ、私って無力だなぁって」

「しゃーないと思うけどねぇ、十人十色……まぁ、占い的にも心情的にも深くは突っ込まないけど、気が向いたら教えてね?

 イザとなったら拳を使うわよ?」


 体育の授業中、小牧さんはヤレヤレと態度に表しながらも、気遣ってくれた。 

 拳をギュっとして力強さも見せてくれて、その勢いで持っていた軟球が破裂した。

 無力な私にはありがたい話だ。

 私は一人じゃ、無力だ。

 望のようには成れないとつくづく昨日の出来事で思い知った。

 格の違いを思い知った感じがある。

 そして望が昨日のようにしても私へは虐めは続いている。

 それを跳ね飛ばす力もない。


「――っ」


 だから、私に彼と同じ事を求める望を拒絶した。

 彼が与えてくれる温もりは代わりに私を束縛し、衆目に私を晒し笑いものにする。

 怖い目にあわせてくる。

 それなら家族――望なんて要らない。

 今日も昨日と同じように昼休みは食堂で済ませ、逃げるように一人で帰り、晩御飯は総合スーパー【ゴザールシティ】の惣菜で済ませ、部屋の扉を閉ざした。

 そしてパソコンの電気をつけ、自分の世界、ゲームに没入する。

 最初はゾク森をしたが、ぺー太君が出てきて望を思い出して止めた。

 STGをやるが、珍しく最後まで行けずゲームオーバーをしてしまった。

 外的要因が煩かったのも原因の一つであろう。


 昨日は何もして来なかった望だったが、今日は違ったため、気が散ってしまったのだ。


 そう望だ。望が部屋に入ってこようとしたのだ。

 何度もノックをしてきたが開けることは無かった。

 無理矢理、こじあけようとしてきたので今は箪笥が置いてある。

 二階だというのに雨どい伝いで侵入しようとして来たので、不意を突いてヌンチャク型コントローラーで殴り飛ばした後、雨戸を閉めた。

 彼が一階に転がり落ちたが気にしてはいけない。

 メールも一分で百通ぐらい着たから、今では迷惑リスト入りだ。

 扉の前で騒いでいるようだが無視。旧伊勢にある天岩戸ではないのだ。


「今日もお風呂入ってないけど……寝ちゃおう」


 外の音が聞こえないようにベッドの上で布団に包まる。


「あの人は何で隠し通路を作っているのか不明だ――この家は忍者屋敷かね?」


 居る筈のない人の声がすぐ傍で聞こえた。

 ゾッとし、布団から頭だけを出し、周りの様子を伺う。誰も居ない。


「……疲れてるのかなぁ、私……望の声が聞こえた気がするけど」

「あんまり溜め込みすぎるのはよくないぞ、マイ・シスター?」

 

 幻聴じゃない⁈

 どこにいる? どこ?

 ドア、違う! 

 窓、違う! 

 天井、違う!

 壁、違う!


「おいっしょっと、久しぶりだね?

 げふっ!」


 ベッドの下から諸悪の根源が這い出てきたので、思いっきり踏みつけた。

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