1-20.揶揄には賞賛(揶揄)を返そう。

○望○


「よし、もっと言いたまえ!」


 皆は僕の破天荒に虚をつかれ、黙ることしか出来ない。

 皆が僕に注目している。視線は何時浴びてもいいものだ。生き生きしてくるね、うん。


「――羨ましいんだろ?」


 声の調子がいい。

 皆の一人一人の目を見てから、問いかける。

 美怜には安心しろと微笑んでおく。反応を返してくれず、おや? っと思うが、今は現状打破が先だ。

 抱えきれない負担を引き受けるのは僕の頼まれた役目の一つだ。


「よし聞いてみようか。違うなら異見を聞こう、はい、そこの中堅女子の要である染谷君! 君は朝早く来ていたからね、ご褒美だ!」

「ぇ、あ、その、ぇっと」


 染谷君はクラス全員の視線を浴びる。

 彼女は戸惑い、あたふたとし、何も言えない。

 いきなりの指定で注目の場に放りだされて予想外の質問に対して自分の意見を言える人間は周りの視線を気にせず物事を言える性格の人間か、予め自分の答えを用意している人間だけだ。

 日本人には少ないタイプだ。このクラスでそれが出来そうなのは僕を含めると三人。

 一人は水戸。僕相手にいつも話しをしてくる彼は物怖じしない性格だ。

 もう一人に視線を向ける。


「一人を皆の衆目の中に晒す、そう絞首台にあげるような方法は卑怯者のやることではありませんの?」


 それは鳳凰寺君だ。

 心底楽しそうに発言し、ゲジ眉が弓になっている。


「お言葉ですが、今この状況を作った望君は無罪の人に虐めをしたと決め付ける、ないしはこの様な場で晒した事実自身を元に、貴方や妹さんの代わりになるスケープゴートを作ろうとしているのでは?」


 恐らく、僕が誰かを生贄にすることで矛先を美怜から遠のけようと予想し、それを先に潰せたと彼女を思っているのだろう。

 それは半分、正しい。

 数人の女子がその声で活気付き、ザワザワと声をあげ始める。


「もっと言え! っと僕は言ったのだが――虐めってなんだい? 鳳凰寺君、君は大変な誤解をしているようだから訂正してあげよう」


 声を張り上げ有象無象の声量を押さえつけ、鳳凰寺君を指さし皮肉めいた笑顔を向けてあげる。

 他の有象無象はどうでもいい、そっちに話をぶつけたところで一人の意見が潰せるだけで、全体の意見は潰せない。

 前と同じだ。頭、――鳳凰寺君を抑えることが重要だ。


「僕はただ単に、確かに僕を賞賛してくれていた染谷君に理由を聞いただけなのに何を言っているんだい? シスコン? 大いに結構、僕はシスコンでそれは称賛に値する。君はいかんせん、深読みしすぎする傾向があるね?」


 そもそも誰かを貶めても鳳凰寺君は痛く無い。矛先を鳳凰寺君に向けても無駄だ。

 彼女が実行犯でないことは明らかだ。

 決め付けようとすれば、来たぞとばかりに証拠をこちらに見せ、周りに同情を請うてこちらの言葉を数で潰しに来る。その準備もしているだろう。

 だけど、それがどうしたというのか、僕はそんなものは判っている。


「さておき、君の言いたいことに対しては実は犯人を知っている、間違っても染谷君じゃないから安心したまえ!」


 まぁ、犯人は染谷君なんだがね?

 カメラつきの古い型の携帯をポケットから出すと染谷君の顔が青くなる。

 僕がその現場をカメラで抑えた、そう思い込ませて動揺を誘いこむことに成功したようだ。


「偶然、そう偶然だね? 今日、早く来た僕は携帯にその姿を収めてしまったのだがね。犯人はそれをさも英雄的な行為のように楽しそうにしていたよ。それでクラス女子のヒエラルキーを維持できる、もしかしたら上げれると思ったのかもしれない。まったくもって浅はかだね?」


 狙いは二つ、相手の思考能力を落とし、後の誘導をしやすくすること。

 そして染谷君の動揺で、虐めに直接関係ない多数のクラスメートの支持をとりつけることだ。

 ちなみにこの携帯のカメラ機能は壊してあるので写真を取ることが出来ない。携帯が何かの事故で奪われた場合のリスクを考えると、カメラ機能を潰しておく必要がある。


「犯人を大っぴらにする気は無い。それこそ君の言う通り、それが晒上げになったら大変だ。根本的な解決にはならないからね? 委員長の役目を持っているモノがそんなこと出来る訳ないだろう? 違うかい?」


 そもそもに証拠ならわざわざ写真で抑える必要も無いのだが。

 大体の実行計画概要を彼女達はリアルタイムで呟けるサイト、リアッターへの書き込んでいたのだ。

 遊びのように今日、美怜に対して行うことを書いてくれていてくれた。

 証拠に魚拓も取ってある。その中の一人が染谷君だ。


「今回はその件じゃないのさ、相手を殴っていいのは、殴られる覚悟がある人間だけだという。すなわち相手に何かしらの行為を行うにはその行為を返される覚悟を持つ必要があるということだ。親切をしたら親切を返される覚悟は必要だ。奢ったら奢られる覚悟が必要だ。揶揄や称賛もそうだね? 皆の前で称賛する人は皆の前で称賛される覚悟もあるということだ」

 

 そんな彼女を指定し、異見を求めたのは、女子に対して警告の意味がある。

 虐めは雪だるま式に酷くなるのは良く知っており、それを先に抑えるのは効果的だ。

 美怜が乗り越えられないレベルの虐めは好ましくない。彼女に負荷を掛けるだけだ。


「僕は称賛してあげたいだけさ、僕を持ち上げてくれてありがとうとね? そしてその理由を聞くのは好奇心さ、後学のためのね。理由の無い行動などという無駄なことをする訳は高校生・・・にもなってないだろうしね?」


 子供かよお前らと煽りを入れる。

 理由が言えない事情いじめの場合も、子供と決めつける話法であり、沈黙さえ許さない形で切り込みをいれた。


「――考えすぎで出しゃばった事を謝罪いたしますわ。確かに称賛を述べただけの理由が染谷さんにもあるでしょうし、それを確かに望君は聞いても問題はありませんわね」


 鳳凰寺君は、一瞬だけゲジ眉を歪ませたが取り繕いながら僕に対して微笑み、同意をしてくる。

 つまり、染谷君をスケープゴートにすることを宣言した形だ。


「いや、そういう危険性を皆に示してくれたことはありがたいよ? いかんせん、僕がそういう考えを持ってない証明をテンポよく引き出してくれたのだから、――感謝しよう。一方的に喋るばかりでは皆、理解しづらいだろうしね?」


 と、言葉だけの謝辞を述べておく。


「さて鳳凰寺君の理解も得られたことだし、改めて聞いてみようか? 羨ましいのだろう? 違うのなら異見を言ってくれ。言えないのかい? 君は自分の言った言動に『はい』も言えないということかね?」


 女子の中での影響力が高い鳳凰寺君も同意してくれたことで、染谷君に答えを言わせることを強制させるますます強くなる。

 そこに安易な逃げ道を作り、誘導してやる。

 いいえ、と言えば異見を聞きたいと言った。すなわち、いいえを言うと皆に注目される中、自分の考えを述べなければいけない。

 はい、はそれだけで済む。そして大多数はその場を逃げれる安易な方法を選ぶ。


「……はい、そうです」


 涙を浮かべ子羊のよう震えながら、小さく言ってくれる。


「君の意見は貴重だ、ありがとう、感謝しよう」


 僕は感謝を述べることで、それが正しい行動だと皆に印象付ける。


「――じゃぁ、そこの若林君。君もさっき称賛を飛ばしてくれたね? 健全な男子で、オタク系からスポーツマンまで多くの男子と付き合うポジションだが、守りたくなるような儚い少女、どうだい? 羨ましいだろ!」

「ぇ、あ、その――はい」

「貴重な意見だ、ありがとう」


 これも当然、ハイだ。

 男子の多くはその場の空気に乗っただけで、深く考えている筈が無い。


「さて、あとだ・れ・に・聞・こ・う・か・な?」


 黒板をサッと消しながら周りを見渡すと、意見を述べていない人間に硬直が奔る。

 緊張はしてもしなくても、僕の気分で当てるというのにだ。


「まぁ、いいだろう」


 教室中の緊張が抜ける。


「称賛は一向に構わん。君達は僕の素晴らしい家族間をはえさせるのを無料でやってくれるのだからね、ありがたいことだよ! してくれるのなら是非とも称賛を返そう。君達がしてくれた程にはそれを恩返ししなければ、申し訳が立たないからね?」


 最後に決めポーズを決め、鳳凰寺君に視線を送ることを忘れない。


「ぉ、望、いつもどおり訳の判らないことをしているのか?」


 その時、水戸と小牧君が一緒に教室の中へ後ろの扉から入ってきた。


「水戸、丁度いいところに来た。お前は僕にマイ・シスターがいることが羨ましいか?」

「超羨ましい、というか胸――がふっ!」


 小牧君のアッパーカットが水戸の顎にクリティカルヒットした。そして力の方向で水戸が空中に浮く。

 そして追い討ちとばかしに鳩尾へ蹴りを命中させる。その威力で教室を縦断し、黒板へ叩き付けられる水戸。


「胸の事なんか気にしなくてええええええええええ」


 今度は机が飛んだ。


「みなも! こ、ころすきか!」

「いっそ死ねばいいのよ」

「……なんや、小牧、霞、また暴れとんのか……先生は何も見てへんからさっさと机戻せ、夫婦喧嘩はほどほどにしとけよ、そこの二人」


 二人のやり取りを見ていたらしき城崎先生がめんどくさそうに扉の前で立っていた。


 ――その日の夜、美怜は僕の部屋に来なかった。


 あの事件の後、僕が声を掛けても、何かを悩んでいるようで応えてくれなかった。

 それどころか、昼飯は逃げられ(おかげで水戸から奪った食券を使う羽目になった)、帰宅時も逃げられ、晩飯の時間にも出てこなかった。

 予想外の反応であり、台本にも無い。


 ――昨日までは学校での不安をぶつける様に話しかけてくれたのに。


 一人で寝るのは久しぶりだと思いつつ、温もりの与えられない手が寂しく思えた。

 代わりにペー太君の手を握ったが、物足りなかった。

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