1-45.ココアシガレット。
○望○
「――どうしたものか」
病室から出た僕はタバコを吸いたい気分だった。
気分的なモノで今まで吸ったことが無い。
お父さんが何か仕事で困難なことがあると吸っていたのを思い出し、そんなに良いものなのかと考えたからだ。
未成年な自分がするリスクは十二分に理解している。
だから、代わりに病院の購買に売っていたココアシガレットを口元に加える。若干、堅いラムネ風菓子である。
病院のロビーは、午前受付のみの田舎の病院だからか、人がまばらだ。
懐かしい風味が口に広がり、甘みが脳を刺激し、少しだけだが余裕が出てくる。
「どうしたものかね」
自問自動するが、答えは出ない。
僕がしなければいけないことは示されている――お父さんが忘れてしまった平沼君のことを思い出させるということだ。
一見単純に見える。
だが、違う。その前に問題が幾つもある。
そしてそのハードルの高さを考えると僕でも吐き気がする。
出来ない事はほとんどないと豪語する自身が、今では懐かしい。
「お父さんが忘れた理由が、精神を守るためだろうということが想像つく。
――思い出させることは精神防壁を取り除き、再びお父さんを苦しめる――それに僕のほうも問題か」
黒い塊を噛み砕きながら、まとめる。
ミントの香りが僕の鼻を突き抜ける、
「――全てから逃げる。
そっちのほうが現実的な気がするのもあれだね?」
……冗談でも言うべきではないね、うん。
逃げたら僕の居場所はなくなる、この世界の何処にも。
「もし、旨くいったら、この街や美怜の前から消えることはありだね?」
結局、彼女と僕は他人だ。
そして僕がこの街にいる理由もない。
手を見る。
あんなにも求めていた家族――お父さんを手に入れたというのに虚無感が漂う。
嬉しいのは確かだ。
泣くほど溢れていた充足感は今はなく、何かがぽっかり欠けている。
何故だろうと思う。しかし、答えは出ない。
せめてぺー太君が居れば、整理が出来るのだが……家に帰るべきか?
それが正解だと、ロビーのソファーから立ち上がり、足を進めようとする。
「望君!」
病院近くの川べり、そこで僕を見つけて駆け寄ってくる舞鶴高等学校の制服少女。
目立つ少女ではあったが、アルビノ少女ではない。
この前まで敵だった、金髪褐色肌のゲジ眉少女が肩で呼吸をしていた。
「――ソラ君か。
……体育祭は今さっき、終わったところだと思うが早いね?」
かろうじて見える病院前の時計は四時四十五分を示している。
予定では閉会式が終って十五分がたっただけである。
「優勝したので全学年の二組が片付けをすることが無くなり、クラス内、打ち上げにも参加せずに急いで駆けつけましたの。
美怜さんのご様子は?」
心底心配そうに尋ねてくれる。
ありがたいと思う反面、苦々しくその言葉が突きささる。
「……ここには居ない」
「どういうことですの?
ソラは貴方の事が好きですが、美怜さんのことも好きなのですから。
――教えて下さいますわね?」
ソラ君が怒ったような曇りの無い強い視線で僕を見てくる。
嘘をついた僕に不義理だと言いたげである。
ならば、不義理を全部なくすのも有りかと、そう決心がついた。
「僕は先ほど君に助けてもらった、だから対価として全部話そうか、うん、それがいい。」
「――何をおっしゃられて?」
「先ずは一番大切なことだ。
――僕は美怜と他人だ」
「……へ?」
ソラ君の顔が余りの事実の突拍子の無さに、目が点になる。眉毛も固まったままだ。
本来なら言うつもりは無かった。
適当に真実と嘘を混ぜて誤魔化そうとも考えていた。
「要するに、僕が嘘をついて美怜の家族になっていたと言うことだ。
――双子でもないし、血縁関係すらない」
ソラ君が言葉を失ったように音を発する。
仕方ないと思う、僕のことを重度のシスコンだと思っていた筈だ。
そして美怜を傷つけられたから、家族を傷つけられたからあそこまでソラ君を追い詰めた。
理由が無くなれば、その復讐はただの理不尽だ。
僕は責められるべきだ。
怒りをぶつけて貰い、僕の虚無感を誤魔化して欲しかった。
「これを使って脅すなら、脅したまえ。
罵倒でも受け付けよう。さぁ、したまえ」
予想外にひょんなことからここで得た好意を寄せてくれる存在というのも清算したかった。
僕はそんな純粋な好意を受けられるようなまっとうな人間ではない。
この件が終わって僕が街から未練無く、居なくなれるように。
「――ソラは挫けませんことよ?」
「は?」
僕の両方の手を冷たいソラ君の手ががっちり掴んでくる。
驚きを隠せない僕は言葉を紡げず、口をポカンと開けるしかない。
「望君が好きな相手との関係が倫理的に狂っておられなくて、貴方を諦めませんわ!」
そして強い視線と言葉が向けられる。
その眼は純真で、無垢で、真っすぐで――とても羨ましく、そして僕の心を動かすには十分な破壊力を持っていた。
「――くっ、あはははは」
「笑うとこじゃありませんわよ! もう!
ソラは本気ですことよ!」
僕は笑っていた。
ソラ君の笑顔が真っ直ぐで、僕の虚無感を埋めてくれた彼女の感情が予想の外だったからだ。
「いやなに、面白いと思って――ありがとう。
ココアシガレットはいるかい?」
「――なんですかこれ?
煙草?」
「タバコもどきの駄菓子さ、ミントチョコレート味。
砕いてもよし、舐めてもよし、それを食べながら紙芝居……紙はないが、今までの芝居をお教えしよう」
そして僕は溜め込んでいた設定を彼女に吐き出し始めた。
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