1-57.家族計画の先へ。

○美怜○


「ようやく完全に直って良かった良かった」


 病院から出てしばらくすると、私の右手を持ってくれる望が私を見てそう言ってくれた。

 学校帰りの制服姿。

 少しずつ梅雨の季節へと装いをしてきた道を二人で並んで歩いていく。

 私の肌は望の適切な処置も合って、一週間たった今では火傷の痕なぞ微塵も残っていない。

 そしてようやく一時間を超える長時間、外に出る許可を医者からもらった所だ。

 ようやく、全てのガーゼが剥がれた。


「うん、これで大丈夫だよ」


 金曜日の今日、私は早退し病院へ。

 そして授業が終わった望が迎えに来た。

 ついでにお父さんの様子も一緒に見てきた。


「お父さんも早く直ればいいのにね」


 あの事件の後、お父さんは私の話を真剣に聞いてくれて――手術行きになった。

 トラウマから来るモノではなく外傷。

 原因は……


「誰だろうね、頭蓋にヒビがいくまで殴ったのは」

「望だよ!

 の・ぞ・む! 

 あと少しで脳みそが危ないとこだったんだよ!」


 笑いながら誤魔化してくる。

 私のためで嬉しいのは確かだし……


「ははは、自重するのをしっかり忘れてたよ。

 ――最近、暴力は使ってなかったから、人間の拳って凶器になることもね?

 正直、少し焦った」


 そんな状態でも、私ときっちり話せてお父さんは嬉しそうに見えた。

 否、絶対、そうだ。

 だったら、それは怪我と思うよりは代償だと思う。

 人生ずっと私と会えなかったことを思えばもっと痛い目に合えばいいのにと思う私も半分ぐらいいるのは確かだ。


「仕方ないと思うし――唯莉さんも看病で幸せそうだったから問題ないと思うけど」


 この前、病室で会った唯莉さんの顔が思い浮かんだ。

 何だか、私には見せたことの無い笑顔でお父さんに接していて、とても生き生きしていた。

 唯莉さんにお母さんの真似をするように頼んだ時、思い出したのは最初の手紙。


 ――恋に生きる。


 そういうことだ。

 あの人は伏線をちゃんと置いてあったのだ。


「ただ、死人が相手じゃ唯莉さんも大変だね? 

 だって、お母さんはずっと、お父さんの中に居て、それと比べられるんだから」

「――まあね」

 

 望の顔が私を見ながら困ったような顔をする。

 なんだろう、引っかかる。


「そういえばソラさんの件はどうなったの?」


 これかな? っと当て推量をして疑問をぶつけてみる。

 あっけにとられた望は不機嫌そうに口をバッテンにし黙る望。

 当たったらしい。


「意気地なし。

 そんなんじゃ青春できないよ?」


 望の手を放し、クルリと彼の眼へ見上げる。

 立ち止まった望は二の句を告げれず、私を困った様子で見てくる。


「でも安心した。

 私は家族依存症の兎だよ? 

 ノゾミン成分がなきゃ、寂しくて死んじゃうんだよ? 

 だから、他の人には、ソラさんと言えども、望を盗られたくない気持ちは沸いちゃうから」


 ソラさんが望の意思を固めてくれたと聞いた。

 ある意味で、私も望もソラさんが居なければ、依存症同士になれなかった気もするので、縁とは変なモノである。


「……美怜は僕が彼女と付き合うって言ったらどうする?」


 質問の意図が読めない。

 なんだろう、望自身も違和感だか、自身の感情に戸惑っている雰囲気がある。

 そんなこと私に聞かれてもしょうがないことなのにと呆れつつ、少し意地悪もしたくなった。


「それ自分の変化で私との関係が変わることへの恐怖からきてるよね? 

 逆に聞くけど望は私が誰かと付き合うって言ったらどうする? 

 例えば、霞さんとか」

「どうもしない。

 ……と断言できないのは、確かにそれが怖いのだろうね。

 とりあえず、お父さんの代わりに殴りかかる所から始めようかね?」

「嬉しいけど、理解できたよね?」

「あぁ……僕は家族依存症でミレトニンは毎日取りたい。

 少なくとも今はそれが一番だから」


 躊躇の無い答えを真顔で言われ、驚きを得る自分。

 でも、暖かい気持ちが沸いてきた。


「私もだよ。

 望には先ず私を優先してほしい、それだけは忘れないで。

 その上で聞くよ?」


 飛びっきりの笑顔を望に向けて言ってやった。


「それで、ソラさんの件はどうするの?」


 望の顔がぺー太君のようにバッテン口になった。



〇望〇


 美怜の上目目線はズルいと思う。

 彼女の赤になった目線は僕を逃がさない。

 今日の格好は制服だが、それでも彼女は可愛いと思う。

 白い肌は火傷からほぼ治り、光が跳ねている。

 時折、風に遊ばれる白い髪の毛は、光のようにたなびく。

 僕にとって彼女が必要なのは確かだ。

 この前みたいにぽっかり穴が心が開いてしまう。


「答えねぇ……」


 しかしながら、 答えを出すことはやぶさかではない。

 一応、自分の中では決めている。


「美怜、手を借りていいかい?」

「?」


 疑問を浮かべながら、冷たい手を僕に繋いでくれる。

 僕の心が温かかく満たされていくのが判る。

 そして美怜を引き寄せて軽く抱き着く。


「人前だよ?」


 美怜は嫌な顔をせずに嬉しそうにそう言う。

 それを無視して、耳元に答えを呟いた。


「――望。

 それはいくら何でもソラさんが……でも、本人同士理解したらいいのかなぁ……」


 手を残して解放した美怜が困ったように青紫色の眼を向けてくる。

 

「私としては嬉しいけど」

「僕もこれしか答えが出なくてね?

 だったら、これを答えない方が不義理だね?」

「……前提が不義理な気がしないでもないけど」


 それが受け入れられるかどうか、どう転ぶかは判らない。

 でも、それが不義理だとは思わないし、そうしないと不義理になってしまうと僕は結論付けている。


「まぁ、私と望みたいな家族関係もあるし、問題ないのかな?」


 美怜は何かを思い浮かべながら、そう最終的には納得してくれる。


「唯莉さんの小説にもありそうだし」

「……あの人の小説、価値観が壊れそうで回避してたのだが、

 美怜を理解する上でも読まなければいけない気がするね?」


 永年小学生が脳裏でクフフと笑っていて、頭が痛い。

 ともあれ、行動は決まった。

 なら、進むのみである。


「いつまでも手のひらの上ではいられないからね?」


 そして僕と美怜は進みだす。

 ここからは計画も何もない、自分達で決めることだ。


「とりあえずは美怜の家族観の修正かな……」

「……?」


 美怜は不思議そうな目で僕を見上げてきた。

 道のりは前途多難な気がしたがそれはそれで青春なのであろうと自分を納得させた。

 ふと、遠くに眼をやれば、舞鶴の海も空も青く、対岸の緑は青々とし、僕らの道のりを祝福しているようだった。

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依存性のある家族計画 ~嘘から始まる家族計画には白く可愛い妹と相互依存を引き起こす危険性があるようです~ 雪鰻 @yukiunagi

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