1-11.手のひらのうさぎ。

○美怜○


「おはよう妹委員長ちゃん」「委員長妹、ちーっす。 うーん、今日もイイ日だ」「あれ髪……?」「白髪も可愛いから気にしなくてもいいと思うけど? ねぇ? 妹ちゃん」


 ――私についた通称は妹系に属するモノになったらしい。

 学校に早く着くと、男女問わずだいたいのクラスメートがそう呼んできた。

 前の扉から入った私はそれらに愛想笑いを浮かべながら、端的におはようとだけ返して自分の席へ。コミュニケーションを取るのが怖いからだ。

 私は貝になりたい。


「妹か……」


 望を置いて早く着たはいいがやることが無いので突っ伏しながら、考えることにする。

 実際、どっちが上かはあえて決めていない。


「意味が無いことだ」

 

 とは、望の言葉。

 さておき、妹や妹ちゃんと呼ばれるというのは望の付属品で扱われていると私は思う。

 かと言ってそれらが嬉しくないかというと嘘である。逆に嬉しい。

 家族が出来たことを実感できるからだ。


「おはようございます、平沼さん。

 ――今日も可愛らしい姿ですこと」

「あ、お、おはようございます」


 いきなりの声で驚き、また注目されるのが苦手な私だ。慌ててドモり気味に答えてしまった。恥ずかしくて頬が熱くなるのが判る。


「な、なにか御用ですか?」


 顔を上げれば、私を苗字で挨拶してくれたのは鳳凰寺ほうおうじさんがいた――始業式の日と変らず、仮面のような笑いが不気味だ。

 でも、美人さんなのは確かだ。

 褐色の肌、手入れの行き届いた天然金髪、百六十七センチぐらいの高い身長。

 ともあれば、よくゲームの属性で言うギャルに相当するが、振る舞いに気品があり、そうとは思わせない。

 動物で例えるならライオンや虎の様な自信に満ち溢れたかっこよさがある。

 私とは大違いだ。


「そんなに緊張なさらなくてもよろしいですよ……ところでお兄様は?」

「の、望なら朝のマラソンです。

 だから、ぎ、ぎりぎりにくると思います」


 監禁・・まがいのことをしたとは言えない。だから、望の日課であるそれを言う。


「なるほど、健康的でよろしいですわね。

 ……貴方は何かスポーツでも?」


 言い淀む。


「あまり得意では無いと?」


 その様子で察してくれたらしい。だから、慌てて頭を縦に振り「は、はい」と応え、


「アルビノですから、あのその、外は……あんまり」

「失礼致しました。ソラが失念してました」


 鳳凰寺さんが笑み、美人が倍化する。

 今度のは悪意を隠しているモノではなく、気持ち悪さを与えてこない。

 気が抜けたというか、偽る必要が無くなった――そんな感じだ。


「出来なくても知るということは重要なことですし、お困りのようなら御教えしますわ。

 ――アルビノということで他にも不自由なことがあるでしょうから」

「あ……ありがとうございます」

「いえいえ、お気になさらずに。代わりと言っては何ですが、毎朝、お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」


 意図が不明だ。

 しかし、これも悪意を感じない。どうしたものかと思い……悩む。


「くすっ、御兄様のことをお聞きしたいということですわ」


 その様子を見た鳳凰寺さんは安心させようと笑みを浮かべながら、内容を付けてくれる。


「……理由を聞いても?」

「単純に興味ですわ」


 何かの含みを感じるが嘘はない。

 望は鳳凰寺さんに喧嘩を売った、敵情視察というヤツなのかは想像できる。

 将を射んとする者はまずウサギを射よ――なんか違うけど、こういうことだろう。

 ただ、ここで断るのも何か変だ。


「……最近、一緒に住むようになったから、知ってること少ないけど、それでよければ」

「ありがとうございます」


 そして再び、笑んでくれる。

 白いだけの私とは違い、華が後ろに咲いて見えるように眩しい。こういうのをカリスマというのだろう。

 自分には無いもので、劣等感を煽って来る。どうせ私はへちゃむくれで――


「笑っていたほうがいいですわよ?

 それだけで得ですし、可愛い子なら猶更ですわ」


 思考が途切れた。

 不意を突かれたのもあるが、望と同じことを言われたからだ。


「では、今日の所はご挨拶だけということで、

 ――楽しみを一気に食べるほど、下品ではありませんし、それでは」


 そう言い、去っていく鳳凰寺さん。

 私は呆気にとられたまま、見送るしかなかった。


「おはよう、平沼っち」

「ちーっす、平沼さん」


 良く見知った二人に声を掛けられ、ようやく意識を戻す。


「今日も可愛いね――や、やめろ! その握力で俺の頭を砕く気か!

 あ、あいあんくろおおおおおおおおぉ!」

「はいはい、セクハラ水戸は仕舞っちゃいましょうね、現金なんだから」

「まてミナモ! ろ、ロッカーに押し込むな!

 待ってくれ! あぁ、ミニサイズの箒が、あ、アーッ!」


 二人の漫才自体は小学五年生、霞さんが引っ越してきてから三ヶ月後ぐらいから見てきた。

 しかし、自分がダシにされる時がくるとは思っても見なかった。


「そういえば九条さん、街中の噂になってたわよ。

 ついでに貴方も」

「だよね……あう」


 霞さんを掃除ロッカーに押し込め終えた小牧さんがそう話し掛けてくれたので、私は諦めを含めた言葉で応えた。

 舞鶴は地方としては漁港として発展しているし、北海道にもフェリーが出ているし、山陰と北陸と関西をつなぐ要所だ。

 しかし、まだまだ田舎な街の舞鶴はゴシップに飢えている。

 何か目立つことがあれば、峠を挟んでの西、東地区問わず噂が飛び交う。


「道場に通っているご父兄の方々が『始業式での九条君のスピーチが印象的だったと親がやたら感動していた』だとか言ったり、私たちみたいな世代の人は『あの鳳凰寺さんをやり込めた』と言ったり……注目の的やね?

 目立たない人生は無くなったと思ってええで。

 最近は唯莉さんの事でたまーに話にあがる程度だったのに注目度上昇中。

 ぇえ、それこそ今もほらすぐ右、見て?」

「目立ちたくないよぉ……」


 見れば物珍しそうにこちらを見てくる学生の群れが居た。

 話し掛けてこないのは幸いだが、注目されている事実を認識してしまう。

 さっき鳳凰寺さんに話しかけられていた時もあえて気にしないようにしていたが、人が増えている気がする。


「本当に肌白いー!」「病気か?」「アルビノらしいな」「何それ?」「緑①の生物だろ?」「それ再生する奴な」「お前らは何を言っているんだ」「あれだあれ、染色体不全」「ちげーよ、メラニンが出来ないんだよ」「何で黒髪なんだ?」「カツラらしいぞ」「よく判らん」「聞いて見ろよ、本人に」「お前がやれ」「というか、小牧と霞の漫才がみたい――さっきもアイアンクローで持ち上げてたが握力いくつなんだ?」「こええええな」「そんなことより白い少女よ」


 幼稚園の頃もこんな感じだったと珍獣扱いに軽いフラッシュバックが起き――望とのトラウマ話合戦を思い出し、耐える。

 ……自分だけじゃない、自分だけじゃない、うん。

 一人じゃないことは頼もしい。


「ファンサービスしないん?

 ほら微笑むぐらいはしてあげちゃったら?」

「ぅうぅぅ、判ったよ……」


 正直、笑っていたほうがいいと鳳凰寺さんに言われたのもあった。

 だから、小牧さんに推されるままドア側にぎこちない微笑みを向ける。


「か、可愛い……はっ!」「何というか、何というかね……」「新しいジャンルだな」


 そしてすぐに小牧さんに向きなおす。

 顔が火照る、恥ずかしい。


「冗談やったのによくやっちゃったわね。明日は雪やね?」

「雪で学校が埋まればいいのに……通学中、路面電車で私を見つけた人が何かをひそひそと噂しだした時には恥ずかしくて、もう――電車を一つ前の駅で飛び降りたんだよ」


 結局、そこから学校までは歩いた。

 その道中でも同じ制服の生徒に視線を集めてしまったのでどうしたものかと思う。

 家のすぐ近く、神社からの山道を通れば人目にはつかないと思うが、さすがに新しい制服を汚すことは躊躇われる。


「少ない抵抗がその黒いカツラ?」


 日曜日の外出、買い物に行く際に、私は変装を妨害する望を予想していた。でも、何もしてこなかったので拍子を抜かれてしまった。


「そうでないと外出れないよ」

「九条さんと一緒だったら余り意味が無い気がするんやけど」


 それでも今日は油断はしなかった。

 妨害されないように四時半起きの望より先に起き、仕返しとばかしに目覚ましを止め、彼の部屋の鍵を外から掛けておいた。

 そして寝る前に自分の部屋に隠しておいたメイク用品とカツラを取り出し、準備万端。

 朝食を作り置きし、いつもより早い時間に学校を出た。

 マラソンの時間になっても物音一つしなかったので、良く寝ているのかもしれない。


「なんで不完全なの……」


 上手くいった――と思っていた。カツラがずれてないか手鏡を取り出し、確認をする今までは。

 いつもの黒で地味目の髪で黒コンタクトをしているが、


「白いと言われたのはこれかな……」


 変装用の色を含んだ紫外線避けは塗ったのは確かだ。

 しかし、現実はアルビノ特有の白い地肌が晒されており、いつも公共の場に出てくる自分ではない。

 同じ年齢の女の子がする日焼け止め程度に収まっており、私で言えば素の自分に等しい。

 なんでだと思うが答えが判らない。


「グッモーニン! エブリバディ!」


 思考が行き詰りそうになった時、容疑者が前の入り口から教室に現れた。

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