1-54.代理品の歪み。
○望○
「さて、この扉の向こうにお父さんが居るわけだが――」
確認するように右側の美怜を見る。
「私は大丈夫だよ。
会いに行こうって言ったのは私。
覚悟と選択肢は既に準備完了だよ」
ゴールデンウィーク、最後の休み。
僕と美怜は病院に来ていた。
明日、お父さんは仕事のため、関東に帰るとのことだ。
だから、この日が最後のチャンスだと、二人で来た。
「肌の様子が気になる?
そっちも大丈夫だよ。ありがとうね、望」
目線の先を読まれたようだ。
美怜の肌は段々と良くなってきている。
唯莉さんの教えを守ったことが功を奏したらしい。
所々に跡は残っているがだいぶ綺麗になり、今はもうガーゼをしていない。
ただし、まだ日焼け止めは使えないので、長袖と日焼け避けの傘は欠かせない。
美怜曰く、制服以外の可愛い長袖の服があと数着欲しいらしい。
そんな彼女の格好は白の長袖ワンピースで、やはり良く似合っている。
「ちゃんと眼も観えてるもん」
眼も幸運なことに障害を残していない。
どうやら、一時的な失明は上半身の火傷からきたことらしい。
眼に紫外線を当てたのが原因ではなかったのが幸運だった。
ただし、しばらく目を酷使する趣味――ゲームを止められ、『暇だよ』とほぼ全ての時間を僕の部屋に入り浸っていた。
トランプをしたりもした訳だが、美怜は身体反射を競うモノ以外はゲームと名の付くモノには強さを発揮していた。
負けこそ今回は無かったが、次やったら危ないというモノが幾つかある。
ある種の才能が有るのかもしれないと認識を改めることになった。
さておき、
「連絡はしたんだが、唯莉さんはいないようだね」
「まぁ、あの人の事はどうでもいいんだよ」
唯莉さんは自己責任の念に問われたから、しばらく旅に出るとメールがきた。
勝手な予想だが、舞鶴市に潜伏している気がする。
責任を放棄して逃げるような人では……
……最近、逃げられたね? うん。
「――ま、気楽に行けばいいさ」
美怜の手を強く握る。
「それ自分に言い聞かせてるよね?」
「緊張はしているのさ。
けれども、今やるべきことは僕は君の力になること。
だから、君の緊張は僕も請け負うべきだ」
「――うん、ありがとね。
ちょっと待ってね」
空いた左手でノックをしようとすると止められる。
学校の指定鞄に手を入れ、美怜が携帯を取り出し、何かをした。
「おーけーだよ」
何の意図か読めない――が、まぁ、気にすることではないだろう。
「なら改めて――、
望です――美怜を連れてきました」
ノックし、開ける。
そこにはにこやかな表情で迎えてくれるお父さんが居た。
倒れるという懸念は無さそうだと安心したが、同時に記憶喪失が続いているという事実がそこにあった。
「望、久しぶりだね?
そっちのが言っていた少女か――望の良い人だな?」
言われた美怜は驚いた素振りを見せなかった。
対して、僕は美怜を連れて来ても思い出して貰えず、どうしたものかと困惑する。
また、相変わらず通常時の僕の口調に似ているのでやり辛い事この上ない。
「冗談はさておきだ。
――僕の娘、そうだな?」
「平沼・美怜です」
美怜は僕から手を離し、一歩前に出て、そう自己紹介をした。
「白い少女と聞いていたが、本当に真っ白だね?
全く実感が無いが娘か。
結婚した記憶も無くてな、変な感じだ」
困ったと力なく笑んでくるお父さんに、記憶が戻った気配が無い。
その様子に歯がゆさを感じる僕が居るのを感じる。
「いつも有難うございます。
私の足長おじさんであってくれたことを先ずお礼を申し上げたくて。
――これらは私が頂いた手紙です」
美怜が鞄から取り出すのは美怜宛になっている手紙の束。
興味深そうなお父さんをそれらを一枚一枚、丁寧にめくる。
「な・る・ほ・ど、成る程な。
会えないことを悔しく思っていることを確かに強く感じている。
君と出会えない事の苦悩が筆跡に滲みでている。
トラウマ、確かにそれはあったようだ」
最後の一枚が終わると、納得したように大きく頷く。
「――さて、僕に何をして欲しい。
平沼・美怜さん」
「望のことも忘れてください」
既存とした美怜は悩んだ様子を見せず笑顔でそう言い放った。
僕とお父さんが眼を見開くことになる。
気付く――美怜の表情とは裏腹に眼は赤く変わっている。
「貴方にとって私はお母さんの代理品でしかないんですよね?
だったら貴方なんか要りません。
後、望を引き取った理由も無くなりますよね?
だったら、私の代理品の望は貴方に必要ない」
どうやら怒っているようだ。
再び僕の手を握ってくる彼女の手の力も強めだ。
「どういうことだい?」
「簡単なお話だよ。どうして望を引き取る必要があったの?」
「どうしてって――ふむ」
「望は私の代理品扱いするためだよ?」
美怜の指摘に、僕の心が不快感を得る。
どうやら、まだ代理品扱いだと思い込んでいた時の不満が
手が震えた。
「――確かに君の代理品だったんだろうね。
望のその様子を見ればわかる」
でも、その手を美怜が更に強く握ってくれる。
今の僕はお父さんにとってもそうではないことは判っている。
それ以上に僕を僕と認めてくれる私がいるよと、美怜はそう手で伝えてくれるようだった。
嬉しく思うと不快感が消える。
「母の代理であった私を忘れている。
その私の代理であった望を忘れていない。
私のことを忘れたのなら望のことも忘れなきゃならない。
なのに何故貴方は望のことを忘れていないの?」
悩むお父さん。
それを見て飽きれたように、わざとらしい嘆息をし、美怜は続ける。
「それは代理品以外で望をみていたからだよね?」
「……そうなるだろうな」
「それならば、私を見て倒れる理由から見ればそれは相当オカシイよね?
お母さんのことを私を通して見ていたはずだよ?
――つまり、私をお母さんの代理品だけでしか見ていなかったわけだよ。
それだけでないのなら少しでも、欠片でも、微塵でも、私の事を当然に覚えていてもいい筈だよ。
望のことを覚えていたようにね?」
美怜は唇を噛み、血が少し滲みでる。
そして僕の手を強く引き、
「行こう、望。
結局ね、この人はただの他人だよ」
お父さんに背を向け、僕を引っ張り外へ出て行こうとした。
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