1-12.皮剥きうさぎ。

〇美怜〇


「グッモーニン! エブリバディ!」


 容疑者のぞむだ。

 先ず入り口側の鳳凰寺さんと何だか化かし合いみたいな笑顔で軽い会釈してからこちらに向かってくる。

 途中、男子生徒に何か聞かれたらこちらを向きながら返す。

 何を言われているんだろうか、判らないが、恐らく私のことであろう。私のことを話すのだけは辞めて欲しい。目立ちたくない。

 ――ふつふつと怒りゲージが自分の中で溜まっていくのが判る。


「マイ・シスター、朝ごはんありがとう! マラソン前に何やら鍵開けチャレンジを課せられた上に、臓腑に染み渡るあんな美味しい料理で今日一日のエネルギーが賄えることが出来たなんて家族として鼻が高い!」


 席にたどり着いた第一声がそれだった。

 大きな声で言われ、ついに私の怒りゲージが第爆発。反射的に立ち上がりながら大声で、


「大きな声でそんなこと言わないでよ!

 恥ずかしいよ! 恥ずかしいよ!」


 と皆の注目を集めてしまった。

 言ってから後悔し、慌てて席に座り、頭を抱えて皆から視線を外す。

 怒りに行動を押し切られた自分が恥ずかしい。

 ここは家ではなく、望だけではない。


「夜、洗面所の電気が切れていたので白から強めの肌色電球に変えておいたのだが、どうだい? マイ・シスター」


 犯行の自供。

 化粧の色を光で誤魔化されたことに気付き、犯人に向くがその眼は真摯。

 長年培ってきた顔色を読む能力を持ってしても望の整い、大人びた顔からも悪意を受け取れない。

 なら仕方ない、こういうことは事前に言って欲しいと伝えればいいかな、と思う。


「日焼け止めは塗りすぎると肌に悪いし、見栄えも良くない。

だから色素の無いものに変えておいたさ!

 新しい肌色電球の下でそれを上手く美怜が化粧を塗れるかミリ単位で心配だったのだが、

 ――ちょうどいい感じに仕上がっている」


 悪意は無いが故意的にやらかしたことだった。

 判った、基本的に望は無垢だ。何か隠している素振りもあったりするが邪悪ではない、行動や感情表現が素直すぎる。

 同時に普通の手段では望に勝てないことを知る。

 確かに彼はこちらの変装を妨害すると宣言している。そして彼は私の対策の上を行った。彼のほうが上手なのだ。

 どうにもならないという圧迫が怒りのゲージを再び貯めていくのを感じる。

 他人からのからかいやヤッカミに対しては諦める、無視するという方向で片付ける。それに反応をしたらそこからの相手の感情の動きが怖い。

 けれども、望に対しては抑えられない自分が居る。

 何故かは判らないがそういう自分が居るのは確かだ。

 怒っていいのか、これは怒っていいのか。私は迷惑している。口で言っても理解してくれない。

 望も私に素直であって欲しいと言ってきている。


「――っ!」


 でも、言い出さない。いや、言い出せない。

 私と望のやり取りに皆が注目している中、怒りを爆発させることなんか出来ない。

 マイナスの感情の発露をどう捉えられるか、そうなった上でどうなるのか他人の反応が怖い。


「私の色がついた化粧は他の人と違うのに……小牧さんも聞いて貰っていい?」


 ふと『僕のように扇動』という望の言葉が浮かび――そうか、周りを使えばいいのかと解決策が浮かんだ。

 だから、私でも会話を成り立たせやすい小牧さんを使う事にする。

 長年使ってきた言い訳――カツラと化粧などを先生たちに認めさせ、それを秘密にして貰うだけの必殺の言い訳だ。

 それはアルビノがメラニンの欠如により、日に当たると危険だという常識だ。

 これを小牧さんに述べて、第三者から望を止めて貰えばいい。

 それが言い訳だということは望は確かに知っている。

 その話は一緒に住む前までに済ませている。しかし、他人はそれを知らない。

 そしてそれが真実かは私自身では無い望はどうやっても説得力のある説明が出来ないと踏んだ。

 小牧さんがこちらに注意が向き――


「今では!」


 その瞬間、自分のターンが望の迫力のある言葉で止められてしまう。

 しかも、ただでさえ話題の中心の望が力強い声を発したのだ。

 何事かとクラス中、ひいては廊下まで静かになり、注目を集めてしまう。

 その状況がひぃ、っと私は心の中に悲鳴をあげさせる。望はその状態を嬉々として楽しんでいるようだが、私は違う。

 胃が絞られるような感覚を覚える。


「僕が用意した紫外線用品で常人と同じ生活をしても君は問題ない証拠だ、くらえ!」


 望がすかさず一枚の紙を胸ポケットから取り出す。

 それは医師の診断書――自分が学校などに対してカツラ、化粧、カラーコンタクトレンズを認めてもらう際にいつも頼んでいる病院の先生のモノだった。

 偽物かと思った。

 しかし、幼い頃からの掛かりつけである先生の物であることは私が一番よく判った。

 内容は連続一時間程度なら健常者と同じ運動が出来、なおかつ普通の生活なら問題は出無いという証明だった。

 そして望が用意したモノは問題ないとも表記がある。

 加え、カラーコンタクトレンズは無くてもいい、カツラなども必要ないとの記載があるのが確認できた。


「――おめでとう。もう無理な日焼け止めでその美しい白さをぼろぼろにする必要はない。

 保健室がお友達になることもないのさ。

 まさしく高校デビューだね?」


 事実の確認をしたモノの理解できなかった。

 私がその先生に理由の書かれていない体育などが不可能であることの証明書を書いて貰えたのは、私がアルビノであるということで虐めがあったということも知って貰っているからだ。そんな事情を知っている先生が私の了承を得ずにこんな診断書を書いたのだろうか? そもそもにどうして望は私の掛かりつけの先生を知っているのだろうか? これに関しては私の足長おじさんにも手紙で話したことは無い筈なのに……体育の授業に関してもそうだ。もしカツラがずれたら、メイクが取れたら、という不安をアルビノを理由に休むことで回避してきた。


 頭の中が疑問で混乱し、眩暈がしてきた。


「それはめでたい!

 平沼さん、おめでとう!」


 ロッカーから這い出てきた霞さんに拍手で祝福される。

 すると彼に合わせる様にクラス中、そして廊下からも拍手が飛び交い始める。

 言い訳を否定されて皆の注目を集めたことまでは理解し、私をより深い混混沌へ叩き落す。


「ぇ、あ、その、あれ?」


 二の句が告げられなくなり、言葉にならない音を吐き出すだけになってしまった。

 必殺を、言い訳を、逃げ道を、ほとんど皆が来ているクラスで完全に潰された。


「そんなカツラもバイバイキーンだ」


 動揺している間にカツラも没収されてしまう。


「平沼ちゃん、嬉しさの余りに声が出ないのかな?」

「そういう驚き方じゃないような……普通は診断結果とか、患者自身に知らされるもんじゃない?

 どうなの、九条さん?」


 待ってましたと望は満面の笑みになる。


「小牧君。僕がサプライズのために隠して貰っておいたのだよ。

 家族として生活し始め、同じ高校に通い、学業を学び始める今日という記念日までね」


 小牧さんは少し考え何かがおかしいような感じの表情を浮かべてくれる。しかし、彼女は占い本に視線を向けると納得したように、


「ナイス・サプライズ」


 笑顔をこちらに向けてきた。その本に何が書かれていたのだろうか。


「という訳で、体育の用意もしてある――あけてごらん」


 望がそう言いながら取り出したのは可愛らしい兎がアプリケットされた布袋。

 何処から手に入れたのか、とっくの昔に絶滅した筈の紫ブルマと体操上着、そして体育授業用の強めの日焼け止めがそこに入っていた。

 但し、日焼け止めに色は無かった。

 私の心も体と同じように真っ白に燃え尽きてしまったかのように覚えた。

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