1-27.生贄の儀式には悪役令嬢を捧げる。

○望○


「ちょっといいかな?」


 鳳凰寺君が学食に行ったのを確認し、僕は女子のグループが出来ている所に入っていく。

 鳳凰寺君の取り巻き連中だ。

 中心の席から外れている染谷君は浮かない顔をし、こちらを見てきた。

 必死にグループから剥がされまいとしているのが安易に判る。

 朝、美怜の机に落書きを残したのも彼女だろう。嫌な事を押し付けるにはいいポジションだ。


「歓迎歓迎、委員長なら大歓迎、って珍しいね、妹ちゃんと一緒じゃないの? いつもあんだけ妹ちゃんのことで騒いでるのに」


 そう言ってくれるのはグループの中心となった女生徒。彼女はグループの中心に座れたのが嬉しいのか、楽しそうに会話していた。

 確か名前は……まぁ、どうでもいい。興味もない。

 僕をないがしろにしないのは、面倒ごとを回避するためか、それとも僕を取り込む目的があるのか、とりあえず打算的なのだろう。


「まぁ、いいじゃないか、今日の昼は女子たちと話をしたくてね。

 美怜がいたら嫉妬してしまうからね?」

「ブラコンって、わらっちゃうわね」「そうねー」「あははー」


 周りの女子から美怜へと悪意を向けられ、コールタールのようにどす黒い感情が沸く。

 衝動的に言葉で捻じ伏せなかったのは、事前に僕自身が落ち着いていたことが大きい。

 美怜は小牧さんと水戸に外で弁当を食べるように頼んでおいた。

 これからのショーは良い子に見せるものではない。


「そんなことより、虐めってどう思う?」

「何? 私は妹ちゃんを虐めてなんか」

「あれ、なんで今、美怜の代名詞が出たのかな?」


 言葉の途中で言い返してやる。

 これぐらいは許されるだろう。


「きのせいよきのせい、ね?」「うんうん」「だよねー」


 周りが相手をフォローしてくる。

 まぁ、想定内だ。


「そうだね、気のせいだね? 例えば、虐めに対する意識調査を二択アンケートで取りたくてね。委員長のお役所仕事って奴だ。男子の方は取れているんだけど、見てみるかい?」

「へー、大変だね」「さすが、委員長」「委員長ってめんどくさいねー」


 そう言って彼女達は面白そうに男子十五人が答えたアンケートを見る。

 それは『高校生にもなって虐めを行っている奴はかっこ悪いと思います』というのが男子全員の回答だった。

 全部がそういう結論で完全に一致していた。


「うん、この通り、男子は皆、善良だね? 虐めなんて高校生にもなってやることじゃないって、皆、判っている」


 そう言いながら、一人一人、女子を見ていく。


「染谷君」


 僕に呼ばれてビクッと反応する。取って食うわけではないんだがね?


「例えばの話だ。誰かが君に自分の立場を奪うと脅して、君に一人の少女に対して虐めをやらせたら、君に罪はあると思うかい?

 その誰かが周りの女子からもそういう圧力を掛ける様に働きかけて無理やりね?」


 返事は当然ない。

 その通りのことをしたから否定すると僕が怖い。事実だと言えば認めたことになり、それを理由にまた周りに省かれる。

 こんな小さいクラスでの地位に拘るからそうなるわけだが、という言葉を飲み込む。彼女に美怜と同じことをしてあげる義理も無い。


「僕は仕方ないと思う。

 ――それは脅迫であり、そうしなければ自分が虐められる可能性があると保身に走るのは罪だとは思わない」


 相手の視点に立つと見せ掛け、物事を言う。

 これは思考の錯覚を起こさせることが狙いだ。

 すなわち、相手の思考に同調しやすくさせることで、僕の言った言葉を対象者自身の思考だと錯覚させる効果がある。


「失敗したからと言って、結局、その誰かに見せしめにされて地位を無くしても、それを悔やむことはないと思うよ。

 成功していたらそれは悪だからね?

 委員長としては学校側に報告しなければならない」


 彼女の罪を許し、希薄にする方向へと持っていく。

 罪悪感を許す――譲歩することで、次の言う言葉に同意しやすくなるようにするためだ。

 そして同時に彼女を悪だとしないことで、正義を彼女が行ったと錯覚させる。


「同時に染谷君に圧力を掛けた皆も悪くない。

 そもそもに本当に罪があるのは、そうあるように示唆しさ

 ――つまり皆にそうするように働きかけた奴さ。

 悪をやらせようとしたのだからね?」


 そして染谷さんから視線を外し、責任転嫁による粛罪を許せと、そう周りの女子の皆へと問いかける。

 お前らに罪は無い、と譲歩し、そして同時にお前らの罪も責任転嫁しろと、誘導する。

 すなわち、そうなればいいな、と示唆しさし、実行させた鳳凰寺君に矛先を向けさせる。


「そう思わないかね?」


 そして、リーダー格の女子を目を見て同意を促す。

 いつも通りに頭を抑える。基本だ。


「その通りかな」「たしかに、あの人、何か面白くないっていってたし」「私たちそもそも仲良くしたいしー、マジメンドイ」


 他の人からも空気を呼んで同意しなければいけない空気が生まれる。

 皆に心当たりがあるのは当然だ。

 僕は何気の無い会話の中で鳳凰寺君が犯人を知っているし、本人からも宣戦布告をされている。

 何かしらの手段で鳳凰寺君から周りの女性とは美怜をおもちゃにするように誘導したのは明白だ。


「皆、善良でよろしい。

 例えば、その人の促しを皆で聞かなければ問題ないよね?」


 相手が正しいことをしたと肯定しニコリと微笑みかける。

 警戒を解きにかかり、そして解決策を提示することで君たちの味方だという印象を植え付けるためだ。

 しかし、周りから浮かんだのは恐怖、想定外だ。まぁ、問題はない。


「その人がどんなにお金持ちだろうが、才能を持っていようが、学校生活のヒエラルキーは皆との関わりで出来ている。

 ならば皆でその人の悪いことの指示は聞かなければどうなる?

 その悪い指示は支持を失って強制力がなくなる」

「その人の指示を聞かなくてもいい。

 ――誰も彼もが無視することによって要するに相手が誰であろうと、悪いことをするカースト上位の人物を否定できるってこと?」


 暗に鳳凰寺君を否定できるのか、と言ってくる。周りの女子もそれに気付いた素振りを見せる。

 今まで女王様が上に居て抑圧されてきた彼女達の一部にとってそれは甘い蜜だ。

 しかも、相手はお嬢様で多才で美人だ。中学時代も生徒会活動をしていたり、他人を排除したりしていた。この中の数人は積もり積もった嫉妬や畏怖は相当なモノがあるのを事前に調べてある。

 嫉妬心は怖いものだ。

 男子の話題も鳳凰寺君に向くものは多い。

 それでも彼女が虐めの対象にならないのは、彼女のバックグラウンドなわけだが、要するに美怜の言葉を借りると強さだ。


 僕は今、そんな強さを叩き潰す必勝法――集団による無視を提示した。


「誰かの意図で動くというカッコ悪いしなくて済むんだけだよ?

 例えば虐めとかね?」


 矛盾するので質問には答えない。なんせこれ自体が虐めの一種である。

 しかし、悪に対する正義を押し付け、大義名分での後押しをしてやる。正義だとし、彼女達から罪の意識を消し去る。


「ははは――面白いこと言うわね、委員長。怖い怖い」

「怖いね、僕で無ければ相当に打破は難しいさ」

「例えば委員長自身に降りかかったらどうする?」


 中心格の女性に保身に走ったと思われたらしい。

 お前や美怜もその必勝法に掛けてやると視線を向けられ、脅してくる。


「おっと、携帯を落としてしまった。美怜との大事なデーターが入っている物でね? パソコンやネットストレージにもいれてあるのだが、携帯はいつも見れて便利だね?」


 くだらぬ喧嘩騒ぎも、大砲があれば威厳がつくというものだとは、フリードリヒ大王の言葉だったか。

 ここにいる女子全員に戦慄が走ったのが判る。特に染谷君は真っ青になる。

 疑心暗鬼。

 心理学的に不安な状態に陥ると中身を知らないものには最悪な方向へと想定していく。

 ノストラダムスの大予言などがいい例だ。悪い方、悪い方に考え、大きな災害を起こすだの、そう騒ぎになった。

 何も写真のデーターが入っていないブラフの携帯が、何を取られているか判ったものではないと恐怖を与える小道具となる。


「盗撮などはしてないから安心したまえ、美怜との思い出を残しているだけだからね、ハハハ。

 インターネットの呟きも皆の美怜への賛辞はちゃんと魚拓をとっている程で全く重度のシスコンだね、僕は」

「あはは、なにそれおもしろーい」「委員長、流石に引くよ~」「こわーい」


 皆が僕の笑みに愛想笑いを向けてきた。

 眼は笑っておらず、こちらへの警戒度ゲージと恐怖ゲージが心中でぐんぐん上がるのが判る。そんなもの上げた所で僕に逆らうことは出来ないのだがね?

 まぁ、そんな僕に構っている暇はないだろう。

 扱き下ろすには簡単でしかもカタルシスを解放出来る人物が先ほど提示されている。

 鳳凰寺君がどうなるか楽しみである。


「ま、本題に戻すとだね?

 簡単なアンケートを取りたい訳だ、いいかね?

 二択の数問だし、名前も書くし、皆、悪いことが出来ない善良な生徒なのは判ってる、隠さなくていいよね?」


 そう言い、僕は笑顔で紙を配った。

 見る人が見れば、その光景は悪魔の契約に署名する哀れな生贄に見えた筈だ。

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