想定外

1-26.白兎、頑張る

○美怜○


 月曜日、朝の教室。まばらに席が埋まっている。望はまだだ。


「おはようございます!」


 皆が驚いてこちらを見た。

 その視線に怖いと思うが、違うよね、と自分の意思を持ちなおす。

 望は私の怖いと思う気持ちを取り除いてくれる。

 だから、私は負けないと意思を確かにする。

 これは怖いじゃなくて、慣れてないだけ、そう自分に言い聞かせる。


「おはよう」「おは」「おはよう!」


 と、男子生徒達は声を返してくれる。

 女子は怪訝な顔をしてくるだけだ。面白い。

 話しかけようかと思う。でも、何を話していいのか判らない。

 まぁ、ムリすることでもないのかな、っと自分の机に。


『いえてぃー』『ぶらこん』『ウサギは寂しくておにいちゃんが居ないと死んじゃうの』


 机の中に落書きの紙がまたあった。

 改めてみると、その通りで悪口にもならないようなことだ。

 というか、自分をそう見ることが出来て楽しい。だからあえてそのままにしておくことにする。


「ごきげんよう、美怜さん」

「おはよう、鳳凰寺さん」


 いつも通り、声を掛けてくれる鳳凰寺さんに笑顔一杯で挨拶する。

 心境が変わった私を見て彼女は少し驚いた様子で眼を見開くが、すぐ落ち着いてこちらに笑みを向けてくれる。


「何か楽しいことでも?」

「うん、あったよ。一つは痛い目にもあったけど、初めて街を見て周ったんだよ――西舞鶴駅周りですら私は知らないことが多くて、たくさん、たくさん、面白かったんだよ。こんなにも私は世界から逃げてたんだな、って」


 土曜日、結局、あの後、ずっと外に出ていた。

 人の視線を浴びても大丈夫になろうとしたために反動が出た。

 世界が変わったとも言える。

 道路も端を歩かず、堂々と日のあたる場所を歩いた。


「日焼けで死ぬかと思いましたが……」


 その結果が紫外線。

 浮かれすぎて、アルビノの弱点を忘れていた。将に毛皮を剥がれた因幡の白兎。

 幸い水脹れにはならなかったが、日に焼けた部分がこんがりピンク色に仕上がってしまった。

 触られると非常に痛かったので望と一緒に寝るのも断念せざる負えないほどだった。

 日曜日も痛みが残っており、大事をとって外には出なかった。

 今でも若干痛いそれは自分がアルビノを受け入れていく上で注意しなければいけないと思う反面、自分自身のこともよく理解してないことが判った。


「もう一つは望がね、昨日、料理を作ってくれたんです。凄いんですよ? 麻婆豆腐の元を使わずに調味料の組み合わせですんごく美味しいの作ってくれたんですよ」

「それは興味深いですわね……」


 駅に迎えに行った彼の手には大量の中華系の調味料があった。

 豆腐もねぎもわざわざ買って来たらしい。

 次の日、それで作ってくれたのは麻婆豆腐。

 辛かったけど、彼の料理は凄く温かいもので、涙が出てきた。それが凄く嬉しかった。


「あと、お土産で真っ白な紙の日傘も買ってきてくれたんです、えへへ」


 紙の傘も、あえて私のアルビノと一緒にしてくれたらしい。

 柄の部分がウォールナットで出来ている以外は無地の紙布。目立つ装飾すら無い素直な一品だ。

 私が一目惚れで買ってきた白のワンピースと合わせたら、望が驚きながら満足してくれたのが嬉しかった。


「さて――お兄様からの束縛は如何なさったんですか?

 金曜日、メールの文章を鑑みるに相当追い詰められていたように存じましたが?」

「望を信じ切れてなかった自分の責任が大きくて、恥ずかしい感じです。

 基本的に悪いことは出来ないんですよ、望は――今はもっとして欲しいかな、と思いますよ?」


 絶句という表情をこちらに向けてくる鳳凰寺さん。

 何か悪いことを言ったかな? と思い考えると、


「あ、鳳凰寺さん、土日にもメールとURLを有難うございます。

 でも私はもう相談はいらないかな?

 望から自由に成りたい訳じゃないと、私の中で整理がついたから――返答しなかったの怒ってるんですよね?」


 ペコリと頭を下げる。お礼をしてない私が悪い。


「――ぇ、ぇえ、いえお気になさらなくても結構ですわ。

 今日は美怜さんの滑舌が良く、恥ずかしがっている様子も無く驚いただけですわ」

「私はもう怖がらないって決めたんだよ。

 怖いと思って素直になれない自分は変えるって決めたんだよ――望がそうしてくれたんだよ」


 この前までの自分が今の私を見たら、戸惑うだろうなと思うと笑みが浮かぶ。


「そう言えば、鳳凰寺さん、望のこと好きなの?」


 間の抜けた顔を見せてくれる鳳凰寺さん。

 違うのか、それとも自覚症状がないのかな?


「考えてみれば、鳳凰寺さんとの話は望に関連した話をしていた気がしたからだよ?

 ラブレターも送ってたみたいだし、私の相談も望に関してだし、その前からも望に関してばっかり。

 そんなに気になるのかなって」


 望に興味があるのなら、私に話し掛けるのが簡単だと思われたのだろうか。

 将を射んとすれば、先ず兎を得よ――なんか違う気がする。

 私と望の仲を考えさせるようなことを言ったのは彼女なりの気遣いだったのかもしれない。


「違うなら、家族で問題がある鳳凰寺さんの経験から気遣ってくれたのかな?」


 彼女の家族観念は嘘ではないだろうことから判る。

 家族の話の度に、悲しそうな表情をしていたから私でも想像がついた。


「ぇっと、あ、すいません。席を外しますね?」


 そう言い、教室の外に出て行く鳳凰寺さんはまるで餌を与えたウサギに手を噛まれた様な表情だった。


「うわ、ひでぇ――大丈夫か、平沼ちゃん?」


 入れ替わりに霞さんが教室に入ってくる。

 小牧さんとは一緒ではない。朝の訓練が速く終わったようだ。

 酷いことと言われ何のことだろうと思い、霞さんの視線を追うと机の上、置かれていた紙だった。


「酷いことって何?

 私は家族が好きだし、他二つは可愛いよ?」

「あー、うん、確かに」

「こんな感じかな?」


 スラスラスラっとイラストをその紙に描く。

 赤い目の白いウサギと毛むくじゃらの怪物を可愛らしく漫画調に。

 そういえば絵を自分から描き、誰かに見せたいと思うのは幼稚園のコンクール以来だ。家でも、暇つぶしでしか無かった。


「ぉ、イラスト旨いじゃん」

「えへへー」


 そう褒めてくれるので素直に笑む。

 素直に言葉を受け止めると嬉しい感情しか浮かばなかった。

 昔の自分だったら恥ずかしいとか怖いと思ったのだろう。しかし、今にしてみれば何故なんだろうと疑問すら覚える。


「平沼さん、おは……水戸、そんな文字で絵を描かせるなんて、さすがに見損なったわ」


 霞さんの首襟を掴みつつ、引きずっていこうとする小牧さん。


「違う違う、文字を気に入ってイラストにしたんだよ、平沼ちゃんが」

「小牧さんもこれ見て? どう」

「上手だわ、そんな才能があるなんて知らなかった」

「うん、上手だね、僕もびっくりだね?」


 小牧さんの後ろから良く知った声がした。


「望、ほら見て。ブラコンだって、――その通りだよね?」

「あぁ、その通りだな。素晴らしいことだ」


 満足そうに望は顔を大きく縦に振る。

 小牧さんが怪訝そうな顔をしながら、占いの本を見てから、私へ視線を向ける。


「ちょっといい? 平沼っち、もしかして一線越えた?」

「一線?」


 小牧さんの言葉の意味が私には判らない。どういう意味だろうか?


「ああああ、ぇっと仲良い事を確認すること、例えば一緒に寝るとか」

「うん、したよ?

 私は望が家族だということをよく理解したし、だからこそ頼れる大好きな家族だって、そう思えたよ。

 ほら寂しいときに手をつないでくれたりとか、一緒に寝ると怖くなくなって――昨日もね、春なのに寒かったでしょ?

 私が震えたら気付いて、抱きしめてくれて」

「あ、うん、ご馳走様」


 小牧さんが頭を抱えながら、私の言葉を切る。

 興奮しすぎたかもしれない。


「小牧君、君が思っているようなことはないのだがね?

 ――さて、水戸、今日は頼みがある」


 その脇で望が取り出しているのは一枚の紙。

 見た感じ二択問題数問が書かれていた。


「全男子高校生の人気ナンバーワンのアンケートを取ってきたみたいに女子に気取られずに、クラスの男子だけに配って回収して欲しい。期限は今日の昼。報酬は今まで取り立ててきた食券の九割だ。それと後でそれを何に使うか説明してやろう」

「あー、その紙の意図は判らないが、もしかして鳳凰寺をやるきか?」

「察しがよくてよろしい。大丈夫、失敗することはないし、もしあったとしても君たちには迷惑をかけない。約束する」


 そう言いながら紙の束を霞さんに手渡す望。

 霞さんは仕方ないなと口では言うものの、楽しそうに前渡の報酬とそれを受け取るので共犯は確定だ。

 望の笑顔を見るにロクでもないことなのは予想できる。


「なにその人気投票って?」


 でも、それは聞かない。

 後で教えてくれるだろうし、言わないということならばそれだけの理由があるのだろう。


「女性生徒を対象とした高一男子の人気投票さ! 当然、美怜が一位さ、鳳凰寺君を大幅な差で下してね!」

「えへへー」


 一位という事実ではなく、望が褒めてくれるのを素直に嬉しく思う。


「……九条さん、やっぱり、この子、中身、偽者なんじゃないの? 何時もだったら目立ちたくないのにって言うのに」

「私は私だよ?

 言うならば今までのが偽者、仮の姿。

 小牧さんの言葉を借りれば、ダークラビット★美怜かな?

 黒いカツラに黒い瞳だったし」


 私を見る小牧さんの目が疑いだとか、心配だとかに彩られる。

 小牧さん、そんなに私を恐ろしいものを目で見なくても良いのに……、望を化け物みたいに見るのは別にいいけど。


 ふと別の視線を感じた。

 前からだ、鳳凰寺さんと目が合う。

 それは私をおかしな物を見る眼だった。


 ――私が素直になったのにやっぱり驚いたのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る