1-36.決着という名の始まり。
〇望〇
さて、旨く噛み合わない感じだ。
倒されたまま、床の冷たさだけが僕を冷静にしてくれている。
使命感で心の動きが方向固定されてこっちの言葉に影響されてくれない。
そもそもに何をいっても無駄な気がしてきた。
逃げれば追われる、受け止めればそのまま突っ走られる。
将棋で言えば詰んでいる状況な気がしてならない。
「いけないという訳ではないのだがね……」
思いつかず、言葉を濁すしかない。
身近な女性と言えば美怜だ。
だから、美怜を基準にソラ君の女性的欠点を考えると、今右手にある慎ましいふくらみのことと背が高いぐらいだ。
あとは比べても無意味か、勝っている。
虐めから復帰し、成長を始めているという境遇すらも似ている。
「胸がおきになされるのでしたら――頑張ります。背が気になられるなら削ります。褐色肌がお気になされるならメラニン抜きます! 性格も頑張ります!」
彼女も僕と同じことを思いついたらしい。
やるな……じゃなくて、何か言ったら最期、ソラ君は使命感を得て、本当に何でもやりかねない。
例えば、セックスフレンドだとか、ペット扱いしても受け入れる可能性すらある。
怖い。
お嬢様で、成績も僕の次によく、器量も良い、そんな彼女を好きに出来るチャンスでがある。
男としては都合のいい展開だ。
ただ、それは相手からの選択肢の押し付けの結果であり、ある種、負けを認めるに等しい。
僕は人に制限されるのは嫌だ。これは染みついた性根だ。
やるにしても、キチンと勝ったうえの方が良い。
「君も僕の好みとして想像しただろう? その通りだ、僕は美怜が好きなんだよ! 一人の女性としてね! シスコンだね、全く」
美怜を理由にして拒絶。
驚くぐらいすんなり出てきた言葉に、さぁ、軽蔑したまえ。
そして眼を覚ましたまえ。
「家族同士はいけませんわね。私が正道に戻してさしあげませんと」
常識から外れたことを修正するという使命感を与えてしまったようだ。
僕が美怜に抱いている家族観での見解と一緒なので理解できてしまうので、言い返せない自分が恨めしい。
あんまりそこだけの言葉というのは後々の災禍になるので使いたくもない。
――どうしたものか。
恋する乙女というのが無敵だというのは本当だ。
美怜との関係の裏話をするわけにもいかない。
本当にどうしたものか。
ことごとく裏目、というより答えが無いのではないかと開き直った方が速い気がした。
だったら、逆に考えるんだ――昔の人は言いました、押してだめなら引いてみろ。
「ソラ君」
貶すとそれを直すこと自体に使命感を持つだろう、だったら逆に褒める。
「僕は君がとても魅力的なことは知っている」
「――照れてしまいますわ、そんな強い眼差しで言われると」
「確かに女性としての可愛らしさは美怜に負けるかもしれないが、美人度なら負けない。水戸の調べた学内人気でもそうだった。だから、どこも直す必要はない――ただ、とりあえず先ず落ち着いてくれ、深呼吸してみてくれたまえ」
左手で彼女の頬を持ち、外的刺激も与えることで僕の言うことに耳を傾かせる。
そして僕も深呼吸をし、相手にも促しやすくする。
「ほら、すう、はぁ……すう、はぁ……」
「すう、はぁ……すう、はぁ……」
「落ち着いたかね?」
自分も深呼吸で落ち着きを取り戻すことに成功する。
しかし、内面が落ち着いたために外からの刺激をより認識できるようになり、ソラ君の柔らかい女の子の感触が僕の体全体から染み渡ってくる。
「はい、落ち着きました――お顔が近くて照れてしまいそうですの」
言われ、ミルクチョコレートの頬が朱に染まるのに気づき――可愛……ハッ!
相手にペースを今度握られたら押し切られる予感がする。
純粋な好意への耐性も経験値が無さ過ぎる。
ソラ君も魅力的だ。本格的に不味いね、うん。
「まず、僕から一旦離れようか?」
それでも、誰かに主導権を握られるのはプライドが許さない。
そう心を確かにし、ソラ君ごと上半身を置き上げる。
そしてソラ君の体を掴み、距離を少し置く。
それはあっさりなされ、ソラ君の体温を引き剥がすことに成功し、お互いに座して対面する。
「残念です……」
背の割りに軽いし、残念そうな顔のソラ君は健気にも見えて何だか変な気分だが、今はそれ所じゃない。
落ち着け、自分。テゥー・ビー・クール。
気持ち悪いと感じていたときの関係性のほうが厄介には思わなかっただろう。
敵対の方が経験が有る分、対抗策はいくらでも練れたからね……
「――とりあえず、早とちりは良くない。落ち着いてから、考え直してくれ」
「……落ち着きましたわ、好きですわよ?」
「せめて一日置きたまえ、一日」
「一日ぐらいで変わるようなら、告白しませんわよ?」
とりあえず、無視だ。
僕は問題を先送りにする。
時間がたてば解決することも多々ある。
これがそれに該当しない気もするが、現状よりはマシになるはずである。
明日のことは明日の僕が解決してくれるはずだ。
「――それでもというのなら、勝負だ」
「勝負――ですの?」
「君の好意は相手に合わせるだけで相手に受け入れて貰うことを前提としていない。愛という文字が心を受けるとあるのにだ。これは何か違う。そうだね? 愛は対等、または対称で無ければいけない」
先延ばしに理由と理屈をつける。
「そうだ、勝負だ。君は僕に負け続けているね?」
「そうですわね……悔しい話ですが」
「だから、それを一回のチャンスで挽回してあげようというのさ。僕に対等や対称な存在になるのなら、少なくとも僕に一回勝たなければならない。違うかい?」
「では、どうしたいいのですか?」
「ならこうすればいい、僕を振り向かせるように努力をしてくれ。そして僕を振り向かせたらソラ君の勝ちだ。物理的な意味ではないぞ? 君自身は魅力的だ。ただ、僕は絶対に負けない」
必死だ。
相手に疑問やターンを持たせてはいけないと勢いだけで畳み掛けた。
「なるほどですわ――要はどんな手段を使ってもいいから振り向かせればいいと?」
「僕以外に迷惑になる悪いことはしないでくれ、そしたら僕は今度こそ君を潰す」
ソラ君は立ち上がり、拳をギュッと握る。
そして、僕を見て微笑み、そして右人指し指で僕を指差してくる。
「――お受けしましょう――けれども、その前に」
頭を両手で抑えられ、ソラ君のゲジ眉が近づいてきた。
――僕の額に柔らかいものが軽く押し付けられた。
彼女の吐息と共にそれは離れる。
「ふふふ、御機嫌よう」
そして嬉しそうにソラ君は去っていった。
「――でこキス?」
湿った額を指で触りながら僕は力尽きるように上向きに転がった。
赤い空はいつの間にか、黒くなり、夜の始まりを舞鶴に告げていた。
けれども空は僕に何も告げてくれない。
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