1-19.虐め、嫌がらせ。

○美怜○


 最初はちょっとしたことだった。

 例えば、委員長だからと掃除を押し付けられそうになったり(望が別の仕事を押し付け返した)、ヒソヒソとこちらを見ながら笑う女子がいたり、そんな程度のことだった。

 望、ないし男子である霞さんがいないと、女子は私に聞こえるようにすぐさま悪口を言ってきたりもした。

 例えば、一人じゃ何も出来ないとか、男に媚びるために体育が苦手に見せているだとか、本当はアルビノというのは嘘だとか、親に捨てられただとか、あの赤い目は人の血を吸った後になるだとか。

 小牧さんはそんな私の味方だ。ありがたいことに体育でのペアなどで困ることは無い。小学校の頃とは違い、見捨てないとまで言ってくれるのは嬉しいし、トイレなど望の目が届かないところでも一緒にいてくれる。

 反面、迷惑を掛けていると気後れしてしまう自分が居るのは認識している。だから、大丈夫だよ、っとも言ってある。

 自分が黙っていれば飽きるだろう。そう思い、なるたけ関わらないように、私は目立たないように心掛けていた。

 先生に言うのも愚策だ。結局、HRで先生が注意を言うだけだ。

 虐める側はそれらを反応した、利いていると喜ばせる。


「――怖い」


 今は一人だ。

 小牧さんは日課になった二人分のお弁当の準備や野球部のマネージャーがあるからまだ来てない。霞さんは朝練が始まりクラスに来るのが遅くなった。

 望は元々、毎朝の何かの鍛錬の後に来るので、いつも少し遅い。

 そして今日はついに目に見える虐めに発展した。

 机の中に悪口の落書きされた紙が詰められていたのだ。

 程度は低い。

 でも、物理的な被害は精神的にダメージを大きく与えてきた。

 昔の虐めのフラッシュバックもおき、倒れそうになる。

 それでも、まだ、マシな状況だ、昔よりはマシだと思うことで対抗チェックに成功し、堪える。

 そして私はクスクスと笑われる中、それをゴミ箱に捨てる。

 このまま行くと、面と向かっての虐めになることは経験から知っている。

 罵倒され、殴られ、汚される。

 

「浮かない顔をしてどうしましたか、平沼さん」


 声を掛けられ、ビクリとなった。


「あ、鳳凰寺さんか……なんでも、ないです」


 知っている相手だと、ホッとした。

 他人から見ても判るぐらい、私は浮かない顔をしているらしい。

 今登校してきた彼女は望のことを毎日聞きに来るのと同じで今日も話し掛けてきた。

 何を話していいものか一瞬だけ悩む。

 自分が虐められているとは言いたくないし、他人である鳳凰寺さんを巻き込みたくない。


「悪口でも机の中に入れられましたか?

 そしてソラの事を巻き込みたくない?」


 ドキリとした。

 そして心の中を言い当てられたこともあったが、望の話題ではなく、私への気遣いを言われたのは初めてだったからだ。


「図星。

 顔がそう言ってますわ――それぐらいは目立つものの義務だと、名誉税みたいなものだと、ソラは自身に向けられる事があるそれをそう捉えております」

「――私は、目立ちたくないんです。

 怖いですから」


 心の中を当てられたからか、それとも鳳凰寺さんが彼女自身の境遇を例にあげて理解してくれたからか、気がつくとそう話している自分がいた。

 ずっとそう生きてきた。目立つとやっかみや敵意の対象になりやすく、危害を加えられるのが怖い。

 けれども今はそれが無理だ。何故ならば、


「そうしたいのに、貴方のお兄様はそれを許してくれないと」


 その通りだ。

 自分が目立たないようにしても望の言動が目立つ。自分自身の容姿も目立つ。目立たないということがそもそもに出来なくなっている。

 更には望はこちらを目立たせるように私に皆の注目を集めることも積極的に行う。


「貴方はお兄様に自由を奪われている。

 どうして、貴方は反抗なさらないのですか?」

「何度も抗議しました。

 けれども、望は絶対にその一線だけを譲りません」


 笑顔で問われる。私は自分の考えを整理するので必死だ。

 私は望に対してこれを通すことが出来ずにいる。

 元々、誰に対しても強くは言えない自分だが、望に対しては物怖じせず何でも言える。

 女子から言われたことを話し、私を目立たせるのをやめるように強く言った。

 でも、彼は頑なにそれを拒んだ。


「望にこれを話したら優しくはしてくれ、ます……」


 望は気にする必要は無い、ただのやっかみだとベッドの中で慰めてくれるだろう。彼は優しい言葉をかけてくれるだろう。

 が、それだけだ。

 彼自身は私の虐めなんて気にも留めていないのかもしれない。そう思うほど、何もしてくれない。


「あなたも家族のおもちゃ――人形ですの?」


 それは真摯な口調だった。

 まるで鳳凰寺さんが自分に問いているような感じも覚えた。

 鳳凰寺さんが何を言いたいのか判る。

 家族の思うままに動くキャラクターなのか、意思のあるプレイヤーなのかということだ。私はそれに明確な答えを持たない。


「……でも、望は私に家族の温もりをくれる」


 確かに一番の問題点は彼が家族だということだ。

 やっと手に入れたそれを手放したくない、という気持ちがブレーキをかけている。

 彼は優しい。


「貴方はそれを得るなら今の生活に我慢を強いられてもいいとお考えならそれで良いかと存じますが……他人から虐められるような生活でもいいと? そもそもに、何故、望君は貴方を目立たせようとしているのですか? 貴方のその反応が楽しくてやっているのでは?」


 思い出されるのは霞さんにする望の構図。

 それはいじめっ子といじめられっ子の構図。それに気づいた時の感情も一緒に思い出された。

 否定しようとする。けれども、それを強く否定するだけの材料が無く、言葉にならない。


「まるで暴力を振るって従えるDV夫ですわね」


 鳳凰寺さんのその例は私に自認させるには十分だった。

 ふと、それが他人として私を扱っていた唯莉さんに被った。

 私を捨てた唯莉さんと同じように望もそれほど私を気にしていないのではないか。

 気づけば私は拳を力強く握りしめていた。


「良く考えたほうがよろしいですわよ?

 貴方は今、岐路に立たされていらっしゃる。お兄様を跳ね除け、元の自分に戻り、平穏な生活を手に入れるかの瀬戸際かと存じますわ」


 鳳凰寺さんは、綺麗な長い金髪を指ですくい、巻きつけ、遊ぶ。


「――そらとしては家族なんてのは、血の繋がりしか感じられませんし、認められず、ただ束縛されるぐらいなら、一人で生きていける強さを持つのが一番ですがね」


 それはきっと望なら出来るだろう。

 でも、私には無理だ。

 私は強くなんていない。皆の注目を集める容姿はあってもそれだけだ。

 話術も、勉学も、何もかも望には劣る。現実世界でステータス画面が見れれば一目瞭然だろう。

 そもそもにそんな能力的なこともあり、望をやりこめることも出来ない。


「よく考えてみてくださいね?

 相談事があれば、気軽に電話でもメールでもどうぞ」


 そう言うと鳳凰寺さんは一枚の紙を置き、去っていった。 

 私はこの話を望に話すことが出来なかったし、この紙を見せることも出来なかった。

 これまで鳳凰寺さんのことを望に言えなかった通りに。

 夜、私は望と寝ている間もずっと鳳凰寺さんの言葉が頭から離れなかった。

 手は繋がなかった。


 ――次の日、学校に行くと、上履きが無くなっていた。

 そしてクラスに靴下で行くと珍しく先に来ていた望がこちらに手を振ってきた。


「おっと、マイシスター、上履きならここだ」


 そう言い鞄から取り出してくるのは新しい上履き。


「なんで新しいのを持ってるか聞いていい?」

「隠す輩がそろそろ出ると思ってね。机の落書きも消しといたし、黒板に書かれた相合傘は派手にしておいがふっ!」


 黒板と言われ見たらそこには望、美怜はラブラブと誰かが書いたモノに、明らかに望の筆跡で家族愛とは素晴らしいものだと追加された文字が書かれていた。

 反射的に手が出てしまった。怒りゲージが抑えきれなかった。


「いやねぇ、家族同士でなんて」「シスコン、ブラコンとかもうね」「草生える」「ひゅーひゅー、お二人とも夫婦喧嘩ですか?」


 悪意ある言葉の投げかけ。何人からもの、野次。吐き気。

 虐めという単語が浮かぶ。


 ――フラッシュバック。


 不味いと思ったが抑えきれない。

 動悸が激しくなり涙が滲んでくる。

 呼吸が、浅くなり、止まる。

 ついには目の前が真っ暗になり、体から力が抜けた。


「誰かの扇動で女子が嫉妬心を煽られたりして、美怜を虐めてもいいという空気が出来ているだけだ。

 君はそんな中、良く耐えている、良い子だ」


 望の声が左耳から聞こえ、私の両肩が何かに押さえられた。


「けれども、その扇動者――いや、この場合は虐めている女子達の助長だな――にとってそれは面白くなく、こういう物質的な行動を他の女子に取らせた。

 相手にしないというのはいい手段ではあるが、最善ではないのさ。

 とうとう僕がいても歯止めが出来ない程で、あわよくば、僕と美怜をおもちゃにしようとしている。

 そろそろお灸を据えねばならないね?

 男子はそんな状況に訳もわからず乗っかってるだけだ。

 大丈夫だ大丈夫――任せておけ」


 視点が戻ると真剣な表情の望がいた。

 私を椅子に座らせ、黒板の前へと歩いていく。

 当然、話題の中心の人物だ、注目を集める。 


「よし、もっと言いたまえ!」


 望の宣言にクラスの空気が完全に膠着した。

 私も望が何を言っているのか理解できずに、フラッシュバックをも吹き飛ばされた。

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