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「知って、たんですか? 私の、生まれのこと。……いつから?」
「殆ど、最初から。」少しだけ、声音が柔いだ。「矢田野
いつの間にか歯を喰い縛っていた私は、顎の合わせに痛みを覚えながら、
「鎗田さん、私、実は、半ば予想ついていたんです。あまり、認めたくなかったんですけど。……でも、確かに私は、気が付きかけていたんです。龍虎会の根城で、彼らが頼みにしていた魔女やその他ならず者達が、〝災炎の魔女〟に次々と仕留められて困っている、そんな話を、何度も聞かされて、そして、……実際その中に、父さんと母さんの名前も有って、
……つまり、鎗田さん、貴女は、――〝災炎の魔女〟は、本当は、魔女ではなく、」
「ええ、」
丁度、後景として佇むポプラの防風林の肩の辺りから、隠れていた赭い太陽が再び姿を現した。先程までは悪逆の魔女として薄暗く私へ映っていた彼女へ、遺憾のない夕映えが斜めから差し込んで、その印象を一新させる。最早そこに立っているのは、悪と日陰に生きる女ではなく、峻厳な、正道を歩む戦士だった。
「私は、魔女を、そしてその他の悪党を刈る者。法では裁けぬ小賢しい賊を断つ、政府に任命された特務官の一人、それが、私。魔術師の悪知恵は、
私が殺してきたのは、そう、一人残らず、どうせ死んで当然の連中ばかりよ。」
その威に挑む為の勇気は、彼女の言葉の中から汲み出された。
「鎗田さん、今、言いましたよね。……私の父さんと母さんが、死んで当然だったと!?」
「言ったわよ!」何をも憚らない、怒声だった。周囲を、というだけでなく、あらゆる対立する正義や確信を物の数としない、己の
顔を顰めつつ、固めた拳を
「分かりますよ、分かりますけど、」
私は、生涯で、最大の叫び声を挙げた。
「でも、父さんと母さんだったですよ! 私を愛してくれた!!」
彼女は、暫く黙っていた。私の哀叫の余燼が、地面の
「
「……はい?」
「そもそも最初に貴女と会おうとしたのは、確かに、矢田野の連中がどんな糞餓鬼を育て上げていたのか見てみようと、そして、もしも余りにだったら、小さいに内に摘んでしまわねば、という、俗な興味からだけだった。
でも、実際に会ってみたら、……完全に想像を覆された。相対した矢田野の娘は、ちゃんとしてて、それなりに聡明で、何よりも、……世の中の忌まわしいことを軽蔑出来る素養を、きちんと持っていた。矢田野の連中が、罪滅ぼしに己の子供には無限の愛情を注いだのか、それとも肉親以外の命だけを蟻のように軽んじることの出来た病質者だったのか、そこは私には分からないけど、でもとにかく、下種な運び屋には勿体ない、良く育てられた、出来た娘だった。弟の方も、聡明ではなかったかも知れないけど、でも、しっかり道徳を
だからこそ、私の胸は張り裂けそうになった。こんな子達が、縛められているのだと、あの、下種な運び屋の亡霊に! そもそも、そうして愛してくれた両親を失わざるを得なかったことこそすらも、悪道者を親に持ってしまったことによる、呪いなのだと! こんな、何の咎も無い、子達が、」
この、まるで他人事で、なのに土足で踏み込むような同情は、私をどこまでも逆撫でた。
「何を勝手な、……そもそも他でも無い貴女でしょう、父さんと母さんを殺めたのは!」
「罪人ではなく、判事や処刑人を恨む馬鹿が居る!? 寧ろ、同情して欲しいものだわ!」
彼女の眉が寄せられつつあった理由が、ここで分かった。つまり、彼女は、泣き出しそうになっていたのである。
「そう。……少しくらい、同情してよ。分からない? 私は、貴女をそういう
分かる?
そう、だからこそ、……私は、本当に苦しかった、信念と自責の撞着によって。そして、だからといって貴女の許を離れる訳にもいかぬ、呪いのような責任によって!」
言葉の後半は彼女の涕泣で濡れて朧になっており、
「なのに、こんなに私は苦しんで来たのに、こんなに貴女を想って来たのに、……貴女は、まだ、あんな両親に
この、私の情感を揺すぶり掛ける言葉を吐き終えた彼女は、暫く茫然と呼吸だけを繰り返した後に、煙草を左手へ持ち変えると、利き腕で漸く涙を拭った。
「ねえ、涼。もう、止めにしましょうよ。分かった、でしょう? 災炎の魔女によって殺められた無辜の市民は一人も居ないし、謂われもなく貴女の御両親を殺めた魔女も、この世には居なかった。有ったのは、幾らかの悪党達と、そこへ当然の報いを与えた刑吏だけ。どこにも、不幸や理不尽は無かった。ねえ、……お願い、涼、」
彼女が、複雑に顫える手を差し伸べて来る。
「今一度、お願いするわ。……全てを忘れて、私と一緒に、生きて行きましょう? 貴女の為なら、私、魔女狩りも引退するから。後腐れ無く、そう出来る準備や契約はちゃんと有るから。だから、一緒に、もう何も難しいことを考えず、平穏な市民然として、暢気にフロートを売って暮らしましょう? ……ね?」
私は、思い悩む振りをしてから、
「涼、」
そう、欣然と呟く鎗田さんは、きっと微笑んでいたのだろうけど、私はそれをまともに見られなかった。何故なら、私は、繫がった私達の右手を根拠に、飛翔を始めていたのである。
彼女は、腕の中を遡る私の魔力に気が付いたらしく、
「離しなさい!」
と叫び、北風と太陽の寓話に倣ったかのように、逆に私の手を握り潰すことでこちらを挫けさせようとして来た。歴戦の魔女狩りである彼女の
複写の成就を感触で察したのか、これと同時に彼女は私を突き飛ばすと、冷酷に眥を決して私を睨みつけつつ、その右手に牡丹色の靄を集めた。つまり、これは見慣れた、〝カーボネートラヴァー〟によって可視化された二酸化炭素だが、いつもと異なっていたのは、このマゼンタがみるみる濃くなり、まず、血潮のように、そしてその後、闇のような色になったのである。
それが、こちらへ投ぜられた。
私は、必死に右手を突き出して、そこから無茶苦茶に〝カーボネートラヴァー〟の魔力を放った。すると、この飛翔する殺意は、私の耳を
肩で息をする彼女は、ここまでで、それ以上追撃してこない。今の一撃で周囲の二酸化炭素を消費し尽くしてしまったということなのだろうが、しかし、一発とはいえ、平常の条件で攻撃が可能であるとは
「どういうつもり、涼?」
早々私へ一撃試みたのだから、彼女も当然把握している筈で、その意味ではまるで甲斐の無い質問なのだが、しかし、それでも私は答えねばならなかった。真剣な、口上として。
「御免なさい、鎗田さん。……でも、やっぱり私は、父さんと母さんを殺した魔女を、何がどうあろうとそのままにはしておけないんですよ! 鎗田さん、私は、貴女を討たねばならない、……政府に頼れないなら、魔女らしく、どんな手を使ってでも! それこそ、貴女の魔術に頼ってでも!」
彼女は、また、泣き出しそうな顔になり、頻りに首を振った。
「なんなの、……本当に、何なのよ!? 親子の縁が、血が、それほどまでに、自分の人生の
再び、切っ先のような眼光で私を
夕映えの
「〝
魔女狩りの戦士は、壮絶な笑みを泛かべた。
「お前も死ね、薄汚い魔女。」
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