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「取り敢えず言って御覧なさい、何を以てそんなこと思いついたのか。」

 その威圧的な獣の声音に負けぬよう、出来る限りこちらも堂々と、

「まず違和感を覚えたのは、虎川さんの魔術を私が複写しようとした時だったんです。

 私の複写では、その最中に複写先の魔術師の魔術系が、幻視中に鏡のような形状で現れるんですけど、……虎川さんの場合、それがとても希薄な、殆ど無色透明な見た目だったんです。これは、虎川さんがそうあるべき希代の魔術師と言うよりも、寧ろ殆ど魔術の素養や経験の無い者に見られる傾向でした。」

「ああ、……貴女、そういうこと言いかけていたようだったっけ。」

「まあこれだけでしたら、虎川さんの魔術が本当に希少なもの――な筈――だった以上、実際に、私の複写魔術師としての経験でお見かけしたことのない特異な魔術系だったという可能性も有りました。

 でも、駒引さん。他でもない貴女が、このことを不安がる私を押して、どうせ大丈夫だろうと話を進めてしまったんですよね。」

 黙り込む駒引へ、私は更に、

「複写術に詳しい訳でもなく、しかも私の複写術の成功に一番たのむ筈の――何せ、依頼主なのですから――貴女がそう捨鉢めいていたのがとても不自然に感ぜられたので、良く憶えているんですよ。でも、当然だったんですよね。雨を齎す魔術の持ち主が虎川さんではなく貴女であったのなら、あんな複写に何の意味も無い訳で、その成果に対して貴女が一切心配しないのは当たり前です。

 また、一週間くらい複写が持つだろう、といういい加減な貴女の目論見は、逆に正確だったのかもしれません。私を〝雨女〟たらしめたのが私の複写ではなく、貴女の魔術であったのなら、その威力や性質は貴女が一番知っているでしょうから。」

 なおも押し黙り、そして露骨に不機嫌になっていく駒引へ、しかし私は続けざるを得なかった。

「貴女自体が雨女ではない筈なんです、だって、虎川さんが遊説する際、その地へ雨を齎すことが出来ているんでしょうから。だから、貴女の魔術はきっと、他人を雨女然とするものなのでしょう。」

 漸く、駒引が口を開き、

「もしもそうだとして、私がいつか貴女にそんなことが出来た? そんな、貴女に魔力を叩き込むだなんてことが、」

「いえ。有りましたよね、駒引さん。私の右手と貴女の右手が、じっくり触れあった瞬間が、」

「いつ?」

「小玉さんによるボディチェックの直後の、手相占いの時に。」

 駒引が、目を円かに瞠った。

「駒引さん、本当に巧みでしたよ。貴女は道化た女を演じつつ、私の右手を握り続ける口実を作ったんです。私は複写魔術師という仕事柄、右手を預けると言うことに過敏になりがちなので後から気が付けましたが、普通の相手なら騙し果せたでしょうね。

 少なくとも初日はそう出来たとして、……その後も必要なら、貴女はベッドの中で寝入っている私の手をこっそり握れたりしたんじゃないですか? 貴女の魔術の効果がどれくらい持つものなのかは、分かりませんけど、

 つまりより言えば、リスクの有る遊説には虎川さんを飛ばしつつ、本当に組織に必要不可欠な自分はこの邸から一歩も出ない、そうやって貴女は龍虎会の安全を確保してきたのではないですか?」

「成る程、筋が通っているね涼っち、やっぱり賢い子だよ。でも、通っているだけ。それらの全てが貴女の妄想、或いは机上の空論などではないと証明することは出来ない、そうでしょう!」

 私は、かぶりを振った。

「方法は、有りますよ。ネガティヴな証明に限りますが、」

 怪訝げに睨みつけてくる駒引へ向け、私は手を差し伸べ、出来る限りの力強い声でこう宣告した。

?」

 駒引が、小さく、しかし確かに呻く。

「これから、貴女の魔術の複写を試みましょうよ。もしも私の推測が全部間違っているなら、複写後にそれが確認出来ますよね?」

 未だ執務机へ傲然と凭れていた駒引は私の申し出を無視しつつ、腕を組んだまま、その右手の指で自分の肘をとんとんと何度か敲きながら暫く思案した後、おもむろに腰を浮かせてデスクの向こうへと戻った。何を始めたのかと私が不思議に思っている内に、そこの抽斗ひきだしの鍵を開け、

「本当に、利発な子だよ加々宮涼。」

 その言葉と同時に、抽斗の中身を私へ突き付ける。血の気が、引いた。私は、あれを知っている。『エディプス四○○○』。名高きエディプス社のハイエンドシリーズの最新モデル、つまり、量産されている中では最高級の自動拳銃だ。

 ボディの放つ妖しい色気、そして銃口の示す明瞭な殺意は、それが模造品などではないことを瞬時に私へ確信させ、また握る駒引も、先日の間抜けな構えはどこへやら、腋を締め、しかし全体的には理想的に脱力したその姿は、彼女が本物の銃士であることを声高に物語っていた。

「勿体ないねぇ、貴女がそんな、余計なことを勘ぐる馬鹿じゃなけりゃねえ!」

 狂った女、駒引麗子。その狂気が今やその相好に遺憾なく泛かび、引鉄を引くことになんら躊躇を感じていないことを私に理解させる。

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