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「はい? でも、ええっと、」
「大丈夫。今回の貴方達は例外だったけど、普段はそもそもお客さんに
「しかし、……ええっと、」
どうにかこの厄介を避けられまいか、しかし、向こうの話からするにきっと相当に必要とされている茶番なのだろう、ならばどう上手く言えば、
などと考えていると、横から
「涼は、あるいは我々は、複写魔術師として仕事をお請けしているのであり、ならば、その様な魔術と関係の無い業務については請け負いがたい、……或いは、成否を保証出来ません。」
頬づいたままだった
「完全に正しい様に聞こえるけど、……それで?」
「ですから、その、謂わば『替え玉』行為に於いて涼が何かをしくじって、龍虎会さんの面目を潰したり、或いはそこまでいかずとも、正体がうっかり露見したりした場合などにおいて、その後について責任を持てません。」
「成る程、成る程、」
駒引は、にやついていた顔をふいにすっと引き締め、例の、油断ならない老獪な目を再び見せながら、私や銀大、あるいはその言葉をじっくり品定めしているかの様に黙りこくった。その、肌に沁みてくるような緊張に、私が耐えきれなくなって、思わず声を上げそうになった頃、漸く、
「じゃあ、こういうのは?」冷徹な声音だった。「銀大っちの言うことは、分かる。でも、だからってそれをまるっきり認めてしまっても、ウチとしては困る。例えば、涼っちがわざと何か粗相をやらかしだすとかね、――龍虎会の面子が潰れると得する連中に
これを聞いた銀大は、下脣を噛むようにして少し逡巡していたが、その後、
「姉ちゃん、それでいい?」
「え、ええっと。うん、それでなら、なんとか。」
あの駒引の真剣さからするに、どうにもその雨女ごっこを免れる方法は無さそうである。ならば、それを行うこと自体は避けられなくとも、係る責任だけは背負わずに済まさねばならないだろう。銀大が引きだしたのは、良い妥協点だった。
しかし、私はマフィアのボスの真似事をしなければならないのか? 本当に?
駒引は、前傾を完全に解き、つまり背凭れに身を委ねながら、呆れた、あるいは諦めたような表情で、
「あーあ、……余計に、お金払わされちゃうか。上手いねぇ、銀大っち。」
「ええっと、お言葉ですけど、……私は銀大を介し、複写魔術師として仕事をお請けしたのですから、それ以外のお仕事ついては想定していなかった訳で、ならばその分について報酬を頂くと言う、謂わば普通のことかと、」
「そりゃそうだけどさ涼っち、……ちぇ、だからって事前にそこまで細かく話す訳にもいかなかったからねぇ。ま、しょうがないかな。」
散々喋り続けていた駒引が、ここで黙った。それにより部屋の中に訪れた静寂に喚び起こされるようにして、久々に
「話は済んだ、かな。」
「ええ、涼っちと銀大っちも、何も言うこと無さそうだし。」
「ならば、」
「あ、えっと、はい。」
雨女がそのまま傲然と動かないので、立ち上がった私がつい、小走りする様な形でその元へ行くと、
「どうすればよい?」
「ええっと。右手を握らせて頂くので、お借り出来ますか。」
ここで雨女がちらと駒引へ視線をやると、彼女はちょっと肩を竦めるだけで、素直に応ずることを自身の主に促した。成る程、さっき私の右手をべたべた調べていたのは、一応真面目な意味も有ったのかと感心していると、虎川が手を私へ差し伸べてきたので、
「ええっと、『パー』の形で立てていただけますか? ……有り難うございます、では、」
おずおずと、しかししっかりと虎川の手を摑み、互いの五指を絡めさせる。視界の隅で、彼女が不快なり不信なりでその秀でた眉を顰めていたような気がしたが、意に介せずに私は自分の仕事に集中した。虎川の体内、銀河に飛び込み、翔け、彼女の魔術系の核を為す恒星を探す。多くの魔術師と同じ様に心臓の辺りに泛かんでいたので、躊躇せずに飛び込んで行った。灼けるような体験の後に、見えてきた鏡を見て、私はつい顔を歪めつつ逡巡しかけたが、しかし結局はそのままの速度で飛び込み、
つい、少しぼんやりしてしまったが、私ははっとして手を
「ええっと、終わりました。」
雨女は自分の右手を引き戻すと、怪訝げにそれを閉じつ開きつしていた。私もつい、首を傾げてしまっていると、駒引が、
「ちょっと二人共、というか特に涼っち、なんか自信無さげだけど大丈夫?」
私は、上手く誤魔化す方法は無いかと考えたが、しかし何も思いつけそうになかったので素直に吐露することを選び、
「多分旨く行ったとは思いますが、……もしかしたら、何か失敗しているかもしれません、正直な話、」
「と、言うと?」
「えっと、……私の複写では、対象の魔術師の魔術核が、鏡の様な形状で幻視中に見えるんですけど、なんと言うか、……他に類を見ない様相だったんですね、虎川さんのその鏡が。」
「ふぅん、」しかし、駒引は意に介さぬ様子で立ち上がり、「ま、雨女様の魔術系がそこらの凡俗と同じ様では堪らないって感じもするし、良いんじゃない? そこは貴女を信用しとくよ、涼っち。」
いやしかし、もしも複写が成功していなかったら、と抗弁しようとしたが、駒引は壁に掛かっていた大振りなベルを殷々と鳴らしてしまい、最早見慣れてきた正装の若い連中と、そして此方は初めて見る、使用人然とした幾人かを部屋の中へ呼び寄せてしまった。
「マザーの出発、そして先生の秘書のお帰りです。皆、それぞれを送り届けなさい。」
急にがやがやと囲まれた銀大が、去り際に「姉ちゃん、頑張れよ!」と言ってくれるのに、私は顎の動きと目で応じたが、しかし、対照的にいとも悠然と下々を伴って去っていく虎川の背を見ながら、私はちょっとした疑問を抱いてもいた。
扉が閉じてから、
「あの、駒引さん、」
「何? 我らのマザー、」
あぁ、早速面倒くさいなこいつ、と思いながら、
「貴女は送らないんですか? 本物の方のボスを、」
「ああ、」ベルを壁へ掛け戻す為に背を向けていた駒引は、その仰々しいメイド服の襞を閃かせながら、つまり、気取りげにくるりと回って此方を向き、「ま、そんな虚礼を有り難がる程つまらない女じゃないんだって、我らの沙羅っちは。それよりも、貴女を一刻も早く〝雨女〟然とさせることの方が、我々には今重要なんだ。
さぁ、さっさと付いて来なさい涼っち! 本当なら一生身に付けられない様なお召し物を、貴女に見繕ってあげるのだから。」
またというか案の定と言うか、駒引は愉しそうだった。
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