そのまま走り続けていると、漸く遠目に洋館が見えてきた、らしい。私はボンヤリしていて気が付けなかったが、とにかく銀大が言うにはそうだったので、私達はその巨大な鉄格子門の前迄まもなく辿り着いたのである。赤く光る整理棒を持った、雨合羽の守衛に誰何と案内をされた所までは、いやはやお疲れ様ですとか、龍虎会も存外世俗染みているなぁと思わされたが、玄関でボディチェックをされてからまともに建屋の中に通されると、実に不遜な感想であったと思い知らされた。明らかに凄まじく高級な石材の床の上に敷かれた、半片はんぺんみたいにしっかり分厚くてふわふわな、深い紺青の布地に精緻でしかも明晰な金糸の刺繍が張り巡らされている見事な絨毯が、ずっとずっと先まで続き、途轍もない遠くで階段を上り始めているわけだが、その階段も中ほどで二手に分かれ、この巨大なホールの外周を巡る二階通路となってこちらを高みから窺っている。遥かな奥行き相応に、当然に横幅も凄まじく、左右の二階通路の欄干の所々に立ち並んでいる、組員と言うか兵隊と言うか、とにかく龍虎会の構成員を代わる代わる見上げる私は、その為に首をきょろきょろ動かすことになってしまった。きっと、さぞかし力なく見えたに違いない。彼ら、それも堂々とした態度で本拠地に居るのだから最低限の地位は持っているのであろう男女が、恰好だけはこの豪奢な館に相応しい洒脱さで、しかし狼の様に隙の無い目でこちらを見下ろしているのを知り、それなりに覚悟を決めて居た筈の私の心は、豪勢さに圧倒されたのと合わせ、すっかりかきみだされてしまっていた。

 そう立ち竦んでいると、不意に、肘を突かれた。そっちを、つまり銀大の方を見ると、彼は、少なくとも見た目上はしっかりしながら、

「それで、」一歩進み、「どなたが案内して下さいますか? 依頼をお請けした、加々宮かがみやすずと、その、――ええっと――秘書? ですが、」

「失礼。」

 存外近くからその声が聞こえて来たことに驚いて、文字通り浮ついていた視線を下に戻すと、いつの間にか、右方からメイド服姿の女性が現れてこうべを垂れていた。そこから腰を伸ばし、その、青い瞳を持つ、石膏の様に色白な顔を私達へ向け、

「このやしき家政婦長ハウスキーパー、兼、虎川の側仕えを勤めております、駒引こまひき麗子うららこです。」

 茶色く染まった髪を小さく纏めている彼女は、鎗田さんよりも幾らか年嵩のように見えた。三十歳くらいだろうか?

 彼女は私の方を、表返した手の平で指し示しながら、

「貴女が、加々宮さんですね。」

 銀大のことは意識されていまいと思った私は、苗字だけで呼ばれたことには取りあわず、

「はい、本日は、

「ええ、短い間ですが本日から宜しくお願いいたします。早速虎川マザーの元に御案内を、と言いたい所ですけど、」

 時代掛かった仕草で駒引が顔の高さまで手を持ち上げ、二度打ち鳴らすと、こちらも何処に居たのか、やはり正装はしているが、しかし二階の連中に比べると服に着られている感の有る若い男女がぞろぞろと現れてきた。

「御免なさい。まず、そこの部屋で身体検査を今一度受けて貰えるかしら、お二人とも。こう執拗だとマザーが臆病と思われてしまうかも知れませんけど、無駄な危険を犯さないのも組織の長の勤めであり、そして、その為の助けをするのは私の一番大切な仕事の内の一つですので。」

 そう語る駒引の顔は、笑顔には違いないのだけど、しかしどこか老練さを感じさせて私の心を休ませなかった。なんで、だろう。家政婦長と言ったら一番偉いメイドくらいの意味だろうけど、龍虎会そのものではなくそれが持つ一つの館のメイド長風情が、なんでこんな迫力と、そして末端であろうとはいえ構成員を顎で使うような力を持っているのだろうか。

 不思議がっていた私が、銀大と、それぞれ揉まれる様に部屋に運ばれる背中へ向けて、そう思われることが過去に屡〻だったらしい彼女は、

「ああ、『側仕え』と言う言葉と私の恰好で時折誤解されるのですけど、私は、言うなれば龍虎会のナンバー・ツーであり、虎川が不在の場合には代わって皆を率いる立場の者です。どうかその点誤解無く、そして、今後お見知り置きを。」

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