第二章 レインコートを装うのなら、気高く澄ませよ道化人形
3
掃除の行き届いたレンタルカーの助手席で、私は
「ひでえ雨だな、本当に。」
そう銀大が呟いたので久々に前を見ると、雨音から想像はついていたが確かに
「よく、運転出来るねこんな中。」
「まともな道路だったら、もうとっくに停めてるよ。〝龍虎会〟の根拠地への専用路ってことで、こういう天気を考えて整備されていて、あと、他の車とか信号が滅多に無いからなんとか走れてるかな。」
「ああ、そういうこと、」
「連中とかそこへの出入り業者も、毎回こんな天気の中を通っているんだろうしね。」
「それもそうか。……何だか、不便そうな話だけど、」
「ところで姉ちゃん。その手癖、向こうに着くまでに止めないと駄目だよ。」
運転しながら横目で見咎めたのか、銀大は、そこが気になって右側頭部をつい触ってしまう私を叱ってくれた。
「そうだね、気をつける。」
「ところでさ。姉ちゃん、大丈夫?」
私の心持ちでも心配してくれているのか、とも一瞬思ったが、その口調があんまりに軽かったので、何か忘れ物でもしたかなと思い返しながら、
「何が?」
「いや。姉ちゃんの魔力さ、ちゃんと秘密兵器の分まで持つ? 出発してから、そうやってずっと使ってくれちゃっているけど、」
「ああ、これ?」握っている銀色の
「ええっと、それって、まだ二十一歳だからってこと?」
「どう、なんだろ。魔力って、経験で増えて加齢で落ちるって感じも有るみたいだけど、でもそんなのより生まれ持っての素質の方が大きいみたいだし、その辺は良く分かんないかな。」
「ふぅん、」
銀大は、渋い顔で何とか対向の大型車とすれ違いながら、
「あとさ、姉ちゃんの他にも複写魔術師ってこの世に居るんだよね?」
「勿論。多い方じゃないけど、だからって、鎗田さんや今から会う〝雨女〟みたいな一点物じゃないからね。」
「そういう複写魔術師とか、後は、似た感じの、例えば互いの魔術を貰ってきたり与えたりする魔術師って、皆姉ちゃんみたいに手を繫いで相手と魔術を遣り取りするの?」
「ええっと、少なくとも、殆どはそうだと思う。手じゃなくて他の器官ってタイプの
恋する男女とかなら違うかもしれないけど、と続けるのはやめておいた。
「姉ちゃんの言うことは分からないでもない、つまり手が便利ってのは分かるけど、……ええっと、でもさ、別に『こういう魔術にしよう』って魔術師自身が決めるわけじゃないんだよね?」
「えっと、それはだからさ、『
「へえ。……魔術って、遺伝するの?」
「前向きな証拠は無いけど、でも、訓練で身に付く物じゃない以上、先祖の何処かからの遺伝以外に決定要素も無いんじゃないかな、って話は聞くね。」
「ああ、成る程。消極的に論理的だね。」
私は、ここで資料から目を離しつつ銀大の方を見やって、
「なんかアンタ、最近やたら魔術について訊いてこない?」
「ああ、えっとさ、」延々続く、厄介な運転状況に顔を顰めながら彼は、「ちゃんと、詳しくなきゃ駄目だよなぁって。今度から俺も、姉ちゃんの仕事の上での窓口にならなきゃいけないんだからさ。」
「殊勝だね。」私は、また手許へ目を落としながら、「本でとかウェブで調べれば出てくるんじゃないの? って質問もたまに混じっているのが玉に瑕だけど。」
「あはは、……精進させていただきますよ、大先生。」
そんな銀大が、しかししっかり作り込んでくれた紙資料を再び読み進めながら、私は龍虎会のことを考えていた。その長、〝雨女〟こと
「なんか、……本当に〝魔女〟みたいだよねこの人。」
「姉ちゃんも、そう思う?」
「うん。……普通、魔女――お伽話の方じゃなくて、私達が日常的に使う方の、つまり『非合法非登録の魔術師』って意味だけど――って、人から目立たない様に平凡な恰好するものだろうけどね、」
「それに対して、」ハイビームに切り替えながら、「〝雨女〟の派手さは、それこそ、ヤクザがヤクザっぽい恰好するみたいなものなのかな。」
「と言うと?」
「どうせ警察とか政府に手を出されない自信が有るんだろうし、だったら、示威に役立つ恰好していた方が仕事が捗りそうじゃん?」
私は、ちょっと考えてから、
「成る程ね。……なんか本当、そこまで来ると自治区と言うか小国家みたいな感じだよね。国家権力に居並ぼうっていうんだからさ。」
そこに居るだけで周囲の地域に災害的な豪雨を齎す、虎川という魔術師が、その生まれ持った力を遺憾なく発揮し、つまり、その自然への権力を、天候と言う恩恵にも厄災にも成り得るものを有る程度意を持って操れると言う、社会への権力に翻訳出来ることに気が付いて、振るい、そして今日の、国家に勝るとも劣らない力をついに築き上げる迄の半生とは、一体どの様なものであったのだろう、そもそもこれ自体が興味をそそられる逸話だろうが、しかし、もし訊くことが出来れば、単なるエピソードである以上に、これから魔女になろうとしている私にも役に立ったりするだろうか、隙が有れば向こうで誰かに少しでも話を聞けないだろうか、なんて、暢気に私は考えてしまっていた。きっと、生存本能として、私の精神が、真剣な問題への直視を避けることで不安を無理に誤魔化そうとしたのだろう。この、暗く冷たい、無間の雨音に負けないようにして。
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