一応同性の検査員が宛てがわれはしたが、今度は服まで脱がされた上に全身を中々執拗にまさぐられてうんざりしている中、とうとう顔の方まで手を伸ばしてきたので、これ見よがしに、あ、と私は大口を開けてやった。すると彼女は、伸ばしかけた手を降参でもしているかの様に所在なく立てつつ、脣を少し尖らせてばつの悪さを示しながら、流石にそんなところまでは窺いませんがね、と、もごもご言い、着衣と先に進むことを私に許してくれたのである。

 やれやれ、漸くクライアントと御対面かと扉を開けたが、しかしそこに居たのは、立ち尽くしている、男身で着替えも検査もさっさと終わったのであろう銀大と、小さな、しかしその天板を除いた少ない表面積が緻密な彫り物で執拗に埋め尽くされた、これまた贅を尽くしたらしい赤いテーブルに向かって腰掛けている、駒引こまひきの姿だけだった。

 また返した手の平を私へ向け、そしてそれを差し出すように卓上へ下ろしたので、お前も掛けろと言う意味だと取って私も向かいに座り、

「まだ、虎川とらかわさんにはお会い出来ませんか?」

「ええ。申し訳ないのだけど、やはり部下達だけでは不安だから、私てずから最後に再確認させてもらうかな、って。」

 目の前の女中姿の女は、その口調だけでなく表情も崩し始めており、――いや、正確には、表情自体よりも、その仮面が崩れ始めたと言った方が良いかもしれない。先程そこはかとなく垣間見えた強かさは、しかし今や明らかであり、口許は笑いながらも、何か我らの主を害せんとするなら咬み殺すぞ、とでも語っているかのような目をしていた。

 私は、せめて虚勢を張る為に、わざとちょっとウンザリした顔を作ってから自分の裾を摑み、

「風邪でも引かされなければいいんですけど、」

 駒引は、意外にもくしゃりと相好を崩しながら、

「ああ、そこまでは及ばなくってよ。服を二度引ん剝いたからって、何か変わるわけでもなさそうだし?」

 銀大に後ろから見られている手前、ちょっとほっとしてから、

「では、何を?」

「そうねえ、……お手、拝借出来るかな。」

 今度は、自然に眉を顰めてしまった。

「手?」

「そう、お手々。伸ばしてもらえる?」

 数秒躊躇ってから、素直に従う。

「何さ、別に捥ぎ取って喰らったりしないって。……ええっと、どれどれ?」

 駒引は、私の右手を取ると、その仰々しい服のどこからか取り出したらしい虫眼鏡を左手で支え、捕まえた手の平をまじまじと見つめ始めた。

「ふんふん、……成る程? それで、ええっと、」

 これがまた、手相師の真似事かと言うくらいにあまりに長々しかったので、つい、

「何を、見てるんですか?」

「え? あ、いや。果敢無い生命線と鋭い頭脳線しているねぇって。」

 これを聞き、「は?」と声を漏らしたのは銀大である。私も、つい呆れた顔をしてしまいながら、

「まさか、本当にそんな、」

「あはは、可愛らしいじゃない。」私の手を漸く解放しながら、「まぁ、生命線云々は冗談だけど、あんまり手相も馬鹿に出来なくてよ。こうみえて私だってちょっとは魔術の適正有って、手の平の情報から貴女が誠実かどうか如実に読み取れる、……かもしれないじゃないさ、もしかしたら。」

 『もしかして』、って、……ええっと。さっき何の話をしているんだ、この女は。

「ま、とにかく、」駒引は立ち上がりながら、「すずっちは、大丈夫かな。お通ししましょう。」

 耳を疑い、続き損ねた私に対して、

「あら、来ないの?」

「ええっと、その『すずっち』と言うのは、もしかして私の、」

「『かがみっち』とか『かがっち』の方がいい?」

「あ、ええっと、……すずっちでいいです。」

「そう。じゃあ早く来て。が待ちくたびれているから。」

 その、あまりに頻りに飛び出てくる放埒な言動に打ちのめされて大した反応が出来ず、仕方なしに大人しく従おうとした私を、銀大がちょっと止めて、

「アイツ、頭おかしいのかな?」

「ええっと、……狂っているかはともかく、全然摑めないね。さっきから印象が二転三転してる感じ。」

 私は、駒引が誘おうとしている方へ向き直しながら、

「まぁ。同じく乱されるなら、竦み上がらされるよりはマシだったかも。こうして、ちょっと困惑させられる方がさ、」

 そう。どうせこんな場所、魔女の根城の深くまで踏み入った以上、もうまともな相手など存在しないのだろう。

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