10
伝話でなぎっちと呼ばれていた彼女はまもなくやって来たが、どこかで見たような気のする顔だった。そそくさと去って行った駒引に置いて行かれ、私と彼女はダイニングのすぐ外で二人きりになる。
顔立ちが純血の日本人にしてはやや彫り深いので、もしかすると自然なものかもしれないその金髪の下で、恐らく元々困り眉なのであろうその眉間を更に寄せて黙っている、彼女へ、「ええっと、」と声掛けると、はっとした様子で、
「ああ、失礼を加々宮さん。――と言いますか、先程こそ失礼致しました。」
その言葉で、私は思い出して「ああ、」と声を漏らした。さっき私を引ん剝いて身体検査した彼女ではないか。
「龍虎会の丁稚と言いますか兵隊と言いますか、まぁそんな感じで、この屋敷の中で住み込みの下っ端として過ごしております、
この言葉を聞いて、〝側仕え〟が龍虎会での役職名――恐らく極めて高位――であることに私は気が付いた。
「ええっと加々宮さん、さっきの側仕えからの伝話からしますに、貴女も『すずっち』とか呼ばれているんですかね?」
これに対し、出来る限り平然と「はい、まあ、」と答えたつもりだったが、私の心理的疲労が彼女へ伝わってしまったらしく、小玉はますます眉を寄せて、
「いやはや、申し訳ないです。駒引さんって、どうもエキセントリックでして。同時に、とても有能なお方ではあるんですけどもね。
で、とにかくですね。側仕えが居られない間の貴女のお世話と、――言ってしまえば監視を、命ぜられました。申し訳ないですが、何卒宜しくお願い致します。」
監視を行うということに引け目を感じているのだろうが、流石に組織の根拠地を自由に歩かせてもらえるとは思っていないので、別にその点については異論無かった。
が、とにかくこのまま立ち尽くしていたくはなかったので、
「何処か、部屋をお借り出来ますか?」
「ああ、ああ、申し訳ないです。御用意しておりますのでお連れいたします。ただ、そこの中では、私も一緒に居させていただきますが。」
小玉を追って、廊下を進み始めた。首元辺りまでで刈られた彼女の毛先が、照明を照り返しつつ揺れている。
「小玉さん。用意してある、と言うと、私の寝床ですかね、今から行く場所は、」
「ああいえ、それはそれで別に有りまして、お寛ぎ頂く部屋をまた別に確保しております。」
私は、ちょっと驚いて間を取ってから、
「それは、なんというか、至れり尽くせりで。」
「それも、つまり側仕え――あるいはこの場合は
そんな調子で煮え切らない小玉の話を聞かされている内に、小さな部屋へ通された。さっきの食事の趣向を思い返し、よもや燭台照明ではあるまいなと少しだけ不安になったが、普通に魔灯だったらしく彼女が壁際のスイッチを入れようとする。しかし、カチカチとしても一向に点かず、小玉が小さな声で困惑し始めたので、見兼ねた私が、
「貸して下さい。
「あ、いえ加々宮さんにそんなことさせる訳には、」
「大した労力じゃないですので。それに、業者だか係の人だかを喚ぶよりもずっと早いですよ。」
小玉から場所を奪い、手探りで充力口を見つけて魔力を注ぐと、ようやく部屋の中がまともに見られるようになった。応接室と言うよりは身内の控室と言った様子で、調度品のランクが二つも三つも落ちていることが私の眼にすら明らかである。とはいえそんなものに興味も無いので、適当に手近なソファ席へ腰掛けた。しかしそうすると小玉がやたら居心地づらそうにするので、察した私は、上座に当たるのであろうもっと奥の席に陣取り直す。
有り難うございます、と言いながら彼女が下座へ座るのを、こんな人物に兵隊なる役割が勤まるのだろうかと不思議に思いながら私は待っていた。
「ええっと。加々宮さん、お過ごしいただく間のことですが、新聞やラジオ、テレヴィジョンはそこに有りますし、手頃な本や一応ゲーム機も用意出来ます。食後ではありますが、もしもお望みであれば軽食やお飲み物も。また、
ちょっと考えてから、
「伝話はどうです?」
銀大を介し、そういう機器をなんら持ち込むなと言われていたので、今の私は殆ど完全に空手だったのだ。腕時計は持って来ていたが、それすらも、この小玉に最初会った時に没収されていた。
「ああ、済みません。それについては御用意しかねます、――と言えと、駒引さんから命ぜられておりまして、」
ふむ、
「つまり、受動的にメディアを楽しむのは勝手だが、私から外部への聯絡は許さない、ってところですかね。」
「あい済みません、その通りです。」
「まあ、妥当な所ですよね。私をこうして見張るくらいなんですから。」
「それで加々宮さん、何かお持ちしますか。」
「ええっと、」ちょっと、整理してから、「私を見張るよう言われていると言うことは、小玉さんって、今時間が有るということですかね。」
「はい。側仕えが戻ってきて貴女を浴場へ案内するまでは、御一緒致します。」
「だったら、」
小玉は、案の定戸惑いながら、
「私の話、ですか?」
「はい。龍虎会や、貴女のことについて、」
テレヴィジョンや本なんて、物の数ではない。どうせそんなもの、町に帰ってから幾らでも堪能出来るのだ。ならば、今はとにかく、この世界でしか聞けない話を、経験を、少しでも多く得ておきたかった。そう言ったものが、鎗田さんの言う所の『暗い船出』を助ける為の、海図や羅針盤にならんことを期待して。
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