11
「もしかして小玉さんって、魔術は不得手な方ですか?」
どうせ先程の魔灯の件で半ば
「ええっと、はい、そうなんですよね。女なので勿論訓練したことは有るんですが、なかなか、」
「すると、さっきの駒引さんとの伝話は、」
「ああ、はい。
「皆さん、そんな感じで?」
「魔術に秀でる者も何割か居るので、彼ら、というか概ね彼女らは、自分の魔力で伝話を繫げている筈ですよ。充力式だと、結構すぐに切れちゃって使いづらいんですよね。遠距離とか携帯器相手に掛けると尚更、」
「そう、聞きますね。実感が沸かないと言うのが正直な所ですが。」
「贅沢なお話ですね、それは、」
小玉は、この遣り取りで緊張を少し解いたようだった。というか、それはともかくこの人、少し不用心すぎはしないだろうか。私としては、まずどうでもいい話をしてみようと思っていたのだが、駒引もやはり魔術の才覚が特に無いらしいと言うことと、逆にその心得が有る者も大分居ると言う情報が、弾みであっさり貰えてしまった。正直私がそれを知った所でというのは有るが、しかし、もしも私が龍虎会に対して何か企んでいたらどうするのだろうか、少し心配にもなる。
「ええっと。すると、正直不思議に思うんですよね。こういう組織で、魔術が使える訳ではない、つまり女ならではの強みが活かせずに、腕っぷしや空間能力でどうも男連中に劣ってしまうことばかりが目立ってしまう女性は、どういう点を武器に戦うと言うか、仕事をして行くんですか? 例えば小玉さんがここへ奉公に来たと言うことは、何か心積もりが有ったのでしょうけども、」
「いや、……それがあまり無いんですよね、私の場合、」
「……はい?」
小玉は、少し遠い目をしつつ、
「確かに加々宮さんの仰らんとするところの通りなんですけど、つまり、そういう素質もないのなら腕力も魔力も特に要らない仕事に就くべきだったんですよね、非力な男性だって普通に人生を送っているんですから。
でも、駄目だったんですよね私の場合。何をやるにも手際も頭も良くなくて、というのが第一に有って、それで中々旨いこと行かなかったんですけど、……ええっと、これが消極的な理由ですね、まず。
それと、こっちはもう少しだけ前向きな理由として、私の家、お金が必要だったんですよ。父が、大きな病気を患いましてね。ああいえ、治療の甲斐有って治ることは治ったんですが、これがまぁ中々の額の借金を私達家族に残しまして、今も、爪に灯を
これまで小玉が見せて来ていた自信なさげな萎縮し続ける様に、少なからず可笑しみを見出していた私は、ここで深く反省した。あの竦みは、生来の性癖などではなく、彼女が人生において夥しく経験してきたのであろう失敗をまた繰り返すことへの恐怖と言う、哀しい学習の結果だったのだ。
そして、私は同時に、奇妙で印象的な対照を見出した。死別した両親の為にこんな場所へ踏み込んでいる私と、生きている両親の為にこんな場所へ住み着いている彼女が、今こうして膝を並べているのだ。更に、私はこれまでの人生で然程不如意なく、また仕事についてもどちらかといえばエリートの方であっただろうが、彼女の場合は、その言葉を信じるなら、何につけてもまともに身に付かず、また経済的に困窮した人生を送ってきたのだという。だが、だからと言って私の方が幸福な人生かと言うと、それは断言出来まい。私がもう願っても得られないもの、つまり両親からの愛や、逆に両親への献身の為に、未だ彼女は日々を送ることが出来るのだから。
「ええっと、」私は、なんとか言葉を発そうとして、「失礼ですけど、正直、多分小玉さんのお仕事ってあまり賃金のいい訳でもないですよね?」
「まあ、そうですね。実際、ゼロじゃないだけマシって感じです。別段お役に立っている訳ではないんですから、仕方ないんですけど。でもまぁ、とにかくここに居させてもらえれば、
まるでそこを庇うかのように、自分の手首をもう片方の手で撫でていた彼女だったが、そこから目を離して、つまり私の方にその困ったような顔を向けて、
「加々宮さんの方は、何か御座いますか? いえ、そのお仕事をなさっていることについては、勿論貴女の才覚を活かす為でしょうけど、今回こんな所へまで、しかもあんな不埒な駒引さんに依頼された上で、お請けして下さった理由は、
正直、もっと世間擦れした
銀大が間に挟まっていた以上、依頼主があんな
「〝災炎の魔女〟を、捕まえてやりたいと思っているんですよ。実は、」
小玉は、目をぱちくりさせながら、
「災炎の魔女、ですか、……あの?」
「ええ。警察や政府が幾ら追っても捕まらない以上、アイツらの手の届かない所、つまりこういう場所でそういう人達と関わらないと、もう手掛かりも無いのかなって、
……なんか、口にすると馬鹿みたいな話ですよね。雲を摑もうとして、懸命に地面から手を伸ばしている、みたいな感じで。」
小玉は、その困り眉を更に深めていたが、しかしすぐに小さく頷いてから、
「加々宮さん。私、日中の仕事の間に探してみますよ、災炎の魔女に関わる資料を、この邸から。あいつ、実はウチとしてもとても煩い存在で、多少の情報は集めていたりするんです。勿論その中でもお見せ出来るのは限られましょうから、加々宮さんの助けになるかは分からないですけど、それでも、」
私が、素直にとても嬉しくなり、正に篤くお礼を言おうとしたその瞬間、小玉の伝話器がポケットの中で鳴動し始めた。どうやら相手は決まっているらしく、彼女はいとも慌てて出ようとし、そして、
大童で小玉が掛け直すと、更に余計な操作をしていたのかこっちまで届くような音量で、
『……なぎっち、またなにかドジった?』
「ああ、申し訳ありません側仕え、本当に、」
『いやまぁ、今更良いけど。で、涼っちはそこに居る?』
「ええ。はい、代わりますか。」
『いや、別に。私も今からそっちに行くからってだけ。その後は、貴女もう休んでいいよ。』
それだけで、伝話が切れる。強制的に内容を聞かされたので、「小娘」とかそういう嫌な言葉が彼女らだけの会話の中に出てこないか兢々としたが、案外イメージ通りの駒引であった。
「聞こえてましたけど、」
「ああ、そういう訳です加々宮さん。駒引さんの執務室はすぐ近所なので、本当にまもなく来ると思います。ここから出る準備だけされて、今暫しだけお待ちを。」
そんな小玉の言葉に反し、準備しろとは言われたが荷物も無いので取り敢えず姿勢を正してみた私は、時計が無いので分からないが
その後漸く、ノックの後に扉を開けてきた駒引は、心底呆れた表情で、
「ねぇ、なぎっち。第七控室を使えって言わなかったっけ。……二つ隣なのだけど。」
その後の小玉の弁明については、私が傍ら痛さに堪えきれず、こっそり耳を塞いでいたので分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます