12

 小玉を通じて予告されていたように、私は駒引によって風呂場へ案内された。「さぁ、一緒に入りましょうか涼っち。」と聞こえた時には何を言いだしたのかと思ったが、連れていかれた先は家庭の風呂よりもずっと、小規模な銭湯やホテルの大浴場に近く、まぁこれなら成る程なあとは一応思わされた。いやまあ、銭湯だろうとなんだろうと、魔術師とクライアントで一緒に湯に浸かる時点でやっぱり普通ではないのだが。広い脱衣場では、やたら横に並ぼうとしてくる駒引から必死に逃れ、対角の位置で緊張しつつ入浴の準備をした。

 特別人を払っているのか、それともこの規模を近しい者だけで使っているのか――男湯が見えなかった辺りそんな気はする――漁網でも投げ込めそうな大きさの浴槽で、腹部を何と無く手で隠している私と、対照的に堂々と肩を広げている駒引だけが、一番奥で並んで浸かっている。頑張って振り向くと、つまり背の方には、大きな窓が有り、というよりは最早それは大規模な硝子張りなのだが、温度は通さないように工夫されているようで、月影も見えず、霖々たる雨の音だけが私達の耳朶じだを外から敲いて来ていた。

「雨、止まないと良いね。」

 飽きもせずに、私を揶揄おうとする駒引へ、

「確か、慎重にことを運ぼうとした私を制して、多分大丈夫でしょと言ったんでしたよね。駒引さんが、」

「おっと、賢しい子だこと。ま、貴女の複写が失敗していようがいまいが、どうせまだ止まないんだけどね、沙羅っちの力の余波がまだ残っている筈だから。三日か四日目からが勝負かな。」

 この言葉を聞いて滅入った私が心配げに見えたのか、恐らくそれが本意でなかった駒引は、急に話を変えて、

「さて、今日の所は私と遊んでもらったりするだけで終わってしまったけど、」

 隠さないのかよ。

「でも、明日からはが来るから、ちょっと頑張ってもらわないとね。今日は早めに寝ましょう、涼っち。」

 私は一旦この発言を聞き流したが、しかし、すぐに気が付いて顔を顰め、ばしゃりと水音みなおとを立てつつ、ちょっと距離を駒引から取ってしまった。離れたのは、彼女へしっかり相対する為である。

「ええっと、まさか駒引さん、」

 駒引は、一旦は不思議そうな顔をしてから、その後ふふと笑って、

「ああ、そこまでは説明していなかったっけ、失敬失敬。」

 例の、手の平を返す仕草で私を指しながら、

「沙羅っちの代わりに、貴女には私と食事を摂ってもらった。沙羅っちの代わりに、こうして一緒にお風呂へ入ってもらってる。そして、沙羅っちの代わりに、この後貴女は私と一緒に寝てもらうんだ。」

 最後の希望を籠めて、

「ええっと、一緒のお部屋とは流石に畏れ多い、」

「部屋と言うか、一緒のベッドでさ。」

 果敢無い希望であった。

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