真っ白なクロスが垂らされ、中央に洒落た燭台が据えられたその円卓に、私は掛けさせられていた。目の前の、如何にも今からここに皿を置くぞという空間を挟むように、フォークやらナイフやらが四対、柵のように並んでいる。

 嫌な予感ばかり高まる私が、反対側の席に座っている駒引へ、

「あの、」

「あ、そういえば食べられないものとか訊いてなかったか。アレルギーとか有る?」

「ええっと、栗だけ駄目です。」

「栗? ……そんなのも有るんだ、世の中広いな。」

「ええっと、それはともかくですね、」

「いつも前菜は大抵蔬菜そさいのマリネで、それ以降のメニューは日に依って変わるし私も知らないかな。普段は一々前もって訊かないのだけど、知っておきたい?」

 いや、そうじゃなくて、と続けようとしたが、『前菜』という言葉が出てきてしまったので、私は諦めてしまった。

 額に、手をやりながら、

「つまり、マザーと同じ食事を、つまり某かのフルコースを、マザーと同じ様に摂れと言われている訳ですね、私は、」

「ええ、その通り。沙羅っちと私はいつも一緒に食事を摂るのだけど、彼女が居ないと私が寂しいから、貴女に付き合ってもらいたい。で、付き合ってもらう以上、同じものを出さないと失礼かなって。まぁ、役得だと思って頂いてもらえる?」

 私は、諦めてしっかり居直って、「ええ、代金無しでお請けさせていただきましょう。」と、せめて言い返すのであった。

 

 園児の積木かお絵描きかと言う様相の、遊び心満点の皿達に私が苦しみ(なんでナイフとフォークにこんな種類が有るんだ)、そして案の定駒引が愉しそうにそれを眺めてくると言う時間が過ぎ、今は、食後に出された茶を啜らされている。駒引が『お茶』という言葉を発した時には、随分和風なものを捻じ込んでくるものだなぁと思っていたが、出て来たのは当然のように煎茶や焙じ茶ではなく紅茶で、彼女が特に何も意図していない言葉にまで私は一杯喰わされるような有り様であった。

 この和やかな時間を、私は好機と見做し、

「ちょっと、お訊きしてみても良いですか?」

 駒引は、カップに口を付けたまま眉を持ち上げ、露も焦らずに悠然とそれを下ろしてから、

「答えるかは、分からないけど。」

「ええっと、――貴女は、結局何者なんですか?」

 この曖昧な質問を聞いた駒引は露骨に緊張して、私のことを睨みつけた。その目は、これまでも何度か私を戦かせてきたものとは、しかし、明らかに違っていたのだ。強者が弱者を見るような、あるいは、我々は自衛の為ならなんでもするぞと言う、いずれにせよ勇ましい凄みが今まではそこに籠められていたのに、この時の駒引の目に宿っていたのは、もっと必死な、深傷ふかでの獣が狩人へ最期に見せるようなそれだった。

 しかし、つい目をしばたたいた私が再び尋常な視界を得る頃には、駒引は表情を緩めていた。即座に何かを思い直した様である。つまり、私がそのような目に晒されたのは、本当に一瞬のことだった。

「私の生い立ちでも、訊きたいのかな。」

 涼しい顔をしゃあしゃあとしている駒引へ、私も努めて平然と、

「ええっと、遠からずと言うか、言うなれば、その若さでマザーに次ぐか並ぶかの地位を得ている御様子の駒引さんは、どういう経緯でそうなったのか、個人的に興味を持っていまして。だって、私、……これから、堅気でなくなりますから。」

 駒引は、ちょっと微笑んだ後、声を出してあははと笑ってから、

「ああ、そういう意味か。成る程成る程、分かる気がするねその気持ち。瑞々しくて健康的な、微笑ましい不安だよ。

 で、ええっと、まぁ周知のことだし話しても良いんだけど、あまり涼っちの参考にはなれないエピソードかもね。つまりさ、私、もともと沙羅っちと大親友だった訳。生来の、」

 ああ、そういうことかと私が早とちりしている内に、駒引は続けてくれ、

「で、沙羅っちがその魔術で疎んじられ、虐げられる人生を送っている中で、私達は見出したんだ。彼女の魔術、〝雨女〟を使って、社会を見返し、或いはそのままやり返して逆に征服してやる方法をさ。そう、私達二人はことの始まり、或いはそれよりももっと前から一緒で、そして私は頑張っての手段を考案したり、それがすっかり軌道に載ってからは、彼女を支える為の知識や技術を身につけたりして、とにかく私は献身的に彼女、或いは龍虎会を盛り立ててきたんだよ、生涯を懸けて!

 ……つまり涼っち、私の今の地位は、彼女と元々とても親しかったと言う縁と、私が積み上げてきた努力や献身と、そして、多少の運とで摑まれたものなのさ。」

 ここまで捲し立てた駒引は、一口分紅茶を口にしてから、

「誤解しないで欲しいのだけど、別に、貴女が私の様に努力は出来まい、と言いたい訳ではないんだ。『参考にならない』と言ったことについてはね。

 つまりさ、なんと言うか、私の積み上げてきた努力は、決して健やかなものではなかったんだよ。」

 駒引は、寂しげに顔を歪めた。殆ど終始道化然、そうでない瞬間は海千川千の古狸の如き迫力を見せていた彼女が、この瞬間だけは詩人のように見える。その白い顔は燭火に灼かれ、寧ろ赤子の如き血色を頰に示し、彼女が今ばかりは純粋な感情を吐きだしていることを象徴しているかのようであった。

「本当に、ほんとうに悔しかったんだよ。皆が、アタシや沙羅を、或いはその名誉や誇りや生活を、踏み躙るような真似ばかりして来て。いや、分かるけどさ、迷惑千万だったのは分かるけど、……でも、いいじゃない、望んで生まれ持った力でもないのだからさ、あんなにも、虐げてくれなくてもさ、非道いことばかり、してくれなくてもさ、

 つまり、ああ、アタシ達はそう言うことなんだよ。当時の、そして今も冷えていない煮え滾る様な世の中への、アイツらへの復讐心が、或いは狂気が、そういうロクでもない力が、アタシ達の努力の支えとなって、こんな組織とこういう地位と、そしてこれくらいの贅沢は出来る生活を獲得させたのさ。」

 駒引は、少しぼんやりしてから、軽く首を振りつつ、前髪の辺りを僅かに搔き乱して照れを隠そうとした。

「貴女から訊かれたこととはいえ、でも、それにしても御免なさいね変な話をして。」

 それから彼女は、白銀色の携帯伝話器を取りだしてどこかへ掛け始め、

「ああ、なぎっち? もうそっちも夕食終わったよね、私らのダイニングに来てもらえるかな。……うん。……うん、そう。私の代わりに、涼っちを案内して欲しくてさ。私、もう執務室に戻ることにするから。」

 そうやって伝話を掛け、自身が撒いた雰囲気からの逃避を図ろうとしている駒引の横顔を見ながら、私は少しおもんみていた。私や銀大の負う闇、災炎の魔女への復讐心は、彼女の言うような暗く力強い懸命を私達に齎してくれるだろうか?

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