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助手席の私は、〝絶対衛生天使〟を行使しながら、冷蔵容器二つを抱えていた。決して荷を軽んじてはならぬという真剣な強迫が、厨子や骨壷を抱えているかのような錯覚を生じさせるが、実際には、その様な死と親しいものではなく、完全に生ヘ向けたものを、今の私は擁しているのである。流石に運転する銀大も言葉少なめで、しっとりとした沈黙に今私達は濡らされていた。
私が、とにかく雰囲気を破ろうと、
「臓器泥棒の魔術が『オーガナイザー』って、実に皮肉の効いた名前だよね。」
「え、何で?」
愚弟が、どうやら本気で解さないらしいので、私は話題を少し変えた。
「とにかく、〝
銀大は、歩行者を憚ってブレーキを踏みつつ、
「でも、どうだろ。動物の本体は腸って聞いたことあるけど、」
私は、笑ってしまった。
「え、何それ? 遺伝子とかじゃなくて?」
「うん、腸。いやさ、そもそも生命は栄養を取得するように進化してきて、実際、もともとは神経とか脳組織とか無かった訳じゃん。だから、生命の本質は、栄養を吸収する腸なんだと。俺達の偉そうな意識や知識は、腸に栄養をせっせと運ぶ為の奴隷に過ぎないのだ、だとかなんとかだってさ。」
「へえ、……確かに、筋は通っているかもね。」
ここで、また会話が途切れてしまう。大した信心を持ってこなかった――或いは、あの日両親と共に失った――、私達は、こんな咳払い一つも躊躇われる森厳な雰囲気をこれまで殆ど経験して来ず、その分の埋め合わせの補習を、今になって纏めてさせられているかのようであった。或いは、銀大の言う通りなのかもしれない。つまり、今私の抱えている臓器や印具の運んでいる筈のそれらの中に、腸管は含まれていない訳で、ならば確かに私達は、誰かの腹の中の腸を生かす為にせっせと心肺やその他と言う下らない
何かしらの裏稼業をしているらしい医院へそれらを無事引き渡した私達は、車内からFFへ聯絡を入れた。
「加々宮か?」
「あ、慈恩さんの方でしたか。こっちは、済みました。」
「そうか、御苦労。では二日後も頼む。」
これだけで、通話は切れた。後ろめたい通信は可能ならばとにかく短く端的に済ませろ、というのは汐路さんに叩き込まれた教えの一つで、もしかすればFFの二人にも、他ならぬ彼女によってこれが通じているのかもしれない。単に、慈恩が無愛想な可能性も有るが。
運転してくれている、銀大へ、
「じゃ、折角だから帰るさに晩ご飯の材料買っちゃおうか?」
「ええっと、……食品触るなら、一旦帰って風呂とか入ってからにしたいんだけど、」
「あら、私達、今世界一清潔だけどね。」
私は、巫山戯て右手を弟へ向け、泳ぐ蛸の足のように閉じつ開きつして見せた。
「……あー、〝絶対衛生天使〟? いや理窟はそうかもしれないけど、気持ちがさ、」
「ま、分からないでもない。じゃあ、一旦帰って出直すのも面倒だし、今日は出前取って済ませちゃおうか。」
「大賛成だね、何が良い?」
「断然、中華。」
一仕事終えた私達は、また近日にあのような目に遭わねばならぬと言うことを忘れて、或いは忘れようとして、やたら饒舌になっていた。
しかし、こんな暢気な予定は、結局達成されなかった。車をレンタルカー屋に返し、家に帰って鍵を出そうとした私達の元へ、招かれざる客が来たのである。
「加々宮、涼さんですね?」
その声に振り返ると、三四人の私服警官が佇んでいて、視界の端には警察車輌が停まっていた。
「都警です。殺人、放火、その他の疑いで、貴女へ逮捕状が出ています。これから、御同行していただけますか。」
きっと、本当は、慈恩や印具の正義や苦悩を垣間見つつ、私は一つのエピソードを演ずるべきだった気がする。しかし、この責務は、警察というこれ以上なく愚かな組織によって手折られてしまったのだった。よりにもよって、この私を、〝災炎の魔女〟などと紛う、粗野で暗愚な連中の手によって。
かくして、この物語冒頭の光景が得られたのである。
(第四章、了)
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