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 車を飛ばせば丁度良い時刻になるのではないかと期待していたが、実際、そのように事態が運んでくれた。ポプラの防風林に見守られた、兎穴市大公園の閑散とした駐車場で、丁度彼女は商売の片付けをしていたのである。銀大の言う通り、今日は一人で営業していたらしい。

 タクシーを清算して降りた私に気が付いたらしく、彼女は、鎗田そうださんは、目を真ん丸に瞠って暫く固まると、その後は殆ど躍り掛かるようにこちらへ近付いて来た。夕陽が、他に誰も居ない駐車場の全てをあかく燃やしている。そんな中、彼女は言葉を発する間も惜しんで、私の手を捕まえ、勝手に腕を捲り、そこに蚯蚓みみずのような腫れが走っていることを認めると、顔を皺くちゃにして私を抱き締めんとしたようだった。しかし、私の躰中にその様な腫れが有ると――事実に対して正確に――想像したらしく、寧ろ憚って身を離してくる。

「銀大、君から聞いてはいたわ。」絞り出すような、声だ。「だから、言ったじゃないのよ。馬鹿なことはやめなさい、って。今回は不起訴か何かで済んだみたいだけど、本当、もう、止めてよ。……うん、悪いけど、約束破っちゃう。私は、今一度貴女を説得する。ねえ、本当に止めましょうよ、こんなこと。御父母への想いは分かるけど、でも、危ないばっかりで、何にもならないじゃない。もう、充分よ。御両親へも、ちゃんと貴女の気持ちは通じているわ。だから、やっぱり一緒にお店でもやって、穏やかに過ごしましょう。ね?」

 恐る恐る、肩に手を置いてくる彼女の顔を、私は、しっかり見据えた。そこに現れて来るであろう、表情の機微を目溢さぬ為に。

「はい、もしかしたら、もう魔女稼業も今日で引退出来るかも知れません。」

 欣然と崩され掛けた、鎗田さんの相好へ、私は急いで二の句をぶつけた。

「だって、……貴女なんじゃないですか? 〝災炎の魔女〟って、」

 これを聞かされた鎗田さんは、恰も、瞬時に凍てついたようでもあったが、私は見逃さなかった。彼女が凍結する直前、一瞬、恐ろしい炎がその目に宿ったことを。

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