14

 並んでいた兵隊達に混じっていた使用人の、雫ではない方、つまり女の方が残り、私の方に歩み寄って来ていた。

かすみ、と申します。ご覧の通り、家政婦長はあの馬鹿者をこれから絞り上げねばなりません。代わりに私が加々宮様へ暫し付き添わせていただきますが、宜しいですか?」

 霞が怪訝げにしたことで、私は、自分が返事をし損ねていることに漸く気が付いた。

「ああ、ええっと、」

「お疲れ、で御座いますかね。一旦、お部屋へお戻りになられますか?」

「ええっと。差し支えなければ、是非、」

 

 例の寝室へ戻ると、昨夜や今朝と同じ様に、如何にも屈強そうな兵隊二人がその扉を護っていた。霞が手の仕草だけで彼らに要求して道を開けさせ、二人で中へ入って行く。

 ベッドは、今朝、先に起きた駒引によってたのしそうに蒲団を引っぺがされた時のまま乱れていた。

 霞は、腰を一つ折って、

「お掃除はまだ済んでおりませんでしたので、お見苦しい所は御容赦下さい。また本来はまもなく中食ちゅうじきを御用意する予定でしたが、一旦見送らせていただきます。もしも何かお召し上がりたくなりましたら、簡単なものならばいつでも御用意出来ますのでお申し付け下さい。」

 そのまま彼女が出て行こうとするので、

「あ、ちょっと、」

「はい、何で御座いましょうか。」

「ああ、いえ。えっと、後でここから出たくなったらどうしましょうか。」

 霞は、また頭を一旦下げてから、

「これは、失礼致しました。邸内に通ずる固定伝話器がそちらに御座いますので、それでお掛け下さい。交換手のような者が出ますので、御用件をお申し付けいただければ、私或いは小玉、乃至それらの代わりの者が対応いたしますので。例えばその様な御用件でしたら、小玉が参ると思います。」

 彼女はここまで述べると、扉の方まで退いてから、こっちへまた向き直って三度目の礼の後に、

「お一人での出歩きを控えようという加々宮様のお心遣い、感謝致します。」

 そう、言い残して去って行った。

 私は、そのままベッドへ潜り込んでしまおうとも思ったが、自分の纏っている服が尋常でないことを思い出し、流石に皺は作れまいと着替えることにした。しかし、苦労して脱ぎ出たまでは良いが、この奇天烈な魔女衣装をどう始末していいのか分からない。ハンガーも見つからないし。

 仕方ないので、なるべく崩れないように椅子の上にそれを掛け、自分は下着のままベッドへ潜り込んでしまった。どうせ後でシーツを換えるのだろうし、これくらい構わないだろう。

 慣れぬ布地を脱ぎ捨てた事で、少しは寝心地が良くなった気がする。今日は、あまりにも頻りに心が揺さぶられた。無理にでも、少し寝なければならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな椀によそわれた御飯をせっせと口へ運んでいたが、それにも疲れたのか、不自然に長い咀嚼の後に口の中身を嚥下してから、彼は、

『お母さん、今日からお仕事?』

『うん、御免ね。お父さんと一緒に行ってくるけど、明明後日には帰って来るから。お姉ちゃんと一緒に、待っていられるよね。』

 幼い弟は、丸い顔をぎゅっと顰めながら、

『うん、……大丈夫だよ、僕は良い子だから。』

 その不器用な小さい右手の中でバツの字になった箸は、彼の体格に比して明らかに長すぎで、父母の葬儀の時の納骨を思わせる。

 ……葬儀? あれ、私なに言っているんだろう。父さんも母さんもこうして、一緒の席に着いて朝食を摂っているのに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はふと目醒めたが、枕許に置いている自分の目醒まし時計、或いはお気に入りの腕時計をいつもの癖で手探りで探し、ここが龍虎会の根城である事と腕時計が没収されている事とを思いだして、つい「はぁ、」と溜め息をいてしまった。なんか、休んだ筈なのに気怠いなぁと感じた後に、自分の目許に涙が溜まっているのに気が付く。変な夢でも、見たのだろうか。全然憶えていないのだけど、

 適当に元の服に着替え、顔に引かれた涙の跡を洗ってから、以前の控室に行きたいことを例の伝話器で伝えると、まもなく小玉が飛んできた。

 しかし彼女は、私の顔を見るや否や、

「大丈夫ですか、加々宮さん、」

「はい?」

「顔色、ちょっと尋常でないですけど、」

 部屋に設えられた大仰な鏡の方へ目をやると、確かに、病的に蒼白かった。

 私は、現実の行動に応じて、鏡像の私もその頬を撫でるのを見ながら、

「ええっと、午前中、昔の嫌なことをたまたま思いだしたりしまして、それが、変な心労になったかもしれませんね。」

「大丈夫、ですか? 側仕えに嫌がらせされたとか、或いはショッキングなものを見させられたとか、」

 部下に信用されてないな、あの女。

「確かに変なことは色々されましたけど、小学生みたいなそればっかりで、本当に困らされては――あまり――してませんよ。大丈夫です。」

 これ以上触れて欲しくない私は、話題を変えたくて、

「それよりも小玉さん、見つけて下さると言っていた資料とかって、」

「ああ、」珍しく、彼女は表情を明るくした。「控室にたんと御用意してあります、早速参りましょう!」

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