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「涼ちゃん、私、行儀の悪い冗談言う人嫌いよ?」
これ以上もなく親しい
二三歩、
「冗談だったら、どれだけ良かったでしょうか。……いえ、間違いだったら、どれだけ良いでしょう。鎗田さん、私に暫し論ぜさせて下さい。そして、私の間違いを指摘して、私の無礼を叱り飛ばして下さい。それが、……貴女があの魔女であると言う、つまり父さんと母さんの仇であるという妄念に囚われた、私が、今一番必要としていることなんです。」
鎗田さんの顔は、
「じゃあ、取り敢えず言ってみなさいよ。その、妄念とかいうのの根拠を。」
私は、息を深く、一つずつ吸い吐きしてから、
「まず、私が逮捕された理由なんですけど、……ここ最近の、災炎の魔女の犯行時刻に於いて、私の現場不在証明が確保出来なかったからだったんです。」
彼女は、眉を非対称に持ち上げてから、
「自業自得よ。後ろめたいことなんかして、つまり人に言えないことばかりしてるから、そうやって無駄に疑われるのだわ。」
「鎗田さん、混ぜっ返さないで下さい。私への説教は、後で良いんです。今は、貴女が被告人なんです。
話を戻しますけど、つまり、鎗田さんも今仰った通り、私が非合法な魔女として活動している間に、災炎の魔女の犯行が繰り返されたんです。」
「ええ、それで?」
「それで、じゃないですよ。」
私は、飛び降りるような気持ちで言葉を継いだ。
「私がこの都市を離れていた日と言うのは、……鎗田さん、ファウンテンの休業日と重なっていた筈ですよね?」
彼女が、鼻翼を怒らせつつ顎を少し上げる。口許も緩んでいるが、笑んだと言う訳でなさそうで、事実、特徴である笑窪も浮かんでおらず、つまり、ただある種の衝撃で顔の統制を失ったようだった。
「だって、つい最近になって一人営業を再開するまで、より具体的に言えば、少なくとも私が二度目の魔女稼業から帰って来るまでは、貴女はお店の営業を私に頼っていたんですから。
つまりです鎗田さん、私のアリバイが無かったと言うことは、……貴女のアリバイも、無かったんじゃないですか? 少なくとも、貴女の唯一の公然とした仕事であるファウンテンは、その間営業していなかった筈ですよね。」
粟立った苛立ちが、彼女の声音に纏わってきた。
「ええ、そうね。その論理は認めましょう。でも、だから何? アリバイの無かった貴女が災炎の魔女でないのと同じ様に、私にアリバイが無いことは、それだけでは何の根拠にもならないわ!」
「確かに、そうです。でも、取っ掛かりとしては中々のものではないですか?」
「そう言うからには、……まだ、話したいことが有るのね?」
「はい、沢山。」
「呆れたこと。」
そう言うと鎗田さんは、片付け中の
火を点けたくせに、以降は手を下げたまま、まるで口を付けず、
「大体、何を言っているのやら。炭酸飲料を作るだけの魔術師である私が、そんな、人を殺めるだなんて大それたこと、」
「それですよ、鎗田さん。それです。」
明後日を向いていた彼女の目が、再び此方を射貫いてきた。
「鎗田さん、それなんです。私が貴女への疑いを抱いてしまった、もう一つの強い理由がそこなんです。つまり、貴女の魔術、〝カーボネートラヴァー〟って、本当は、いとも効率的に人を殺傷出来るのではないですか?」
漸く、鎗田さんが一口煙草を呑んだ。その厳しい顔から吐かれる白煙に、負けぬようにして、
「貴女の魔術は、炭酸瓦斯操作、つまり、二酸化炭素の操作と言うことですよね? 気体操作が可能であるならば、それを対象へ思いきり吸わせることで、意識や命を失わせることは容易だったのではないですか? つまり、二酸化炭素の濃い空気とは、充分な酸素の含まれていない空気なのですから。酸欠は、それ自体が猛毒である筈です。」
「へえ、なかなか勉強しているのね。感心しちゃうわ。」
善向きな激情を見せることは有っても、こんな毒を帯びた皮肉を吐いてくる彼女を見るのは初めてだった。凍みていた表情はとっくに解凍されているが、それを為した熱を負いて滲み出ているのは、私がこれまで彼女に見出したことの無い、何か悪しき情動だ。
「大体、理窟を振るうのなら、もう少し道理に従って考えたらどうなの? ねえ、涼、貴女、数知れない程私を複写して、その何十倍、いや、もしかしたらそれ以上の回数、私の魔術を行使して来た筈でしょう。なら、分かるでしょうに、私の魔術に、そんな威力なんて無いってことを。発泡ジュースを作るのが、やはり、せいぜいだと言うことを。
ねえ、貴女、一度でも、誤ったら私やお客さんを窒息させてしまうな、と感じたこと有った? 無いでしょう?
荒らげられる声音に籠もる気炎へ、幾らか臆しつつも、私はまっすぐ挑戦した。
「鎗田さん、貴女の言っていることは、透徹しているようにも聞こえます。確かに、貴女の魔術を複写したからって、何か危険性を感じたことは一度も無いです。また、試しに何度か全力を籠めてもみましたが、事実大したこと有りませんでした。
ですが、そう、……鎗田さん、私は、まさに先日貴女と約束した通り、ファウンテンや自宅でしか、つまり、そういう尋常な情況でしか、貴女の魔術を行使したことが無いんですよ!」
私の籠めた言外の刃は、息巻いていた彼女を貫いた。茫然と瞠られた目の上へ、しかしすぐに、再びあの不穏な炎が灯り始める。
「鎗田さん!」私は、その火が燃え盛ってしまうのを恐れるように、焦って叫び込んだ。「つまりです、〝災炎の魔女〟は、その名の通り炎と共に兇行を働いてはいますが、実際にはその火災によってでなく、予め、煤を伴わない瓦斯による窒息によって人を殺めておりました。これは、私の推測ではなく、法医学によって確乎と見出されている事実です。
すると、直接人を死に至らしめる為に点ぜられたのではない、にも
黙って聞き続けている彼女は、何時しか、私を睨みつけていた。この、魔女に相応しい、切っ先の煌めきのような眼光は、最早殆ど自供であったが、しかし、それでも私は、纏め上げねばならない。言葉の、始末をつけねばならない。
「鎗田さん、私の述べているのは、謂わば全て状況証拠です。ですが、貴女が自首するなり、私が通報するなりすれば、然るべき物証を、あの忌まわしい警察共が取り揃えてくれるでしょう。流石にあれだけ人を殺せば、収集された物品も夥しいでしょうから。つまり、……私が何か間違っていなければ、貴女は結局終わっているんです。
さあ、……早く反駁して下さいよ、私を、叱って下さいよ、鎗田さん! 私は、認めなくないんですよ、嫌なんですよ、……貴女が、父さんと母さんを殺しただなんて! あれだけ笑顔と情を私へ向けてくれた、他でもない、貴女が!」
私の、嗚咽のような糺弾を浴びせられながらも、しかしこちらを見据えたままだった彼女は、じっと、また煙草を一吸いし、それから寛然と煙を吐いた。この情況に及んでも、尚も私を憚って顔を背けてから吐煙する挙止が、日頃の彼女の優しさを思い出させ、この想起が、今私と対峙している無上の毒婦が、本当に、何かの間違いではなく、あの鎗田玲子その人なのだと改めて思い知らせてくる。残酷な、確認だった。
彼女は、漸く口を開いた。
「涼ちゃん、私、今とても苛立っているのだけど、何でだか分かる?」
私が、この難解で突拍子の無い問いの意味と狙いが分からずに、毒気を抜かれて固まっていると、今度こそ、腹の底から響いてくる様な、凄い声が彼女から発せられたのである。
「
私は、ずっと勘違いしていた。先程から鎗田さんの目に
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