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 少しでも冷静になろうと、意図的に大きく息を吸いつ吐きつしながら周囲を見渡す。駒引の向けて来ているのは、落ち着いてみれば例の御自慢の玩具、モデルガン状のリモコンだった。そして、私を囲んでいる面々を確認してから、

「駒引さん、虚仮威しはやめて下さい。少なくとも貴女の持っているのは愚にも付かない偽物ですし、そもそも本物だったとして魔術の心得の無い貴女に撃てる訳が無い。また、他の方が私へ向けている銃についても、同じことが言えます。男性も交じっていますし、更に言えば、」

 蒼い顔をして銃を握っている、気の毒な小玉へ一瞥をくれてから、

「女性にしても、発砲が可能な程に高位な魔術師をこれだけ並べられるとは正直信じられません。今私を囲んでいる大量の銃ですが、全部が本当に私を殺せるだなんて考えられません。」

 駒引は、くすくすと笑った。

「ああ、本当に、利発で強かな子。ますます欲しくなってしまうなぁ。

 で、そうだね涼っち。確かに貴女の言う通り、私のは張りぼてだし、今この部屋の中に有る銃は殆ど全部偽物だよ。……でもさ、だからって貴女に確信出来るの? こうして並んでいる銃の内、貴女を射殺せることは無いだなんて、」

 つい、脣を噛んでしまう。その通りだ。全員と言うのは有り得がたいが、しかし、一人か二人は本当に発砲が可能な状態かもしれなかった。そもそも男女が交じっているのも不気味で、銃を撃つ振りで私を脅すだけなら女連中を並べておけば良かったものをそこに男が交じっていると言うことは、男身にして類い稀なる才覚で発砲まで可能になった魔術師がこの世に居ると言う可能性も、ゼロではないのかと思わされる。そしてこんな組織なら、そういう希少な人材を召し抱えていることも、有り得なくはないのかもしれなかった。

 私に向けられた銃をざっと眺めてみるが、あの時のように手に取らせてもらえるならともかく、こうして遠目に見るだけでは真贋を確信するのは難しかった。私の見たことの無い、つまり恐らく偽物であろう銃が殆ど全てのように思えるが、しかし私の知識外の改造だの開発だのが行われている可能性は否定しきれないし、龍虎会ならば訳の分からぬ所から妙な銃を引っ張ってくるルートを持っていても不思議でないだろう。つまり、命を賭けられるほどの確信を得ることが出来なかった。ならばと銃士達の表情を窺おうとしても、情けない顔をしているのは屁っ放り腰の小玉くらいであり、残りの連中はみな勇ましい無表情のままなのである。少なくともその内の殆どは、張りぼての武器を握らされつつも猛々しくそれを突き出し、微動だにしていない訳で、つまり古式のチェス駒の様な忠義を示していた。

「ねえ、涼っち。」静かで、しかし深淵から響いてくるような不思議な声音だった。「正直言っちゃうとさ、この場で貴女を撃つことはあまり無いと思うよ。でもさ、貴女も聞いてたよね? あの舐めた密輸屋を、ウチの牢に放りこもうかどうかって話、」

 玉座から聞かされていた、あれか。

「結局本当にアイツは捕らえているんだけど、……つまりさ、貴女にもそういうことをしなきゃいけないんだよ。素直に、私達と組んでくれないと言うのなら、この銃口で脅すことによってね。貴女は本当に見所の有る子だと思っているから、惜しいんだ、湿っぽい牢屋の中でその半生を虚しく浪費させるのがさ。

 つまり、ウチとしてはどうあれ貴女を諦めるつもりはないんだ。ねえ涼っち、……一つ、頷いてもらえないかな。ウチで、抱えられるつもりは無い?」

 龍虎会という、暴力的な組織の根拠地へ乗り込んで仕事を請けると言うことの危うさを、私は殆ど一週間ぶりに思い出した気がする。そう、確かにここ最近は忘れ掛けていたけど、でも、当初は認識していたのだ。だから、こういう事態に備えての準備は、して来ていた筈だった。それを、行使するしかないのだろう、この窮地を乗り越えるには。

 兇暴な笑みを湛えたままの駒引の顔を、少しは凛々しい目つきに見えてくれと祈りながら、私はしっかり見据えて、

「駒引さん。二人だけで、お話したいことが有ります。」

 駒引は、訝しげに顔を顰めて、

「二人だけ? 何故?」

「私は構いませんが、これから私の語ろうすることが、貴女の部下に聞かれていい話なのか判断しかねるのです。」

 デスクへ不遜に腰掛けたままの彼女は、銃状リモコンを下ろし、反対側の手で自分の首の辺りを撫でつつ、

「よく分からないけど、」

「何か、怖れることでも有りますか? こんな、丸腰の小娘と二人きりになる上で?」

 駒引は、ふん、と鼻で笑ってから、

「本当、気の強い子だよ。でもまぁ、毎夜無防備に同衾してきたんだから、今更ってのは確かだよね。

 と言う訳で皆、ちょっと廊下で待っててくれるかな。済んだら、また呼ぶから。」


 兵隊達や使用人達がぞろぞろと執務室から退出し、私と駒引の二人きりとなる。駒引は、その張りぼて銃を畳んだ扇子か何かのようにと動かし、つまり倨傲な態度で私を促した。

「さ、この部屋の防音はしっかりしてるから、誰にも聞かれない筈だよ。話してみなさいな涼っち、貴女の命運を変えられる話を。……もしも、そんなものが有るならだけど。」

 ふぅ、と一息吐いた。何か間違える、訳にはいかない。

「まず、駒引さん。私ずっと感じていたんですけど、貴方方龍虎会のトップって、実は虎川さんじゃなくて貴女なのではないですか?」

 駒引は、つまらなそうな顔をしながら、

「と、言うと?」

「まず、貴女も、マザーと同程度かそれ以上の贅沢は出来ている筈ですよね? 食事、入浴、そして寝室において、親友であった虎川さんに付き合うと言う名目で、結局貴女は彼女と同じものを享受出来ている訳です。衣装部屋に大量に並んでいた魔女服以外のドレスも、貴女が粧し込むのに使っているのではないですか? だって、あんな色とりどりの衣服を、貴方方の常に黒っぽい雨女が纏うことなど有りますか? また、寝室においても、虎川さんを護る為という体で立てている番人は、寧ろ貴女を護っていたりするのではないですか? 護ると言えば、そうです、私達を貴女とまともに対面させる前には、かなり執拗なボディチェックを部下の小玉さんだとかにさせていましたよね? あれも、マザーではなく貴女の安全の為だったのではないですか?」

「ふぅん。」

「それに、です。私が虎川さんを演じていた時、貴女が、彼女の言うべきことを一々代弁した訳ですが、あまりにも手慣れすぎてはいませんでしたか? とても、急場を凌ぐ為にマザーらしい言葉をなんとか紡いで見せた、という風には私には見えなかったんです。まるで、これまでも常にやって来ていたかのような、」

 尚も表情を動かさない駒引へ向けて、出来る限り堂々と、

「つまり、……もしかして、そもそもいつもマザーは、その様な会談の場面で何も話していないのではないですか? ここ数日の私と同じ様に、普段のマザーも貴女への耳打ちを演ずるだけで、本当に意思決定をして来たのは貴女だったのではないですか、駒引さん。」

 ここまで聞いた駒引は、腕を組み、挑発的な笑みを泛かべ、

「ま、そうだね涼っち。それ程間違ってないよ。私は、沙羅っちと同じ贅沢をさせてもらっているし、同じくらい身の安全を確保している。意思決定についても、まぁ魔術師の彼女よりも何かと世間擦れした私が決めてしまった方がスムーズなこともそりゃ多いさ。となれば、確かに私こそが龍虎会のトップだと言えないことはない。

 でさ、涼っち。……まさかそれだけ? 組織の一番と二番が逆かもしれないと言う、その程度のつまんないことをだけで、強気に何か押し通すつもり? そんな馬鹿な子だとは、思ってなかったけど、」

「まさか、」

 私は、はらを決めた。絶対にこの窮地を切り抜けてやるぞと言う肚を、

「ここからが、本番じゃないですか駒引さん。

 ……虎川さんじゃなくて、貴女ですよね? 龍虎会を支える、大雨を齎す魔術師って、」

 駒引は、再びあの表情を見せた。かつて私の暢気な質問に脅かされて漏らした、深傷の獣のような、本気の、つまり必死な、敵意と緊張の籠もったそれを。しかし今度は一瞬で消えてくれることもなく、じっと私を睨みつけ続けているのである。

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