25

 エレヴェーターから降りた目の前は只の壁で、フロアを一周巡っている廊下を進んで反対側へ回ることで、私達は漸く扉に出会でくわした。重厚な金属扉であり、『機械室、立ち入るべからず!』と思いきり書かれているが、

「これ、嘘なんですね。」

「まぁ、そう言うことですね。」

 そう言いながら鞄を漁っていた汐路は、何やら布っぽいものを探り当てると、なんと、突然私の頭に被せてきたのである。

 視界を失った私は、

「うわぁ、……何ですか!?」

「済みませんが、暫くお見せ出来ませんのでそのままでついて来て下さい。私の左肩に手を置いていただけると、盲の状態でも歩きやすいらしいですよ。――私は経験が無いから知りませんけど。」

 本当に御挨拶な仕打ちだなぁと思いながら、私は苦労して手探りで汐路の左肩を見つけ――せめて私が摑んでから目隠ししてくれよ――、大人しくついて行く。悔しいので順路を憶えてやろうかと思ったが、どうもわざと余計な遠回りをされているらしく、すぐに記憶に収まりきらなくなったので諦めた。そして、更なる幾多の曲がり角や扉を経て、漸く粗末な目隠しが外されると、

「こちらです。」

 見せられたのは、なんだか、私の出た小学校の用務員室のドアを思わせる貧相なもので、これまたその頃の生活を髣髴とさせる安っぽい箒まで近くに立てかかっており、これまでの重厚かつあからさまにセキュリティの掛かっていた設備達とは、随分趣が違っていたのである。不思議に思う私を差し置き、汐路はそれを思いきり開いた。

 

「おう、サチコどうしたお前が遅刻するだなんて!」

「嫌みったらしい野郎だね小道世こどうせ、寝坊に決まってんでしょいつも通り。」

「いや分からねえじゃねえかよ、美しい紗智夜姫が暴漢に襲われた、とか、」

「そんときは相手轢き殺してミンチにしてるから、そこの交通留置所に迎えに来てね。」

「交通留置所? なんだそりゃ、そんなもの有んのか?」

「目の前の箱で調べたら? 検索エンジンって聞いたことない? 大抵のことは教えてくれる素敵なウェブサーヴィスなのだけど……」

 入室一番、まずそんなアットホームな会話が流れるように為されて肝を潰された。というか汐路、寝坊だったのかよお前、十五時ってどういうことだそれ。

 改めて部屋の中を眺めてみると、床から壁の中程までは無難な灰系の壁紙となっているのに、そこから上は何だかに色と言うか柄が移ろうているのである。何事かと思うと、よく見れば、種々雑多なポスターが好き勝手に壁の上方一面に貼られているらしい。スポーティなもの、メカニカルなもの、不自然に目と乳房の大きい美少女の戯画のもの、デオキシリボ核酸二重螺旋がうねうねしている良く分からんもの、また美少女のもの、と、とにかく切りが無いが色々だった。メカニカルなものらの多くはオートバイに関係しているようだったので、汐路が貼ったのかもしれない。そしてそんな趣味の悪い万華鏡のような壁に囲まれたこの部屋の、入ってすぐ左の所には、先程の小道世と呼ばれた男と汐路との会話を聞いて腹を抱えている剛毅な黒髪の女性のデスクが一つだけ有ったのだが、残りのデスク群は前方に島として固まっていた。そちらに有る方のデスクの上には、でっぷりと巨きなディスプレイを伴ったコンピューターが一つずつ置かれており、他にもなんだか正体の良く分からん機器が所狭しと並んでいる。まぁ、狭いのは、飲み終えたボトルとか喰い終えた菓子袋を片づけていないせいにも見えるが。そのコンピューターの並んだ方の島では、背広姿の、つまり普通の会社員然とした男達が三人並んで居るのだが、その上着は椅子に掛けられネクタイも適当に放られ、こんな恰好させられるのは至極不満であるという様子であった。

 目の前の汐路も、ああむず痒かったとでも言いだしそうな様子で上着とネクタイを外し始め、

「さあ、皆。ちょっとは行儀良くしたらどう? 今日から先生をお喚びしたのだから、」

「ああ、そうだったけ、」と、さっきとは別の、若い男。

「ほら野郎共、最敬礼しろとは言わないから、お出迎えに立ち上がりくらいしなさいな。」

 呼ばれた彼らがおのがじし椅子をからから鳴らすのを見届けきらず、汐路は此方に振り返り、威勢良く、抱えていた上着とネクタイを私から見て右方へ放り投げた。その勢いを利用して、歌劇の主役のように両腕を広げ、

「ようこそ加々宮先生、自称、世界最兇のクラッカーチーム、我ら〝ピースメイカー〟の秘密基地へ!」

 せめて、あはは、と笑う私は、駒引のやしき程ではないにせよ色々しんどそうな場所だと感じたのであった。

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