40.夜霧
全身から飽和した魔力は、細胞を作り変えていく。魔力によって各細胞のつながりは薄れ、体は霧状に変わっていく。
肉体に引っかかっていた手錠は僕の手首をすり抜け、地面に落ちる。
その瞬間、僕は全身に纏わせる魔力に光と闇を混ぜ、手足をそれで覆う。
それによって僕の手足を貫くはずだった魔法は消滅し、それらは僕の体を傷つけない。
必要以上の身体強化をしている慣れない感覚。さらには頭を殴られているかのような痛みが僕を襲っている。
これが、マスターや他のクランメンバーが言っていた、『夜霧』の副作用なのだろう。
だけど、それらを気にしている場合ではない。
強く地面を踏みしめ、魔族の中に突撃する。
長くは持たなそうだ。短期決戦で行こう。
そう決めて、両手両足に纏わせている光と闇を全身にも回し、体中を凶器へと変える。
魔族に触れる度に、魔族の体も魔法も等しく無に帰していく。元の肉体から形を崩すと上手く操作できる気がしないから、身体は霧状になってはいても人の形のままだ。
それでも、僕の身体はいつもよりも数段早い速度で動いてくれる。おかげで、十数人いた魔族は一息で半分ほどになった。
「ちくしょう!」
魔族の一人が魔法をヨナの方へ放つ。
一瞬焦ったが、今の僕は不思議なことに全能感に包まれていた。
普段なら絶対間に合わない魔法でも、間に合うようなそんな感覚。そしてそれは正しかった。
氷魔法の応用、時間の固定。
魔法を含むその周辺の時間を凍らせて、時間が進むのを止める。
やはり、いつもよりも魔法の発動が速い。おそらく、いつもは魔力を体から引き出すとことから始めなければいけないのに対して、必要以上に体を纏っている魔力の一部を使って魔法を発動させたので、魔力を引き出すという工程が省略されたからだろう。
唖然とする魔族の頭を消滅させ、体も消す。
数秒もすれば他の魔族は全てが消滅して、残ったのは僕だけだった。
「キノア!」
こちらに向かって走ってくるヨナ。
それを見て僕は体に纏わせていた光と闇を解除し、同時に夜霧も解除した――ところで、何故かふっと意識が遠くなった。
◇ ◆ ◇
「キノア!?」
戦闘が終わったのでキノアの元に駆け寄ろうとした時、目の前でキノアが糸が切れた操り人形のようにバタンと倒れた。
両手に魔封じの手錠がかけられた状態でゆさゆさと揺すってみるが、全く起きる気配がない。
――わたしが捕まらなければこんなに無茶することもなかったのに。
自責の念がわたしを襲うが、今は後悔ばかりしている場合ではない。いつ他の魔族が来るかもわからないのにここで寝かせては置けないのだ。
早く、移動しなくては――
「っ!」
気配を感じて振り向くと、いつか見た霧の魔物が殺意たっぷりな目でこちらを睨み付けていた。
おそらく、魔族が近くに潜ませていたのだろう。それまでは大人しくさせていたのだろうが、キノアが魔族を全滅させたせいで制御する魔族がいなくなり、解き放たれたというところか。
……魔法が使えないのに魔法以外通じない相手に出くわすとは、運がない。
まぁ、おかげでこの手錠を外す術は思いついたのだけれど。
――この魔物に両手を食い千切らせれば、一緒に手錠も外れる。
一歩間違えれば両手だけれは済まないだろうが、このまま魔法が封じられていたのでは絶対に勝てない。魔力は残り少ないが、この魔物の討伐の仕方は以前考えたことがある。おそらく足りるだろう。
「ふぅ……」
息を一つついて覚悟を決め、飛び掛かってくる魔物に両腕を差し出して――
――魔物が弾け飛んだ
比喩ではない。文字通り、黒い靄となって弾け飛んだのだ。
どこかにそれをした人がいるのだろう。咄嗟に辺りを見回すと、右側に軽やかな音を立てて着地する一人の少年がいた。
青いメッシュの入った黒い髪。それに、特徴的な黒い目。
わたしが子どもの頃キノアと会ったときに隣を歩いていた人だと思い出すまでまでそう時間はかからなかった。
当時と見た目が変わらないことに、どこか不気味さを感じたが。
「よ、『夜霧』……」
「キノアも惜しかったね。もう少し倒れるのを我慢して、あの魔物を倒すところまで行ってたら五十点くらいはあげたのに」
『夜霧』はそう言うと、軽く手を振るう。すると、わたしの両手についていた手錠が外れて両手が自由になる。
「あ、ありがとうございます……」
「いいのいいの。せっかくできたキノアの仲間なんだし。それに――」
ずい、と無遠慮にわたしとの距離を詰めてきた『夜霧』は、楽しそうに笑うと、
「――うん、君みたいに基本がしっかりしている魔法使いは嫌いじゃない」
と言った。
意味が分からなかったが、『夜霧』はそれ以上言う気がないのかはたまた興味を失ったのか、わたしから再び距離を取ると、倒れていたキノアをひょいと担いだ。
「ついておいでよ。城の医務室……は今使えるような状況じゃないか。修羅場になってそうだ。
そうだね……じゃあキノアの執務室まで送るよ」
「は、はい……」
「うん、返事ができる人も嫌いじゃない」
『夜霧』はそう言うと、一瞬で転移の門を作って、ひょいと中に入る。
わたしも追って中に入ると、そこは戦闘で荒れた執務室だった。
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