38.転移



 実は、僕が魔族と戦うのはこれが初めてである。

 とはいえマスターからいろいろ教えてもらっていたし、僕の魔法が通用するので恐れることもない。

 ないのだが、どうもおかしい気がする。


「こんなに弱かったか?」


 数こそ多いものの、どうもあまり強く感じない。もちろん普通の騎士と比べるとかなり強いのだが、どうも聞いていたよりも弱く感じる。

 魔族同士の連携は取れていないし、魔法を構築する速度も遅い。さらに言えば、戦闘経験がなさそうな魔族も散見される。


「別の目的がある……?」


 王国側の戦力をここに集中させて、本命は別の場所を狙う。ありきたりだが確かにその可能性はあり得る。だが、そこまでして狙いたい場所は何処だ?

 王都の外ではないだろう。王都の外が目的なら城にいる戦力を全て転移で移動させれば騎士団や軍が行く前に制圧できるのだから。

 だとすると、王都内。他の貴族の屋敷かもしれない。だが如何せん情報が少なすぎる上に手が足りてない。ここにいる魔族ならヨナでも捌ききれるだろうから、ヨナにここに来てもらって僕が遊撃に出ていきたい。しかし、ヨナを呼びに行くことはできないというジレンマ。

 範囲系の魔法があまり得意ではないので一気に魔族を削れないというのも面倒さに拍車をかけている。

 とはいえ僕のやることは変わらない。ひたすら魔族を消し飛ばして、この場所を死守するだけだ。ここを耐えていればマスターが助けに来てくれるだろう。戦力が増えれば打って出ることもできるはずだ。


「キノア様!!」


 僕の名前を呼ぶ大声が聞こえてきて、咄嗟にそちらのほうを向くと、魔法の影響で割れていた窓から人が飛び込んでくる。

 慌てて両手の光属性と闇属性を消して、それを受け止めた。


「き、キノアさ――」

「今余裕ないです!」


 ぱっと見て無事を確認するとシファ様を軽く放り投げ両手を自由にすると、こちらの隙を突こうと放たれた魔法に対処する。

 いくら魔族にしては弱いとはいえ人間からすればかなり強い。そのため他のところで抑えきれなくなった魔族がここに雪崩れ込んできており、数が全然減らない。

 さらにシファ様を守らなくてはいけなくなったことで、攻撃に割いていたリソースをいくらか防御にも回さなくてはいけなくなった。結界の中に入れてしまいたいが、今結界を開け閉めする余裕はない。

 やはりマスターを待つしかないようだ。


「き、キノア様! ヨナが!」

「ヨナ? ヨナがどうしました?」

「魔族と戦闘になってて! わたくしを逃がして!」

「……ヨナも勇者パーティーの一人です。これくらいの魔族ならどうとでもできます」


 これくらいの魔族ならヨナならどうとでもできるだろう。少なくとも逃げられないほどの実力差はないはずだ。


「でも! あの魔族は明らかに強そうでっ! ヨナを助けてっ!」


 必死にそう叫ぶシファ様。二人は仲良くないと思っていたのだが、何かあったのだろうか。

 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。

 シファ様だってある程度の実力はあるはずだ。そんなシファ様がここまで言うとなると――少し調べたほうがいいのかもしれない。

 そう思って戦闘の隙を縫いながらヨナのネックレスに込めた魔法を使って位置を探ってみる――が、反応はあまり遠くない。おそらく僕の執務室があるであろうあたりだ。

 魔法が起動するということはまだ生きているということだ。


「シファ様、とりあえずヨナはまだ執務室にいて、生きてい――っ!?」


 そこまで言ったところで、いきなりヨナの場所が移動した。移動したといっても、数メートルやそこらではない。余裕で王都の外まで行くであろう距離。転移魔法が使えないヨナがそこまで行けるわけがなく、考えられる可能性は少ない。

 誰かの転移魔法に飛び込んで追撃しに行ったか、捕まって連れていかれたか。

 とはいえヨナの性格上追撃しに行くなら合流してきそうなので、おそらくは後者だろう。


「ヨナが!? ヨナがどうかしましたか!?」

「……反応がいきなり遠くに行きました。おそらくは何者かの転移魔法でしょう」

「なら助けにっ!!」


 僕と同じ結論に達したのだろう。顔を青くしてそう言うシファ様だが、僕はそれに答えられない。

 もちろん僕だって助けに行きたいという思いはある。だが、僕はヨナの同僚である前に『紺色の霧』のメンバーであり、『客員』が付くとはいえこの国の宮廷魔法師なのだ。この場所を放置して助けに行くことはできない。僕が結界から離れれば結界はもたないし、結界が壊されれば中にいる王族や貴族は殺されるだろう。この国の政治を担う重要人物たちが死んでしまえば国が立ち行かなくなる。一人と国を天秤にはかけられない。

 僕にできることといえば、早く城内の魔族を殲滅してヨナのところに駆け付けることくらいだ。


 僕は舌打ちをして、溜めておいた結晶化した魔法を懐から出してばら撒く。溜めておいたとはいうものの、その大半は執務室に置きっぱなしなので手元にそれほど数があるわけではなく、あまり使いたくはなかったのだが仕方がない。

 一気に巻き起こる風や火や雷に城の壁や床が軋んだ音を出すが、建物への影響を少なめにするようにコントロールしたこともあって城の壁は倒壊しなかった。だが、指向性を持たせたことで魔族への被害は甚大で、少々余裕ができる。

 僕は手に魔力を纏わせると、全身を身体強化させて突撃しようとする――が、しかし、


「キノア様っ!!」


 シファ様が悲痛な叫びを上げる。

 『ヨナを助けて』

 そう思っていることが伝わってくるその叫びに、僕の足は一瞬止まる――が、すぐに両足を動かして魔族の中に突っ込んでいく。

 助ける為にも早く殲滅してしまわなければいけない。その結果ヨナのほうが手遅れになるとしても、僕はこの場を離れられない。

 ――もしマスターならどっちも助けられたのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている暇はない。一刻も早く殲滅して――


「……っ!?」


 唐突に目の前に現れた莫大な魔力に、反射的に飛びのく。

 新手の魔族かとも思ったが、その大量の魔力は僕ではなく魔族に牙を剥いた。

 全ての時間が止まり、空間が歪んで魔族がバラバラになっていく。

 その光景に唖然としていると、聞き覚えのある――懐かしい――声が聞こえてくる。


「うーん。百点満点中十点ってところかな」

「……メルはキノアに厳しい」

「息子みたいなものだからね。かわいい子だからこそ厳しくしようかなって」

「スパルタすぎ」


 そんな気の抜けた会話をしながら僕の真後ろに転移してきたのは、翡翠色の髪にピンクの目の女性、エルナさんと、青いメッシュの入った黒髪に黒い目の男性。

 その姿に圧倒的な魔法の威力。間違いなく、マスター――『夜霧』メル・メノウその人だった。


「マスター!!」

「うん、マスターだよ~。元気にしてた?」

「今そんな場合じゃないんです! 城が魔族に――」

「知ってるよ。見てたから」

「……え?」

「実はキノアが指輪に魔力を通してすぐに来てはいたんだよね。まぁ、その時は一人でどうにかなりそうだし手は出さないでおこうかなって様子見てたんだけど、ピンチそうだったから介入することにしたよ」

「助けようって言ったんだけど、メルがいやだって……」


 ――わかってたならもっと早く助けてくださいよ。

 そう言いそうになるが、それはぐっと抑える。そもそもこの国を守るのが僕の仕事だったのだ。いくら僕とは相性が悪い大人数相手の戦闘だったとはいえ、その尻拭いをしてもらうのに文句は言えない。むしろ仕事を達成できなくて謝罪したいくらいだ。

 ただ、今はそんなことをしている時間も惜しい。


「メルさん、エルナさん! ここはお願いします! 僕は――」

「ガールフレンドを迎えに行くんでしょ? うん、ここは任せて行きなよ。公爵家の令嬢様も預かっておくからさ」

「ありがとうございます!」

「ああ、一つ言っておくけど――本気で助けるなら迷っちゃだめだよ」

「……わかりました」


 真面目な声色で言われたそれに、なんとなく痛いところを突かれた気がして答える前に一瞬の間が生まれてしまう。


「分かってるならよし。早く行きなよ」

「はい!」


 僕はヨナのネックレスの反応を探ると、魔力を溜めて転移魔法を行使する。転移は苦手な火属性の魔法ではあるが、苦手というだけで少し魔力を溜めれば使える。まぁ、実戦で使えるほどの速度では使えないのでこういう時にしか役に立たないのだけれど。


「――頑張ってね」


 そうエルナさんが言うのと同時に、僕の視界は歪んで、次の瞬間には別の景色に変わっていた。



◇ ◆ ◇



「大丈夫かな」


 エルナはそう言うと、僕のことを心配そうに見上げる。


「まぁ大丈夫でしょ。もしダメだったら――まぁその時はずっとレーツェルに居てもらうしかないかな」

「でも厳しいと思う。守りながら戦うのって大変だから」

「そりゃあ大変だけど、でもこれからもあの――ヨナって子だっけ? あの子を傍に置いておきたいなら守りながらでも戦えなきゃダメでしょ。

 とまぁ、雑談はここまでにしてそろそろ城の掃除に行こうか。勇者の顔も見てみたいし」


 僕は指を鳴らすと消えかかっていたキノアの張った結界を、公爵家の令嬢様も結界内に入るように構築しなおす。

 さて――久しぶりに戦う魔族がこんな強さじゃものたりないけど、まぁ仕方ない。一番強いところは子どもに譲ったし、僕は雑魚の掃除をしようかな。


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