21.確率なんて所詮数字



 シファ様を追い返した後、今日遭遇した不気味な魔物のことを報告書にまとめ、それをワタルに託す頃にはすでに日が沈む時間となっていた。

 南東に向いている部屋なので夕焼けは見えないが、城下の街がオレンジ色に染まってとても美しく、カメラがあれば一枚撮っているところだった。

 結局いくら考えてもあの魔物の正体は全く分からないが、それはあとで考えることとしよう。

 どのみち次にあの魔物による被害が出るまでは何もできないのだから。


「さて……」


 先程部屋に来た連絡用の職員が置いていった封筒を前にして、僕は思わず手汗が滲んでいた。

 送り主から見て、これが例のあれだということは間違いない。

 今回こそは大丈夫なはずだ……


「キノア、それなに?」


 僕が慎重に封を切っていると、ヨナがそう尋ねてくる。

 まぁそりゃあ気になるか。ならば教えてあげよう。


「これはね、とある商会がやってるプレゼント企画に当落の発表の手紙だよ」

「ふぅん? わざわざ応募したの?」


 お金あるんだから買えばいいのに。

 とヨナの目が語っているが、僕は首を横に振る。

 それじゃあダメなんだ。


「このプレゼント企画っていうのがね、クリスタルモグラの欠片をプレゼントするってものなんだよ。クリスタルモグラっていうのはとても希少で滅多に見つけられないんだけど、その体は――」

「全部が貴重な薬の原料になる。

 それは知ってるけど、なんでそれをわざわざプレゼントするの? 加工後のほうがいいじゃん」

「そう、だからだよ。基本的にクリスタルモグラって加工後を入手するのは簡単なんだけど、加工前って手に入れるの大変なんだよ。そこに気付いた誰かがこれを企画したらしいんだけど――噂によれば倍率は1.2倍くらいらしいんだよね」

「……それ失敗なんじゃない?」

「それは思う」


 むしろなぜそこに需要があると思ったのかは謎だ。

 だが僕にとっては需要があったので、むしろ人気がない企画だったのは幸いと言えるだろう。


「で、なんでキノアはそれが欲しいの?」

「魔道具の材料として適してるのか調べたくてね。ずっと探してるんだけど全然手に入らなくってさ。

 ……よし、開いた」

「ふぅん。1.2倍なら当たるんじゃない? 外す確率のほうが低いし」


 僕もそう思うが、どうしても緊張してしまう。

 ゴクリと唾を飲み込み、封筒から紙を引き出し――一思いにそれを開いて中身を見た。

 『今回は『クリスタルモグラプレゼント企画にご応募いただき――』という典型的な文から始まる文章を目で追っていく。

 そして、ついにその文字が目に入った。


「どうだったの?」

「ふふっ……見てよこれ」


 不思議そうな顔をするヨナに手に持っている紙を差し出した。

 ヨナはそれを受け取ると、それを読んでいき――目を丸くする。


「え、これって……」

「うん、見間違いじゃないよ。間違いなく『残念ながら今回は落選となります』って書いてある」

「……1.2倍だったのに?」

「1.2倍って僕にとってはかなり外れる確率高いよ」

「いや、1.2倍はほとんど当たるでしょ……」

「僕は昔100人中99人は当たる地元のくじ引き大会ではずれを引いたし、本の予約をするために手紙を出したところ馬車が魔物に襲われたせいで届かずに予約できなかったし、二分の一で欲しかったモノがもらえるイベントでは11回連続で要らないものを引いた……」

「何かごめん」


 とにかく昔からこういうところの運がない。

 みんなが『絶対大丈夫でしょ』というようなところで謎の不運を発動させて全部だめになったりしたことは数えきれないほどある。

 もう呪われてるんじゃないかと思うくらいだ。


「はぁ……もう半年くらい探してるんだよ……」

「冒険者ギルドなら素材あるんじゃないの?」

「僕だって何回も相談してるさ。ただそもそもクリスタルモグラ自体が貴重なこともあって大抵は仕入れ待ちになるうえ、ギルドが仕入れてもその前に別のところに持っていかれちゃって……」

「宮廷魔法師の特権とか――はギルド相手だと使えないか」

「うん、国に縛られない組織だからね」


 話してて辛くなってきたので、執務室の机に突っ伏して木の温もりを感じる。

 ああ、落ち着く。この国にくるときに一緒に持ってきた机なだけあってやっぱり落ち着く。


「じゃあわたしのほうでも探してみる。お父さん経由ならあるかもしれないし。期待されても困るけど」

「うん、じゃあお願いしようかな」

「任された。明日手紙出して聞いてみる。ちなみに何に使うの?」

「ああ、それは――見てもらったほう早いか」


 椅子から立ち上がると、棚の中から両手で抱える大きさの魔道具を引っ張り出す。

 それを机の上に置くとヨナはそれを興味深々といった様子で凝視する。


「これは?」

「これはね、人の魔力を別人の魔力に変える魔道具」

「魔力を変える?」

「ほら、魔道具ってものによって所有者の魔力と相性が悪いと誤作動起こしたりするでしょ? それを改善するために、一回この魔道具を通してから魔道具を使うことにすればいいかなって。

 でもとにかく魔力の損失が大きすぎるんだよね。変換すると大体1割くらいしか残らない」

「それは……使えない」

「うん。だからいろんな素材使ってみたりしてるんだけど――うまくいかない」


 ここ最近ずっと研究を重ねてるんだけど、どうもうまくいかない。

 マスターと相談しながら作った機構だから恐らく設計自体に大きな問題はないんだけれど、おそらく素材が悪いのだろう。


「なるほど。だからクリスタルモグラで試してみたいんだ」

「うん。それ以外にもいろいろ試してみるけどね。

 ま、この話はこれくらいにしてご飯にでもしようか」

「わかった」


 そろそろ夕飯の時間だ。

 今日は何を食べようかなんて話をしながら、僕たちは二人で執務室を出た。


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