11.棄権したい


「マスター。さすがにハンデくれますよね……?」

「えー、どうしようかなぁ。人数差あるしな〜」

「棄権します」

「あははっ、冗談冗談。そうだな……僕は『夜霧』を使わない。くらいかな」

「……もう一声!」

「だーめ」

「くっ、ケチ」

「ダメなものはダメ」


 くそ、交渉は失敗した。これじゃあ絶対に勝てない。勝てるわけがない。

 『夜霧』が使えるか使えないかなんて大した問題じゃない。特殊属性を解禁したマスターに勝てるわけがないのだから。


「……ねぇ、キノア。具体的にどれくらいやばいの?」

「そうだね……この条件なら、僕が5人いてもボコボコにされる」

「それ模擬戦成立する?」

「手加減はしてくれるから……ギリギリ死なないレベルで」

「それダメなやつだろ……」


 僕とヨナの会話にツッコミを入れるワタル。

 いや僕もそう思うのだけれど、マスターは容赦してくれないのだ。

 あー、また負けるのか。これで何敗目だ?


「あのー、キノアさんそんなに居てダメなのに、ボク達でどうにかできるんですか?」

「絶対無理。正面から突っ込んでも返り討ちに遭うし、絡め手を使っても普通に対応されてボコボコにされる」

「よく考えたら、キノアの師匠だもんな。そりゃやべえか」

「僕のこと好きに言うのはいいけど、時間もないし始めていいかな?」


 と、マスターが会話に口を挟んでくる。


「条件は、リギルがどっちかが戦闘不能だと判断したら終わり。僕以外には特に使用魔法の上限とかは設けないよ。おーけー?」

「オーケーではないですけど理解はしました」

「じゃあ始めようか。リギル頼んだ」


 マスターはいつもこういう時すぐリギルさんに審判役とか押し付ける。

 信頼の証なんだろうけど……ただでさえ働かないマスターよりも忙しいんだからやめてあげたらいいのに。


「俺かよ……まぁいいけどな。じゃあ始めるぞー。

 よーい、どん」


 リギルさんが風魔法で空気を震わせて合図を出した瞬間、近接戦闘を仕掛けようとした僕とワタルを抑えるように正面から強風が吹く。

 マスターの風魔法だ。殺傷力を抑える代わりに発動時間と風力を最大まで高めている。

 そして、わざわざ殺傷力のない魔法を撃つ意味は……時間稼ぎしかない。


「今日は昼前からところにより隕石が降るでしょう。ってね」


 風が止み、マスターのそんな呟きが聞こえた瞬間、僕は反射的に上を見上げる。

 すると、そこには巨大な燃え盛る土の塊があり、こちらに降ってきているのが見えた。


「きゃあぁぁぁぁあああっ!」


 ファリアさんの悲鳴が聞こえるが、今はその情報を意図的に遮断する。

 反射的に僕が選択したのは、光魔法。放出の概念を持つこの魔法は、運動エネルギーを光に変換できる。

 つまり……


「目閉じて!!」


 僕はそう叫ぶのとほぼ同時に『夜霧』を使って飛び上がり、隕石に右腕を触れる。

 その瞬間光属性で運動エネルギーを光へと変換し、勢いが弱まった隕石を水魔法の刃で切り刻む。

 目を開けたヨナが細かくなった破片から守るために地面から氷の壁を生み出し、破片との間に挟み込む。

 脅威が去ったことに安心しつつ着地しようとして……視界の端に何かが映ったのを見て咄嗟に結界を構築する。

 しかしそれは不十分だったようで、結界は音を立てて割れ、僕の体は吹き飛ばされた。


「キノアっ!?」

「大丈夫!」

「まぁ『夜霧』使った人の体は魔力で出来てるからね。吹き飛ばされてもダメージはないよ」

「痛いんですけど?」

「そりゃあ魔力をぶつけたから痛いよ。『夜霧』は他の魔力の干渉を受けにくくなるだけで、相手の魔力を無効化する魔法じゃないし」

「戦闘中に解説どうも!」


 立て直した僕は、頭に描いていた魔法を発動させながらマスターとの距離を詰める。

 しかし、マスターはそれを読んでいたかのように、僕の光属性を混ぜた雷撃と闇を混ぜた炎、ワタルの剣、シファ様の風魔法、さらには近づいて振った僕の短剣までを流れるように処理する。

 それに加え、ヨナの不可視の魔法を見えているのではと思うようなタイミングで結界を張って防いだどころか、ファリアさんの魔眼さえもちょうどのタイミングで石の壁を作って視線を切ることで防ぐ。

 予備動作のないファリアさんの魔眼をそんなふうに防げるわけがない。

 そう思ってメルさんの目を見ると、案の定の色に薄く光っていた。


「マスター、それ卑怯だと思わないんですか!?」


 『夜滅』を纏わせた剣で斬りかかりながらそう文句を言うが、何故かマスターの剣は切り結んでも消滅しないし、他の魔法は全部防がれている。

 そのうえ、ヨナ、ファリアさん、シファ様の3人に向かって絶え間なく魔法を打っているのだから、ほんと化け物としか言いようがない。


「卑怯じゃないよ〜ただの魔法だし」

「特殊属性でしょうがそれ!」

「キノアもあるじゃん」

「使ったところでどうせマスターにはダメージ入んないんですよっ!」

「確かに」

「っ、ほんとヤベェな。オレとキノア2人を同時に捌くとか……」


 本来なら人間中でも上位にいるはずのワタルを子どもをあしらうかのように――もしかしたらそれより簡単かも――剣で迎え撃つのは、あまりにも強すぎる。


「これ、勝てるビジョン、見えないっ!」


 自分に降りかかる様々な魔法を防ぎつつ、ヨナはそう嘆く。


「はぁ、はぁ……な、なんなんですの!? あの完璧な先読み!」

「ボクの魔眼完璧なタイミングで防がれるんだけど……」

「まぁ、それも仕方ないよ。マスターには勝てないんだから」


 一度落ち着こうとマスターと距離を置こうと試みる。

 こっちが引いた分詰めてくるかと思ったが、意外にもマスターはそんなことはせずにその場で待機していた。


「勝てないって……ほんとか?」

「残念ながら……ね。

 だって、マスターには未来が見えてるんだから」

「「「「は???」」」」


 僕の言葉に、僕の周囲は口を揃えて驚愕の声を漏らす。


 ……いやまぁ、そうなるよね。

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