12.爆ぜる



 『星詠みの聖女』。かつて存在したフォルクス=グラオベン王国の王女であり、『宝石の勇者』とともに魔王を封じた英雄である。

 魔王討伐の後、結婚した2人は魔族の残党を狩る旅の途中で子どもをもうけた。その子どもこそが、メル・フォルクス・メノウ。つまりマスターだ。


 フォルクス王家は異世界人の血を引いており、その異世界人が持っていた特殊属性に目覚める人間が多かった。

 その特殊属性は、マスターにも受け継がれている。

 『星詠みの魔眼』。それが特殊属性の名前だ。

 かつての異世界人が名付けたそれは、王家を繁栄させるだけの力を持っている。

 魔眼の効果は、超高精度の未来予測・・だ。マスター曰く、その魔眼は物質の位置や力、魔力などを把握し、それを基に高精度な予測を行ってくれるのだという。

 しかし膨大な情報を扱うその魔眼は、魔力の消費が多く並みの魔法使いではすぐ魔力切れになってしまうほか、遠い未来を見ようとすると演算に時間がかかってしまう上、精度が下がるらしい。

 本来は時間をかけて一年後を見る、といった用途が多いこの魔眼を、マスターは5秒先の未来を見ることによって、戦闘に使っていた。


 未来を見る眼と、圧倒的な魔法の力。この二つが揃ったマスターを倒せという方が無理だ。

 魔眼抜きにしても圧倒的に実力差があるマスターを倒すためには予想外のことを仕掛けなければいけないのに、その予想外の事態を先読みされてしまうとあってはどうしようも無い。


 というようなことをかいつまんで説明すると、全員が絶望し切った顔になる。


「キノア、わざわざ士気を下げることを言わなくてもよかったと思うんだけど。というか、僕の特殊属性勝手にばらさないの」

「隠してないでしょう?」

「まぁ、フォルクス家の魔眼の効果は調べたらわかっちゃうしね。わかったところで僕に勝てるとは思わないし。

 でも、僕は自分の口で説明して相手を絶望させるのが好きなんだ。勝手に言われると楽しみを奪われた気分になる」

「マスターの歪んだ趣味のことは知りませんよ」

「そんなことより、どうするんですの? 何か勝つ作戦とか……」

「作戦……作戦かぁ……無いですね」


 無理。そもそも始まった瞬間から負けは決まっていたのだ。仮に魔眼がなくても勝てないし。

 とはいえ……抵抗しないのでは、訓練にならない。

 頭の中で作戦を組み立て、それを口に出そうとした瞬間、マスターが口を開いた。


「さて……ギア上げてこうか」


 それは、マスターが異世界人の父から聞いたのだという、向こうの世界特有の言い回し。

 その意味を知る僕とワタルは、とっさに身構える。

 マスターはニヤリと笑うと、手をこちらに向けて呟いた。


「キノアの知らない光属性と闇属性の使い方を教えてあげよう……〈爆ぜろ〉」


 僕はマスターの言葉を聞き終える前から、短剣を抜いてそれの補助を得ながら、自分にできる限りの結界を構築する。

 だが、マスターは特に大魔法を使うといった様子もなく、大量の魔力を操る気配はない。

 何をするのかと首を傾げた瞬間、視界が文字通り爆ぜた・・・

 その衝撃は結界を砕き、僕らを襲う。

 咄嗟に結界を構築し直そうとするが、それはとても間に合わず、体に強い衝撃が走った。

 夜霧を使っていても感じるその衝撃に、呼吸ができない。

 数回バウンドした僕は、苦手な回復魔法をかけながら起き上がり、周りの様子を見る。

 ……流石に誰も死んではいないか。みんな吹き飛ばされて怪我はしてるけど。


「どう? 驚いた?」

「……何をしたんですか?」


 まだ審判は何も言っていない。

 僕は短剣を握り魔力を通しながら、マスターにそう問いかける。

 答えはないかと思っていたが、意外にもマスターは話し始めた。


「単純な話だよ。キノアの『夜滅』は光と闇を混ぜるんじゃなくて、あくまでも分離させて使ってるよね?」


 『夜滅』は、同じ場所に光と闇の魔力を与えることで発動する。しかし、それは厳密に同じ場所、というわけではないのだ。

 魔力を小さな粒だと仮定すると、『夜滅』はその粒を交互に配置している状態と言える。光闇光闇光闇光闇……そう繰り返していくことで、発散と吸収を効率的に行わせているのだ。


「そのとおり……ですけど」

「僕がさっき使ったのは、それを分離せずに重ねただけの魔法だよ」

「そんなことしたら対消滅して……」

「二つの魔力を混ぜようとしたらそうなるよ? でも僕は、同じ場所で違う魔力を生成したんだ。この場合、二つの概念が重なるという異常事態が起きて、その矛盾を解消するために魔力が暴走する」


 それでああなったわけ。

 そう結ぶマスターの言葉は、どうも感覚的に受け入れ難い。しかし、実際に見せられた以上それを信じざるを得ない。


「……さて、そろそろお話は終わりかな?」


 マスターがそう言った瞬間、身体強化を使ったヨナが弾丸の様に飛び出していき、手に持った氷の剣でマスターに斬りかかる。

 それを岩の剣で迎撃したマスターは、辺りに雷撃を放ってヨナを妨害しようとする。

 しかし、ヨナはあえてそれを受けて、痛みに顔を顰めながらも短剣を振るう。

 被弾と同時に自身に回復魔法をかけているようだ。


ヨナが頑張っているのに自分が見ているわけにはいかない。

 僕は夜霧を使い、人間の限界を超えた身体能力を手に入れると、そのままマスターに斬りかかる。

 魔法の撃ち合いでは勝てる未来がないが、近接戦闘なら可能性は全くのゼロではない……はずだ。

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