13.訓練方法


 近接戦闘なら勝てる可能性もある。


 ……そう考えていた時期が僕にもあった。


「ぜぇ、ぜぇ……や、やばすぎんだろ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 疲れで立てなくなった僕の横に転がるワタルとヨナ。そこから少し離れたところには、魔力切れで倒れているシファ様とファリアさんの姿もあった。


「……模擬戦終了。勝者、メル」

「ふぅ、まぁこんなものかな」


 呆れたようなリギルさんの試合終了宣言を聞いて、ニヒルな笑みを浮かべるマスター。

 いや……これはひどい。完膚なきまでに叩きのめされた。マスターには慈悲なんてないのか……。


「……おいメル、やりすぎじゃないのか?」

「えー、だってリギル止めなかったし」

「止めようとするたびに『まだいけるって!』って繰り返したのはお前だろ!?」

「僕知らなーい」


 マスターは楽しそうにそう言うと、「でも、」と続けた。


「おかげでみんなの実力はわかったよ。

 じゃあ、それぞれに講師を1人ずつ付けようか。

 キノアは僕が見るよ」

「えー、他の人じゃダメですか……?」

「ダメ」


 確実に強くなれるのは分かるんだけど、厳しいというのと、相手が強すぎて成長の実感が得られにくいというのもあって、正直あまりマスターの訓練は受けたくない。

 まぁ文句言っても仕方ないし、大人しく受け入れるか……。


「他の人は……うん、そうだね。ワタルはアルに教わって。

 クレンさんはシャウラに。

 ファリアは……エルナにお願いしようかな」

「ボク、ヨナに教えたい。2人で話したいこともあるし」

「えー、でも魔法適性的にそれだと……」

「戦闘スタイル的にはボクが一番近いはず」

「それはそうなんだけど……」

「オレが2人引き受けようか?」

「んー……じゃあそれで行こう。クレンさんとファリアはシャウラに任せるよ。

 で、ヨナはエルナとリギルとスハルが順番に教えてやって」

「え、俺か?」


 エルナさんとスハルさんはわかるけど、リギルさんを指名する理由がわからない。

 エルナさんは戦闘スタイルがヨナに似てるし、スハルさんは魔法適性的にヨナに近い。

 でも、リギルさんは精霊魔法使いだし、ヨナに割りあてる意味が薄い気がする。


「なんとなくだけど、ヨナは精霊魔法を知っといた方がいい気がするんだ。戦闘に使えるレベルまでは要求しないから、入門くらいは教えてあげてよ」

「メルがそう言うならまぁいいが……」


 どこか納得はしてなさそうだが、渋々といった様子で受け入れるリギルさん。

 それを見て満足げに頷いたマスターは、僕の服の襟を掴んで、ズルズルと引き摺り始める。


「もう休憩したでしょ? ほら、訓練行くよ」

「あの、あと10分……」

「ダメ」


 本気で疲れてるのに……

 そんな文句は天才のマスターには届かず、そのままどこかへと引き摺られるはめになった。



◆ ◇ ◆



 しばらく休憩した後、わたしがエルナさんに連れてこられたのは森の中。

 その森は薄暗いけれどどこか暖かみもあって、落ち着ける場所だった。

 その森の中にある小さな川のほとりで、わたしとエルナさんは並んで座る。


「あの、話って……」

「キノアのことについて、聞いておきたくて」

「はぁ……」


 キノアのこと……なんだろう。


「どうして、そこまでキノアに執着するの?」

「え?」

「メルから色々話を聞いたり、推測したりしてるうちに気になって。

 ボク、ヨナのことは覚えてる。キノアが小さい頃に助けた迷子の子でしょ。

 その時のことを覚えて密かな憧れを……っていうのはわかる。でも、普通はそれだけで宮廷魔法士になるほど魔法を極めようとは思えない。

 だから、気になってる」


 なるほど、たしかにそれは疑問に思うかもしれない。

 わたしのその思考が普通ではないのは自分でもわかってる。

 でも……


「理由は特にない……です。

 ただ、そばに居たいって思ったからそうしようと努力しただけで。それ以外の理由は何にも」

「なるほど……だから精霊魔法か……うん、なるほど。理解した」

「え、何をですか?」

「気にしなくていい。

 こっちの疑問は解決したけど、そっちに疑問は何かある?」

「……聞いていいのかわからないですけど、キノアとエルナさんは、本当に血縁関係はないんですか?」


 メルさんにも尋ねたことを、エルナさんにも尋ねてみる。


「うん、ないよ」

「メルさんとも、無いんですか?」

「無い」

「でも、それにしてはあまりにも似すぎだと思うんです」

「それは認める。でも、ボクたちには血の繋がりはない」

「血の繋がりってことは、ほかの繋がりはあるんですか?」

「義理の親子って関係」

「そういうことではなく!」


 そういうことではないのだ。

 見れば見るほど共通点が見つかるのに、血の繋がりがないのが信じられない。

 だってそうでもないと説明がつかないだろう。それほどまでに似ている。


「……ヨナの言いたいことはわかる。でもごめん。その質問には答えられない」

「メルさんに言われてるから、ですか?」

「違う。メルとボクでそうするって決めたから。

 『時期が来るまではほかの誰にも言わない』って」

「『時期が来るまで』って……」

「それはヨナ、あなた次第でもある」

「……『キノアが死なないために必要だと思ってる』。そうキノアさんは言ってました。

 でも、なんでそれがわたしなのか、わからないんです。

 キノアを助ける役を任せられることに不満はないです。でも、なんでって疑問は残ってて」

「……申し訳ないけど、それも答えられない。

 ただ、一つ言えることがあるなら、『そうなる運命だと分かったから』、ってだけ」


 運命。

 その胡散臭いフレーズに思わず顔を顰めてしまう。

 だがエルナさんはそれをスルーすることに決めたようで、「さて、」と話題を変える。


「話もしたし、そろそろ訓練しようか」


 エルナさんはそう言うと、立ち上がってわたしに手を差し出してくる。

 聞きたいことはまだあったが、答えてくれそうな感じではないので、わたしはその手を握り返す。

 立つのを手伝ってくれたエルナさんへお礼を言った後、何をするのかと指示を待つ。


「そんなに緊張しなくていい。模擬戦大好きなメルとかキノアとかとは違って、ボクは模擬戦形式はしない」

「なら、何を……?」

「魔法の威力……というより、魔力のコントロール力をつける練習。魔力の筋トレみたいな感じ。

 まぁ、見てて」


 エルナさんはそう言うと、近くにあった木の幹に手を当て、軽く息を吐く。

 魔力を集めている、そう感じた瞬間に木の幹が捩じ切られた。


「……え?」

「今のは純粋な魔力を幹の中で回転させただけ。

 魔力っていうのは力を与えるから、量と質があればこういうこともできる」

「え、でも木って魔力抵抗が……」


 基本的に、魔力を帯びた物質は別の魔力に対する抵抗を持つ。

 木も人体ほどではないが強い魔力抵抗があるはずなので、そこに魔力を与えてそれをコントロールするのは簡単な話ではない。


「抵抗があるからこそ訓練になる。

 抵抗を破れるほどの強度の魔力を操る技術。これは『夜霧』を使うためには必要だし、ヨナの魔法の威力上げにも役に立つ」


 そう言われれば納得する。

 物は試しと、わたしも木の幹に手を当ててそこに魔力を込めてみる。

 強く、固く。

 魔力が押し戻されそうになるのを強引に抑えんで、精一杯の魔力を与える。

 そして、その与えた魔力に回転を加えようとして……


――パァン!


「きゃっ!」


 急に強い力で魔力が弾かれ、掌に加わった衝撃に思わず短い悲鳴が出た。


「回転に意識を集中したせいで、魔力を木の幹に押し込む意識が足りなかったね。

 あと、回転させようとすると途端に抵抗跳ね上がるから気をつけて」

「先に言ってください……」


 とはいえ、今ので大体の状況は掴んだ。

 もう一度掌を当てて、魔力を注ぎ込む。

 コントロールし切れるように少し少なめの魔力量にして、回転を加える。

 抵抗が強まるとわかっていれば強い抵抗でも抑え込むことができた、が……


「全然、きれ、ない……」


 集中して魔力を操っていることで乱れる呼吸。

 こんなに集中してもなお、木を捩じ切れる気がしない。

 魔力は動いているが、その力では木の幹を捻れない。


「一朝一夕じゃできない。練習あるのみ。

 わたしとの訓練の時はこれをして。後で練習用の魔道具あげるから、訓練終わってからも空き時間あったら訓練すること」

「ありがとう、ござい、ます……あっ!」


 一瞬気が緩んでしまったのだろう。お礼を言った瞬間に、幹に込めていた魔力が霧散してしまった。


 ……これは、難しい。

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