14.やりすぎダメ



 夕食の時間が近づいてきたので、エルナさんの転移魔法で『紺色の霧』のクランハウスに移動する。

 中に入り、食堂へ行くとちょうどアトリアさんが食事をテーブルに並べているところだった。


「あ、ちょうどよかった。今呼びに行こうと思ってたんですよ」

「まだ他の人来てないんだ。ならボクたちで呼んでくるよ」


 エルナさんはそう言うと、わたしを連れてクランハウスの中を歩く。

 地下に潜る階段を降りると、その先にある扉をノックしてから開ける。


「2人とも、ご飯」

「ちょうどよかった。今終わったところだから、軽く片付けてから行くよ」


 エルナさんの横から中を覗くと、そこにはよくわからない魔道具らしきものが大量にあり、キノアが真ん中のベッドに寝かせられていた。上半身裸で。


「……何してるんですか?」

「ん? ああ、検査だよ。キノアが夜霧使った悪影響ないか調べてるんだ」

「ほら、なんか僕体質が特殊らしいからさ。念のため」

「結果としては今のところ異常なさそうだから安心していいよ」


 メルさんは、魔道具を棚に戻しながらそう話す。

 エルナさんは「わかった」と言うと、わたしの手を掴む。

 地上一階の廊下まで戻ると、転移門を開きわたしの手を引っ張ってどこかへ連れて行く。


 景色が移り変わった先はメルさんと模擬戦をした訓練場で、その真ん中には3人が死体のようになっていた。

 服装からその3人がワタルとシファ様、ファリアだということがわかる。どの服も何故か泥だらけだけど。


「……説明」


 ワタルの指導役にされていたアルさん、シファ様とファリアの指導役のシャウラさんの2人は、エルナさんから相談的に問われ、すす、と目を逸らす。


「せ、つ、め、い」

「えっと、どいつも身体強化の練度が足りなかったから……」

「オイラたちと身体強化付きのおにごっこしてたんだよ。捕まったら罰ゲーム付きの」

「そしたらすこーしキツかったみたいで……」


 言い訳のようにそう言う2人に、エルナさんはため息を吐く。


「……はぁ、このまま食事にはできないじゃん。先に風呂にするしかない」

「あー、もうそんな時間?」

「時計見ろ」

「ほ、ほら、オレたちって脳筋だから……」

「……2人は走って帰れ」


 エルナさんはそう言うと、魔法で力尽きている3人を持ち上げると、回復魔法をかけながら転移魔法の向こう側に送り出す。

 そして、わたしとエルナさんがクランハウスに戻ったところで、転移門を閉じた。


「ヨナ、ああいうのは悪い見本。確かに走りながら身体強化とかそういう練習は必要だけど、倒れるまでしたらやりすぎ。加減を忘れないでね」

「そうそう。倒れる寸前が一番いいんだよ」

「……それでほんとに倒れる寸前までやられても困るんですけど」


 と、話に割り込んできたのは、メルさんとちゃんと服を着たキノア。

 2人は地面に転がっている3人を見ると、ため息を吐く。


「キノア、悪いけどアトリアにご飯後になるって伝えてくれる? あと、ワタルの着替え持ってきてあげて」

「言われなくてもやりますよ……」

「……ありがとう、ございます」


 回復魔法のおかげかしゃべれるくらいまで回復しているワタルをメルさんが抱えて、男湯の方に入って行く。

 それを見送ったエルナさんは、残された2人を魔法で持ち上げると、


「じゃあ、先に更衣室で服脱がせつつ回復させとくから、着替え持ってきてあげて」


 と、わたしに言った。



◆ ◇ ◆



 広い浴場で、わたしたちは揃って湯船に浸かっている。

 こういうときにぴったりな『かぽーん』という擬音があるのだと、前にワタルが言っていた気がする。


「ふぅ、極楽。みんなもそう思う?」


 と、エルナさんが問いかけてくるのに、わたしたちは曖昧に頷いた。


 ……正直、気まずい。

 エルナさん相手には萎縮してしまうし、ファリアさんとは話すようになってから日が経ってないせいでそんなに仲良くないし、シファ様に至っては魔族の襲撃があってからはまともに会話もしてない気がする。

 結果として、女湯の中には全く会話というものがなかった。

 音といえば、水音と隣の男湯からかすかに聞こえてくる話し声くらいなものだった。


 どれくらいそうしていただろうか。唐突に更衣室に繋がる扉が開いて、向こうからスハルさんが入ってきた。


「……なんか雰囲気悪くないですか?」

「ボクもそう思ってた」

「なら話振るくらいしたらいいと思うんですけど。更衣室に居る時からなんの声もしないから不思議だったんですよ」

「話題がないから仕方ない」

「まったく、この人は……」


 スハルさんはエルナさんとそんなやりとりをして、シャワーの方に向かって髪を洗い始める。


「……そういえば、私よく知らないんですけど、皆さんはキノア君とどんな繋がりなんですか?」


 それが、わたしたちに向けての問いかけだと気づいたのは、1秒ほど経過してからだった。

 気まずさに耐えるあまり話を聞く能力が低下していた。


「わたしは宮廷魔法師で、キノアと一緒に働いてる」

「どうして一緒に働くことに?」

「色々あって、わたしが少し無茶して一緒のとこに配属されるようにしてもらった」

「結果的に仲良さそうだけどね」

「へー、あのキノア君と」

「うん。ボクにはそう見えるよ。まぁエルナ優秀だし」


 と、そんな会話になる。

 「優秀じゃないです」と言おうと思って口を開きかけた瞬間、それよりも先に隣から小さな声がする。

 その声は確かに小さかったものの、浴室にいる人に聞こえるには十分だった。


「わたくしとヨナ、何が違うんでしょう……」

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