15.乙女の会話
うっかり漏れただけの心の声だったのだろう。口に出ていたことに気がつくと、はっとした顔になって「な、なんでもないですわ!」とシファ様は言った。
だが、エルナさんはそれをスルーする気はなかったようだ。
「色々あるよ。違うところなんて」
少し突き放すようなその言い方。
「そ、それはそうですわよね。わたくしったらなんて──」
「でも、貴女が聞きたいのは『才能が違う』って言葉じゃない?」
エルナさんのその言葉に、シファ様の目が見開かれる。
だが、それに構わずエルナさんは話を続けた。
「もちろんヨナには才能がある。でも、才能だったら貴女にもある。ヨナと貴女で決定的に違うのは、努力の量」
「……そんなこと、わかっていますわ。メル様に言われましたから」
「なら、」
「でも! でも、だからこそ気になりますの。どうしてキノア様もヨナもそこまで頑張れるのかって」
「……わたしは、頑張ってるとは思ってない」
エルナさんがわたしに視線を向けるのを感じて、そう答える。
目を水面に向けていたシファ様はゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
「わたしはただキノアの横に居たい。それだけ。そのために必要だからやってるだけで、足りてるとは思ってないし、特別なことではない」
だって、エルナさんみたいに木を壊せてない。夜霧も使えない。時間もまともに止められない。
訓練の時間は足りてない。でも、これ以上増やすとオーバーワークになる自覚があるからこれ以上は増やせない。
この程度で『頑張ってる』なんて、わたしは言えない。
「……ヨナさんは、たぶん魅入られていますね」
と、沈黙の後でスハルさんがぽつりと言う。
「魅入られてる?」
「
彼らは、きっとこの世界の主人公なのです」
「それは、どういう……」
「大抵の物語では、主人公の魅力に気がついてたくさんの人が集まってきますよね? 普通ならありえないような人ばかり集まることも珍しくはありません」
一流の人ばかり集まったり、癖の強い人ばかりだったり、女性だらけだったり。
一見するとそこまで特別な性格ではないことも多いのだが、
「きっとマスターもキノア君もその『主人公』なのですよ。そして、彼らはこの世界という物語を進める上での重要人物を無意識で惹きつけていく。それがどのような形かは分かりませんけどね。
たとえば、私とアルは奴隷として売られるための馬車に乗せられてる途中に魔物の群れに襲われ、彼らを引き止めるためのエサとして馬車から落とされました。そこを偶然通りかかって助けたのがマスターです。
そんな偶然の結果、自分で言うのもアレですけど、私は世界でも指折りの魔法使いになってますし、兄のアルは素晴らしい剣士になりました。
そのほかにも、様々な経緯からマスターの元に集まった人たちは全員が『夜霧』を習得し、歴史に名を残す魔法使いになりました。
数百人の弟子がいて、その中の数名がたまたま才能に恵まれていたわけではないんです。今クランにいる人だけを育てて、その全員に才能があったのです」
スハルさんもアルさんも、歴史に名を残すような重要人物であり、それだけの能力も才能もある。
いくら才能を生かすか殺すかは努力と環境次第とはいえ、数人しかいない弟子全員が歴史に名を残すほどの才能を持っているなど、あまりにも出来すぎている。
……そこで納得する。だからこそ『主人公』なのかと。
「模擬戦闘を見てましたが、ヨナさんの才能は別格です。他の二名には申し訳ないですが。
いつかエルナさんにも手が届くのではないかと思うほど、貴女には才能も、それを生かすために必要な鍛錬をする資質もあります。
そんな人がたまたまキノア君の横に並びたいと言う。これは、運命という方が自然です」
「……だから、魅入られている、ですか」
『主人公』の側で重要な役割を果たすのがわたし、そう言いたいんだろう。そのためにわたしはキノアに惹かれている、と。
自分にそんな価値は無いと思う。まだキノアの横に並ぶには力が足りない。
しかし、同時にそうなのであれば、そんなに嬉しいことはない。何故ならば、それは自分が必要とされるということなのだから。
「……『世界の主人公』とか恥ずかしいセリフよく言える」
「エルナさんの毒舌、けっこう刺さります。
……とまぁ話はすこし──かなりズレてしまいましたが、話を戻してシファさんの悩みに対してアドバイスです。
ヨナさんやキノア君と自分を比べるのは良くないです。彼らは別格すぎるので。でも、貴女にも充分夜霧を使うだけの才能はあると思います。なので、まずは周りのことなど見ずに強くなることを考えましょう。
貴女もここに来ている時点で、エルナさんほどではなくてもキノア君に魅入られた者の一人なのですから、ひたむきに努力すればきっと結果に繋がると思います」
「スハルって本ばっか読んでるせいか口が立つよね」
「いいこと言ったのになんで貴女はそういうことを……」
「その方面白いかなって」
そんなやりとりを聞きながら、シファ様は思案顔をしている。
と、ふと1人ずっと声を出してない人がいることに気が付いた。
なんの気無しに目線をずらすと……
「ちょ、ファリア!?」
顔を真っ赤にして、ぼんやりと上を見上げるファリアの姿があった。
「……すいません。いい話で参考になると思って聞いてたんですけど……ボクもうのぼせちゃいました……」
「なんで無茶しちゃったのか……」
と、最終的にのぼせたファリアをみんなで介抱するという、なんとも締まらないオチがついたのであった。
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