4.これは逃亡ではないよ?
「どこも変なところはありませんの? おかしなことはされてないわよね?」
「……離れて」
僕が何も言わないのをいいことに僕の体をペタペタと触ってくるシファ様。引き剥がそうと思った瞬間、不機嫌そうなヨナの声がしてくっついていた体温が離れていった。
「あなた誰?」
ヨナは警戒心マックスといった表情でそう問いかけるが、シファ様は嫌悪感を隠そうともせずに答える。
「あら。勇者パーティーの魔法使い様じゃありませんか。わたくしは公爵家三女ソーレ・シファですわ。
貴女式典の最中という断れないタイミングを利用してキノア様に近づこうとするなど無礼ですわよ。恥を知りなさい」
「……ああ、あなたがあのシファ家三女様。シファ家三女がとある魔法使いの部屋に押し入って迷惑かけてるって聞いたことあるけど、キノアに迷惑かけてたの。どの口が恥を知りなさいとか言ってる?」
初対面のはずなのに何故か一瞬で険悪な空気が流れる。当事者のはずなのに話に割り込めないという意味不明な状況だが、二人はヒートアップするのをやめない。
「っ! 貴女ね――」
「そっちこそ――」
「だいたい――」
「だって――」
「まったく――」
「いやいや――」
終わらない言葉の応酬は、段々幼稚なものへと変わっていき、最終的には幼い子供レベルの暴言の言い合いになった。
……どうしようこれ。ヒートアップしてて僕の言うこと聞いてくれそうな雰囲気でもないし、部屋の外に構えてるシファ様の護衛はきっと助けてくれないだろう。かといってこのままここにいるのも気まずいし、本当に困った。
幼稚な言い合いをする二人を横目に見つつ僕は諦めて資料を作ろうとするが、驚くほど集中できない。隣の部屋にも迷惑をかけてるんじゃないかってくらいうるさいのだ。
僕は溜め息を吐くと、外出用のローブを着て財布や何やらをポケットに詰め込んだ後、スペアキーを引き出しの奥底から取り出して言い争っているヨナに投げつける。
言い争っていたヨナだが、さすがは魔族を討伐した一人。反射的にそれを躱した後、バッと戦闘の姿勢をとる。だがソファーの背もたれに当たって座面に落ちたのが鍵だとわかると、それを拾って「これは?」と尋ねてくる。
「それ、この部屋のスペアキー。僕はちょっと用があって部屋を開けるけど、思う存分言い争ってていいよ。一応この部屋防音だし。帰る時には鍵閉めて帰ってね。明日返してくれればいいから」
「え?」
「じゃ、そういうことで」
僕は言い争いに巻き込まれないうちに部屋から出ると、外で待機する護衛の人たちに頭を下げて前を通り過ぎる。
そのままの足で僕が向かったのは、僕がこの国で仲良くした数少ない友人の部屋。王城の一室であるそこは、僕の執務室よりも豪華な扉、さらに僕にはいない強そうな護衛騎士が部屋の前にいて、中にいるのが権力者であることを示していた。
「どちらさまでしょうか?」
重装備に身を包んだ騎士にそう尋ねられ、僕はローブのポケットから身分を証明する懐中時計を取り出すとそれを見せながら自分の身分を言う。
「客員宮廷魔法師キノア・フォルクスです。ちょっとした用事があるので入れてもらってもいいですか?」
「確認します」
二人いる騎士の内一人がそう言ってノックしたのち部屋に入っていく。おそらくは僕を部屋に入れていいかどうかの確認をしているのだろう。
もう一人の騎士は胡散臭げな目をして僕のことを見てくる。まぁ、そこそこの実力がないとなれない宮廷魔法師と名乗っているのが成人してるかしていないかという歳の少年なのだから、本当かどうか疑うのも無理はない。
若干気まずい思いをしながら待っていると、すごい勢いでドアが開いて中から人が飛び出てきた。
黒髪黒目で高そうな素材だが動きやすそうな服を身にまとった二十歳ほどの青年は僕の顔を見るなり僕の肩に手をまわしてニコニコと笑う。
そのスピード感に護衛の騎士も目を白黒させていた。
「いやぁ、キノアよく来てくれたな! 久しぶり! 元気だったか!?」
「そっちこそ元気だった? わざわざパリムゾンまで行って魔族討伐してきたみたいだけど」
「あはは、それがオレの義務だと知っててももうやりたくはないな。さあさあ、こんなところで話してないで中に入ろうぜ!」
部屋の中にはテーブルが置いてあり、そのテーブルにはすでに一人の男性が腰掛けていた。今日の式典で見た覚えがあるので、おそらく勇者パーティーの関係者なのだろう。銀色の長い髪と長い耳が特徴的なエルフの男性で、その脇にはおそらく武器であろう高級そうな弓が置いてあった。
「ああ、こいつはオレの友人でこの国の宮廷魔法師のキノアだ」
「
「君がそうなんだね。お噂はかねがね。私は騎士団副団長のシヘイ・フィモヘ、見た目通りエルフです。よろしく」
エルフの男性は持っていた紅茶を置いてからそう自己紹介をして、丁寧に頭を下げる。
「キノア、シヘイは勇者パーティーの一人で、旅の最中に仲良くなってな。弓の名手で、何回もこいつには助けられてるんだよ」
「ほとんどの魔族はあなたがたおしてるでしょう……で、キノアさんはどうしてここに?」
「あ、そういえば聞いてなかったな。どうしてきたんだ?」
「うん。実はね……」
僕は椅子に座ろうとしているワタルを立たせると、自分よりも高い位置にある顔を見上げる。そしてじっくり狙いを定めると、自分の頭を魔力で覆いながら顎に向かって勢いよく頭突きをした。
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