37.二人きりの執務室
キノアには力があり、国からそれを認められている。
だからこそわたしを連れ出せないような会議の一つや二つあるだろうし、それに関しては全然いい。
だが、どうしても解せないことがある。
それは、今日も部屋にやってきた公爵家令嬢のことだ。
「今日キノアは会議でいない」
「知ってますわ。でも会議が終わったらここにくるでしょう?」
「待つくらい一人でできる」
「キノアさんに用事があって来ただけですわ」
ああ言えばこう言う公爵家のご令嬢に、わたしは辟易として話すのをやめた。
やはりどうも馬が合わない。キノアの仕事に勝手についてきて邪魔したりとか、仕事中なのに執務室に入ってきたりとか、キノアが優しいから許されているだけで迷惑極まりない。わたしも無理を言って一緒の職場にしてもらったからあんまり強く非難はできないけど、少なくともわたしが一緒にいることは仕事の範囲内だから、この女とやっていることには天と地ほどの差があるはず。
わたしは溜息を吐くと、キノアの持っている蔵書の中から読んでいないものを手に取って読み始める。
頭のメモ帳に内容を書いて整理しながら読み進めていると、暇を持て余したのか向かい側に座る令嬢が口を開いた。
「ずっと気になってたことがあって、貴女はどうしてキノアのことが好きになったの?」
「……関係ない」
「あら、言えないようなやましい理由でして? なら大人しく手を引いたほうがいいのでは?」
「言いたくないだけで言えるし。そっちこそどうなの? どうせしょうもない――」
「わたくしは、キノア様の強さが好きなのです。以前実家から王都に帰る時に護衛をしてもらったのですが、その時にまさに一騎当千ともいえる働きをしていらして、それで惚れましたわ。そういう目で見ると魔法関連の時は饒舌になるところも、あの顔立ちも魅力的に映りますし、他にも――」
「わかったから。もういい」
話に共感できる場所があるというのがどうも気に喰わなくて、わたしは彼女の話を強引に切る。
すると、向こうは体をずい、と近づけて、「で、そちらは?」と興味津々といった様子で尋ねてくる。大方、勝手に女子会モードになって恋バナをしたくなったのだろう。迷惑な話だ。
「言う必要はない」
「わたくしは言ったのですからそちらも言うのが義理というものではなくて?」
「先に条件として言ってたならその通りだけど、後付けの理由なんて受け入れられない」
「なら、『キノア様に恋心をばらされたくなかったら教えろ』と脅迫したほうがよろしいの?」
「……性格悪い」
わたしが報復で『シファ様もキノアが好き』と漏らしたところで、ダメージが大きいのはわたしの方だ。あれだけべたべたしていたらキノアだってこの女の気持ちに気付いているだろうし、そうでなくともばらされたくらいでダメージを負うようには見えない。
わたしは少し迷って、白旗を上げた。
「はぁ。ばらさないと誓うなら言う」
「公爵家の名に賭けて」
「……たぶんキノアは覚えてないと思うんだけど……あれは何歳だったかな。まだわたしもキノアも小さい時」
その時のことを思い出しながら、ゆっくりと話を進める。
こんな話したのは初めてのことかもしれない。恋バナをする相手なんていなかったから。
「親の仕事で丁度イナナス王国の王都に行ってたの。その時に近所の子供と遊んでて、うっかり迷子になっちゃって。
それで、怖くて歩き回ってたら、うっかりスラム街に行っちゃって、誘拐されかけたの。そこを助けてくれたのが――」
「キノア様だったってこと?」
「うん。で、キノアが全部倒した後に十代くらいの男の人と女の人が来て、その後の処理とか全部してくれたの」
今にして思い返せば、あの時の女の人はエルナさんだった。全く見た目が変わってないから逆に気が付けなかったけど、一度気が付くとあの時のキノアの強さにも納得がいく。彼は『紺色の霧』のメンバーとして英才教育を受けていたのだ。
もう一人の男の人は、たしか青のメッシュが入った黒い黒い髪に黒い目で、どことなくキノアに雰囲気が似ている人だった。そういえばあの時キノアがマスターって呼んでいた気もするし、あの人が紺色の霧の――
「となると、貴女はその時のキノアに憧れて魔法使いになったと」
「それもあるんだけど、その時に言われたの。『強い魔法使いになったらまた会える』って」
「誰にですの? キノア様?」
「いや、キノアじゃなくて――」
と、そこまで言ったところで、部屋の外が騒がしいことに気が付く。
訝しく思ったわたしが公爵家様の方を見ると、向こうも同じくこちらを見ていた。
ソファーから立ち上がってドアのほうに近づいていくと、どんどんと喧騒が近づいてくるのが分かる。
意を決してドアを開けると――
――人が飛んできた。
咄嗟にそれを躱して、短剣を抜いて飛んできた方向を見る。
すると、人間とは違う何かが数体こちらに歩いてきた。
人間に近いシルエットだが、その青みがかった肌の色は絶対に人のものではない。禍々しい魔力を感じるし、頭には角が生えている。
「魔族――」
勇者たちとパリムゾンで戦った相手が現れたことで、体が強張る。
わたし一人でも相手が弱い魔族なら勝てる。だけど、相手の強さによっては魔法を構築する時間がないと勝ち目がない。不意打ちで魔法を撃てるのがわたしの強みだが、正面戦闘だと特殊属性のメリットが半減してしまう。
それにしても、なんで城の中に魔族が――
「ターゲットみっけ~」
戦闘にいた魔族の掌がこちらに向いた瞬間、わたしは咄嗟に結界を構築して後ろに飛びのいた。
一枚目の結界はあっさり突破され、飛びのいたことで空いたスペースに構築した二枚目と三枚目の結界を使って何とか魔法を抑える。
「っ!! 一体どう――」
「魔族! 危ないから離れて!」
「離れるって言ったって!」
わかっている。部屋の中に追いつめられた以上、行く先は窓の外しかない。
幸い飛び降りられない高さではないが、外に出たとしても魔族の追撃から逃れられるかは向こうの気分次第だ。
「おいおい、死んじまったらどうすんだよ。とりあえず生け捕りって話じゃなかったか?」
「ああ? この程度で死ぬようじゃパリムゾンであんだけ暴れてないだろうよ」
「話してる暇あったら魔法撃っとけ馬鹿共が」
「お前こそ馬鹿だろうが!」
ワイワイと魔族たちが言い争っているが、わたしはその中の単語にピンときた。
シファ様のところまで下がって、その耳に小声で話しかける。
「正直に言う。あなたが足手まとい。だから、窓から外に出てキノアのところに行って。ここはわたしが抑える」
「でも――」
「もしわたしが死んだらどうせあなたも死ぬ。だったら少しでもあなたが生き残れる方に賭けたほうがいい。キノアが早く来てくれればその分わたしの生存率も上がる」
「……わかりましたわ」
そう言って窓枠に飛び乗り、窓の外に飛び出すシファ様。魔族たちが慌てて追撃しようとするが、それをわたしが多重に構築した結界でなんとか防ぎ、反撃の魔法を撃つ。それらは魔族に防御されたものの、結界の何枚かは破壊できることがわかったので戦いようはある。
チラリと後ろを見てみると、シファ様は風魔法を巧みに使って空を飛んでキノアの元へ向かおうとしているところだった。わたしは風魔法が使えないから同じことはできないだろう。
「……頑張らないと」
負ける気はないし、もし負けても生け捕りにすると言っていたからとりあえず暫くの間命は大丈夫だろう。ただ、腕が無くなったりする可能性はある。
そうならないように、精一杯の抵抗を見せてやる。
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