29.冗談はやめてほしいものです
「先程は父が失礼しましたわ」
「何も実害はなかったので大丈夫ですよ」
もはや何も言わなくなったオウゲストさんを放置して別の部屋に移動した僕らは、ソファーに向かい合って座る。
……僕には娘がいないからわからないが、溺愛してる娘から言葉でボコボコにされるというのはなかなか心にくるものがありそうだ。
実の父を追い込んでいくのを見ていてかなり怖かったから、シファ様を怒らせないように気を付けよう。
「ほんと、お父様が過保護なうえすぐ勘違いするので困りますわ。ただ遊びに行っているだけだと言っているのに、わたくしがキノア様とお付き合いしていると勘違いするんですもの」
「勘違いほど困るものはそうそうありませんね」
「あ、でもこれを気に勘違いじゃなくする、というのも手ですわよ?」
「遠慮しときます」
「あら、振られてしまったわ。参考までに何がいけなかったのか聞かせてくださる?」
「そもそも本気じゃなかったでしょう……?」
明らかに僕をからかっていたので何も考えずに断っただけで、参考も何も理由を聞かれても困る。
そう思いそう言ったのだが、シファ様は何故か吐息がかかる距離まで近づいてきた。
「もし……本気だって言ったら?」
少し上気した顔でそう見つめられて一瞬固まるものの、すぐに気を取り直す。
「はいはい、そういう話は学友となさってください」
「……わたくし見た目には自信があるのですけれど、そこまで冷静に対応されてしまうと無くしますわね」
「シファ様は綺麗な人だと思いますよ」
一般的に見たらかなり美人の部類に入るだろう。ヨナがかわいい系の顔立ちをしているのに対して、シファ様は美しい顔立ちをしているといえる。
世間的に見て綺麗だから自信を無くすことはない、と当たり前のことを言ったつもりだったが、シファ様は顔をさらに赤くして黙り込んでしまった。
「どうかしましたか?」
「キ、キノア様は狡いですわ……」
「?」
全く意味が分からないが、何か狡いことがあったのだろう。
少し気になるものの、シファ様がただ事ではないようなので何も言わないこととする。
顔が赤いので熱があるのかとも思ったが、風呂から上がって間もない人の体温を測ったところであてにならないだろう。
どうするべきか迷っていると、シファ様が赤かった顔を幾分かましにして、顔を上げた。
「はぁ。キノア様はそういうところがありますわよね」
「どういうところ?」
「自覚がないなら何も言いませんわ。
それより、キノア様は……こう、どこか変わっていますわよね」
「宮廷魔法師なんて変わり者しかいないでしょう?」
「そういう変わっているではなく……ええと、女性に興味がなさげというか、そういう意味ですわ」
「あー、たしかにね」
かわいいや綺麗などと思うことはあるものの、女性に興味というものはほぼないといえる。
性欲は同世代と比べてもかなりない方だと思うし、恋人を作りたいとか結婚したいとかという欲求もない。
ワタルに下ネタを言われても共感できることがないし、もっといってしまえば何故性欲にまみれるような人間がいるのかも理解できない。まぁ、それが少数派なことは理解しているのだけれど。
「僕、そういうのあまりないんですよ。
「十代の男性とは思えないですわね」
「よく言われます」
長く生きている人に囲まれて育ったせいでこうなったのかもしれないし、体質的な問題かもしれない。特に性欲がなくて困るということはないものの、普通の男性がどんな感じなのかというのに興味がある。
とはいえない欲求を生み出すことはできないし、おそらく僕は一生このまま過ごすのだろう。子どもを作る気もないし、丁度いいといえば丁度いいのだけれど。
「紅茶ごちそうさまでした。そろそろ帰ろうかと思います」
シファ様がオウゲストさんを追い詰めていたりとか、その前に魔族の話で盛り上がったこともあって、すでにこの屋敷に来てから二時間が経っていた。
明日何か予定があるわけでもないが、あまり長居すると使用人に迷惑がかかるだろうし、オウゲストさんに詰め寄られたりしたことで疲れたから、いい感じのところで切り上げることにする。
「もっとゆっくりしていってもよろしいのに。泊まっていってもよろしくてよ?」
「やめときます。落ち着いて寝れなそうなので」
「それは残念ですわ。ではうちの馬車で送っていきますわ。
手配するのでしばしお待ちを」
そう言って部屋の外に出て、控えていた使用人に何かを話すシファ様。
閉じられたドア越しに使用人と話すシファ様の声を聞きながら紅茶を飲み干すと、話が終わったようでシファ様が部屋に戻ってきた。
「準備ができたようですわ」
「ありがとうございます」
「こちらが呼んだので当然ですわ。また呼ぶことがあればその時もよろしくお願いしますわよ?」
「仕事なら来ますよ。プライベートなら気分次第です」
まぁプライベートで呼ばれることはないだろうけど。
シファ様は「楽しみにしていますわ」と言って、部屋を出る僕を見送ったのだった。
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