28.相談事があるようです(2)



「ああ、魔族よりも重要な話だ」

「魔族よりも……一体どんな……」


 国家どころか人類に対する脅威になりえる魔族よりも重要な話……どうしよう、全く想像がつかない。

 魔法について重要な進展があったとか? いや、それなら公爵より先に僕に話が来ているはずだ。だとすると……国絡み、もしくは僕の立場に関係する『何か』だろうか。

 その可能性は十分あり得るか。国に関することなら僕に思い当たることがないというのも納得だし、二人きりで話をするというのも頷ける。まぁ、客員・・宮廷魔法師の名の通り、基本的には部外者である僕に対してする話なのかという疑問は残るが――これ以上推測のしようがないし、とりあえず話を聞いてみるしかないだろう。

 さすがに、話を聞いた瞬間「聞いたからには生きて帰さん」みたいな展開にはならないだろうし。


 そう能天気に考えていると、目の前に座るオウゲストさんからの『圧』が急に強くなった。

 もはやそれは『圧』というレベルではなく一種の殺気に近いもので、思わずポケットに入っている結晶化した魔法に手が伸びる。

 向けられる殺気の強さに冷や汗を流していると、オウゲストさんが僕を睨みながら口を開いた。


「――と……いう……なんだ?」

「え?」


 声が小さいうえに低いせいで聞き取りにくく、思わずそう聞き返してしまった。

 すると今度は先程とはうって変わって、耳を劈く音量で叫ぶ。


「お前は! うちの娘とどういう関係なんだ!?」

「……へ?」


 乗り出して僕の胸倉を掴むオウゲストさんだが、質問の意図を理解できなかった僕はきょとんとする。

 うちの娘? おそらくはシファさんのことなんだろうけど、「どういう関係」と聞かれても返答に困ってしまう。

 向こうが勝手に入り浸っているだけで友人というわけでもないし、かといって全く関係のない人と言うには関わっている。

 すると適切な言葉は……


「知り合い……ですかね?」

「なっ……!」


 悩みながらもそう言うと、オウゲストさんはさらに胸倉を掴む力を強くする。

 流石に少し苦しくなってきた。とはいえ相手に怪我をさせるリスクを負ってまで振り払うほどではないけれど。


「し、知り合いだと? 嘘を言え!

 友人もいないし仲のいい異性もいなかったあの子が、急に外出の回数が増えたと思ったらお前のところに頻繁に出入りしているんだぞ!?

 最初は止めようかとも思ったさ。だがな、あの子が選んだことなら――と文句を言うのを我慢していたんだ!

 だが! あのヨナとかいう娘は何だ!? もううちの娘には飽きたのか!? それともハーレムを作る気でもあるのか!?

 いくら法的には問題ないからといえ、そんなことは許さんぞ!!

 うちの子がかわいくないのか!? 金色の髪はサラサラだし、身長は高くてスタイルがいい。顔も絶世の美女といえるほど美しい。そんなうちの娘だけではなにが物足りないんだ!?

 もっと誠実になれ!!」


 ……ああ、確実に勘違いされている。

 とはいえどう言い返したものか。見るからにかなり興奮しているし、何と返したらいいのかもわからない。

 というかどれだけ娘のことを溺愛しているのか。


「お、落ち着いてください。僕は別にシファ様――クレン様と付き合っているわけではないです」


 一瞬普段通りシファ様と呼びそうになったが、目の前にいる男もシファという姓だったと思い、そう言いなおした。


「なら何故うちの娘はお前のところに行っているんだ!?」

「知りませんよそんなの……クレン様が勝手に来てるだけです。何か楽しいことでもあるんじゃないんですか? 僕には想像もつきませんけど」

「宮廷魔法師の部屋が楽しいもクソもあるか!」

「僕もそう思います」


 いやもうほんと。どうして僕の部屋に入り浸っているのだろうか。まったくもって理解ができない。

 部屋に来ても何をするわけでもなくただ本を読んだり僕のことを見ているだけだし、たまに質問されたりするくらいで話もあまりしない。最近はヨナと言い争うことが多いけど、言い争うためにくるわけもないだろう。

 何度か考えたことはあるものの、全くもってわからない。


「あのな! とぼけるのもたいがいに――」

「お父様? こんな時間にどう……っ!」


 さらに詰め寄るオウゲストさんだが、急にドアが開いたことでその言葉が遮られる。

 代わりに聞こえてきたのは聞き覚えのある声――というか、ちょうど今話していたシファ様の声だった。


「ど、どうしてキノア様がここに? というか、お父様はなにを?」

「こ、こ、これはだな――その――」


 いつもより幾分かラフな格好で、風呂から出たばかりなのか濡れた髪をタオルで拭きながら現れたシファ様は、僕がオウゲストさんに胸倉を掴まれているという状況を見て顔をしかめる。そしてシファ様は僕らを見て何かを察したのか、急にオウゲストさんもびっくりの殺気を放った。

 それに激しく動揺するオウゲストさんは、パッと僕から手を離してシファ様に向き合った。

 僕は乱れた服を整えながら、親子の会話を聞く。


「お父様? わたくしはキノア様に迷惑はかけないように、と言いましたわよね?」

「た、たしかに言った。だがこれは決して迷惑をかけていたわけでは――」

「わたくしがキノア様とどうなろうと、干渉はしないとおっしゃいましたわよね?」

「う、そ、それは――」


 ……誰がどう見てもシファ様が優勢で、オウゲストさんは押されているようにしか見えない。

 さらにシファ様はオウゲストさんに詰め寄り、もはやオウゲストさんからは公爵家当主の威厳なんてものは微塵も感じられなくなった。


 しまいには泣き出すオウゲストさんと、さらに追い打ちをかけるシファ様。


 ……どうしてこうなったのだろうか。



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