32.街へ行こう
エルナさんとヨナがバトルをして僕の執務室が少し荒れた翌日。
ヨナに誘われた僕は、珍しくおしゃれなローブを羽織った私服姿で外に出ていた。
「エルナさん早く帰ったし、出かけるの明日じゃなくて今からにする?」とエルナさんが帰った後に尋ねたのだが、「疲れたから」とヨナが言うので、予定通り今日になった。
一瞬とはいえ格上相手に戦いを挑むというのはかなり疲れるもので、そこを配慮できなかった僕の落ち度ではある。
閑話休題。
「どうせなら城門で待ち合わせ」と言われたので集合時間の十時よりも少し前に着いて待っていると、後ろから肩を叩かれた。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこ」
いつもよりも少しかわいいデザインのローブを羽織ったヨナは、時計を見てほっと息を吐く。
今日はフードを被っていないので、猫耳がピコピコ動いているのがよく見える。
「休みの日もローブ着るんだね」
「うん。ほら、わたし尻尾あるから。ローブじゃないと隠しにくくて」
「隠さなくてもいいと思うけど……」
「だって尻尾すごく動くから。感情が出てるみたいで恥ずかしい」
「そういうもんなんだ」
僕には尻尾がないのでその気持ちはよくわからないが、ヨナがいうからにはきっとそうなのだろう。
とはいえ尻尾がどんな感じなのか気にならないわけではないが――本人が隠しているのに見せてと言うのも失礼な話なのでやめておく。
「今日はどこ行くの?」
「昨日お勧めの店があるって聞いたから夜はそこに行きたいんだけど、他には何も決めてない。キノアは行きたいところある?」
「うーん……特にないかな」
行きたいところがあれば勝手に行っちゃうし、そもそも出不精なので何処かに行きたくなることがない。
魔法関連のこと考えてる時が一番楽しいのだ。
「ヨナはどこか行きたいところとか、したいこととかないの?」
「あんまりどこに何があるかわからないから……」
「だよね。僕もわかんないもん」
「とりあえずその辺歩いてみる?」
「そうしよっか」
結局やることもなくてそういう結論に達してしまう。
フラフラと行く当てもなく歩き回っていると、ふと懐かしい匂いを感じて足が止まる。
匂いのする方に視線を向けると、『たこやき』と書かれた出店があった。
「どうしたの?」
「いや、あそこにたこやき屋あるでしょ? 懐かしいなって思って」
「たこやき? 珍しいね。あんまりこの国にないし」
「たこを食べる文化があんまりないからね。東部とかならあるのかもしれないけど」
この国はもともと東部と西部で違う国だったので、東西で全く食文化が違う。
東部は元々ジブング帝国という国で、異世界人が建国したという経緯があってか、異世界の食文化が多く根付いている。一方の西部は元々フォルクス=グラオベン王国という国で、今でいうところのイナナス王国とグラオベン教国の土地の大半までを含んだ超巨大王国だった。フォルクス=グラオベン王国はあまり食文化を重要視しておらず、『宝石の勇者』などの異世界人が尽力したにも関わらず、あまり異世界の食文化が根付かなかったらしい。
まぁ、たこやきはイナナス王国発の料理なので異世界関連の話はあまり関係ないのだけれど。
僕らはたこ焼きを一つ買うと、割り箸を二つ貰って二人で食べ進める。
ああ美味しい。マスターが好きで、何かがあるたびによく食べていたのを思い出す。
ヨナも美味しいと感じているようで、もぐもぐとたこ焼きを頬張る表情が少し緩んでいる。
「そういえば、昨日キノアに聞き忘れてたこと――というか、ずっと気になってることがあったんだけど」
「ん? なに?」
「『マスター』って誰?」
「あー……」
たしかに、ヨナには説明していなかった。というか、知っているものだとずっと思いこんでいたのだが――まぁ、別に隠していることでもないし、言っていいか。
「驚いても大きい声出さないでね?
『マスター』ってのは、僕の所属してるクランのマスターのことだよ」
「もしかして、そのクランって『紺色の霧』?」
「あ、知ってたの?」
「いや、エルナさんすごく強かったから、昨日の夜気になって考えてた。そうしたら、『紺色の霧』の『翡翠の賢者』ってエルナって名前だったって思い出した」
「なるほど。まぁ、あれだけ強い人他にほとんどいないもんね」
ぶっちゃけ、『紺色の霧』のメンバーは全員頭がおかしいくらい強い。僕も一応異名持ちだし強いと言われる部類なのだが、他のメンバーには勝てる気がしない。特に昨日来たエルナさんには絶対勝てないと断言できる。他のクランメンバーは適性のある属性の魔法を極めているだけだが、エルナさんは全属性に適性があるうえ、その練度が異常に高い。世界最強といわれるマスターには勝てないだろうが、それに次ぐ実力者なのは間違いないだろう。
マスターとエルナさんだけで、この国が落ちるくらいには強い。もしかしたらどちらかだけでも国は落ちるかもしれないが。
それだけの強さのある人なんて、他に居るわけがない。そりゃあ、ヨナがそこに気が付くのは当然だろう。
「うん。それに、思い返してみるとエルナさんと昔会ったことあって、その時と見た目が全く変わってないのを思い出したから」
「え、そうだったの? エルナさんと会う機会なんてそうそうないと思うけど――いつ会ったの?」
「……秘密」
ヨナはチラリとこちらを見てから、そう言ってそっぽを向いてしまう。
まぁ、わざわざ聞き出すこともないか。
と、そう考えたところで、僕は昨日の自分がやらかしたことに気が付いた。
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