18.人が増えた調査
結局シファ様にしつこく懇願され、面倒になった僕は仕方なく『護衛を必ず近くに置いておくこと』と、『シファ様と護衛は絶対に僕の言うことを聞く』というのを条件に同行を許可した。
怪我でもしたら僕が責任取らなければいけなくなるのだろうなぁと思うと胃が痛い。何かあったら国外に逃げれば問題ないのだが……それはそれでマスターたちに迷惑がかかるだろうしやりたくない。
宮廷魔法師が任務をするために使われる専用の馬車に揺られること一時間、僕たちは貴族が襲われたというポイントに辿り着く。
そこは交通量が少ないもののしっかり整備された道路で、左右が森に囲まれているものの民間で魔物の間引きをしていることもあってか特に何か変なものがいる感じはない。
僕らは馬車から降りると、とりあえず現場の検証をする。
「うーん……やっぱり特に何も残ってないね」
あたりをいくら見回してみても、特に何かがあるようには見えない。
僕はしゃがんで地面を見てみるものの、血痕もなければ壊れた馬車の破片も見当たらなかった。
移動中に聞いた話によると、襲ってきた魔物は何か黒い靄のような生物で、剣で刺しても透過してしまい何も当たらなかったという。魔法が得意なものはそこにおらず、かろうじて護衛の一人が使えた火魔法が当たったものの、それは弾かれてしまったそうだ。
「やっぱりウィスプ系の魔物?」
ツンツンと地面をつついてみたりしながら、ヨナがそう尋ねてくる。
「証言だけだとそうに見えるんだけどね。でも魔法が当たったら普通は死ぬはずなのに死んでないのがおかしいんだよね」
「貴族の護衛が当てたと勘違いしてるとか?」
「その可能性はあるけど……まぁいいや。とりあえず魔物を探さないことにはお話にならない」
「あの公爵家令嬢を生餌にしたら?」
「あら、本人の前でそんなこと言うとはいい度胸してますわね?」
「いたの? 気付かなかった」
また二人がいがみ合いを始めたので、僕は一つ溜息を吐いてから静かにその場を離れる。
向かったのは少し離れた場所で難しい顔をしていたワタルのところ。
「どうしたの?」
「いや……なんか変だと思ってよ。貴族の護衛を倒せるほどの魔物が暴れた割には綺麗すぎないか?」
「僕もそう思うよ。仮に物理的な肉体を持たないウィスプ系だったとしてもこの綺麗さはおかしい。ウィスプ系の魔物のメイン攻撃は魔法だし、仮に知能レベルが高い魔物だとしても戦闘の跡すら残さないように綺麗に魔法を使うのは――」
「つまりキノアもそう思ってるってことだな?」
「うん。これは少し面倒になりそう」
もう少し痕跡を残してくれればよかったんだけど……そううまくはいかないみたいだ。
索敵魔法を僕中心に半径五百メートルくらいの範囲に広げてるけど、不自然なほどに何もいないし。
いや、いくら魔物は積極的に倒しているといってもこの魔物の数の少なさは異常だ。
何か嫌な予感がする。
「……とりあえず帰ろうか」
「もういいのか? もっといろいろ調べることとか……」
「うーん、痕跡が不自然なほどにないんだよね。誰かが魔法を撃った痕跡も全くないし」
「時間で消えたんじゃないか?」
「うーん、護衛の魔力残渣がないのはいいんだよ。ただ、魔物のほうの痕跡がないのは不自然」
「なんでだ?」
「魔物の放つ魔法は効率が悪くて、人間の魔法の数倍の魔力残渣が発生するからね。たいていは数日残ってるはず」
基本的に人間は魔物よりも魔力の総量が少ない。だからこそ魔法を撃つときにしっかりとしたイメージと理論を構築したうえで魔法を放つ。
一方、魔物の使う魔法は力づくの効率も理論もなにもないものなので、魔力を人間よりも無駄に使っている。
その『無駄に使われた魔力』というのが魔力残渣と言うもので、人間の放った魔法ならば通常は一時間ほど、魔物のものなら数時間から数日は持つ。貴族の護衛という戦闘能力がある者を殺すだけの魔法を撃ったのであれば、少なく見積もっても二日ほどは多少魔力残渣があるはずなのだ。
だがそれすらもなくなっている。
痕跡も残らないそれは明らかに不自然だ。
「で、痕跡がないなら探しようがないよねって話。もしかしたら貴族周辺を探ってみたほうが早いのかも」
「魔物の調査なのにか?」
「これ人造の魔物かもしれないなって思ってさ」
「はぁ?」
「誰かに作られた魔物なら、製作者が痕跡を消して消えていったなんて可能性もあるかなって。とはいえ確証もないし下手に調査して問題になるのもやだから結局手詰まりかな」
下手に貴族の調査なんてして面倒ごとに巻き込まれてもいやだから、次の被害が出るまでは何もできることはない。
むやみやたらに周辺を探したところで痕跡が見つかるとは思えないし。
仕事はこれ以外にもあるのでいつまでもこればかり調査しているわけにはいかないのだ。
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