8.無力さ
自慢ではないのですけど、わたくしは優秀でした。
学園では常に筆記も実技も学年最高ですし、家で指導してくれる騎士の方と張り合える程度の強さはあります。
お世辞もあるのでしょうけど、天才、などと呼ばれることも少なくありません。もちろん、ヨナには遠く及びませんけど。
ええ、認めましょう。ヨナは文字通りの天才です。わたくしと一つしか違わないのに、魔法の実力は異名持ちの宮廷魔法師に引けをとりません。
でも、そんなヨナでも――あの魔族には劣勢でした。そして、キノア様が言うには、転移魔法でどこかに連れていかれてしまったようです。
――無力だ。
国の重鎮たちが集まる会議室。『夜霧』様と『翡翠の賢者』様が城内の魔族の掃討を終え、事後処理の第一段階として慌ただしく動いている中、わたくしは強烈な無力感に苛まれながら隅で膝を抱えています。
ヨナの安否も、それを助けに行ったキノア様の安否もわかりません。それももちろん不安なのですけど、それ以上に自分の無力さが悔しくて仕方がないのです。
『正直に言う。あなたが足手まとい。だから、窓から外に出てキノアのところに言って。ここはわたしが抑える』
『もしわたしが死んだらどうせあなたも死ぬ。だったら少しでもあなたが生き残れる方に賭けたほうがいい。キノアが早く来てくれればその分わたしの生存率も上がる』
足手まとい。一つしか年の変わらない相手にそう言われる情けなさ。戦力に数えられるどころか、彼女にとって自分は守るべき対象でしかない。ある意味、認識されない、気遣われないよりも辛いその言葉が、何度も何度も繰り返される。
それに、キノア様はわたくしに一度たりとも『手伝って』も『手を貸して』も言ってくれなかった。わたくしだって魔法は使えるのに。
学園では優秀なのに。そうなるよう努力はしたのに。
……ええ、もちろんわかっています。そんな学園での評価など、実戦の場では何の価値もないと。事実、あの時のわたくしは恐怖で体が震えてとても戦える状況ではありませんでした。
助けを求めることしかできない。恋をした相手の、そのライバルの、足手まといにかならない。
わたくしは、無力です。
ぐっ、と強く唇を噛んで、流れる涙をこらえようとしますが、わたくしのそんな気持ちなどお構いなしに涙は零れていきます。
――わかってはいたのです。自分に実力がないことくらい。でも、公爵家令嬢という肩書に甘えていたのです。
霧の魔物を討伐しに行った時だって、わたしは常に護衛対象でしたし、ヨナは仕事仲間でも、わたくしは常にお客様でした。
それなら、もういっそ――
「悩んでるみたいだね、公爵家の令嬢様?」
馬鹿にするような声が上から降ってきて、わたくしはゆっくりと顔を上げます。
キノア様に似た容姿。青いメッシュの入った黒い髪に、黒い目。異世界人らしさを残しながらもこちらの世界の人々の特徴も併せ持った彼に、わたくしは見覚えがありました。
キノア様の所属するクランの
「――何の用ですか」
普段は馬鹿にした態度をとられても受け流せるだけの余裕がありますが、今はそんな余裕はなく、年甲斐もなく拗ねた子どものような声を出してしまいます。
「いやね、悩んでるみたいだからさ。後、いい情報を教えてあげようかと思って」
「いい情報……?」
「そ、いい情報。なんだと思う?」
「もったいぶってないで教えてください」
明らかに焦らしているその言動に、わたくしの語気は強くなってしまいます。
『夜霧』は楽しそうにクスリと笑うと、わたくしが聞きたかった――それでいて聞きたくなかったことを口にしました。
「キノアとヨナちゃんはちゃんと五体満足で帰ってきたよ。まぁ、キノアは意識を失ってるけど」
「っ!!」
「だいぶ無茶したみたいだね。まぁ、動けない人間を守るのとか助け出すのって普通に戦うのよりも大変だからね。相手が自棄になったり、守る相手が傷つかないように戦わなきゃいけないし」
――わかってるでしょ?
そう言外に問われ、思わず爪が食い込むほど強く手を握ってしまいます。
「――何が言いたいんですか。何もできなかった間抜けを笑いに来たんですの?」
「一割くらいは」
「最低ですわね」
「ははっ、よく言われる。ちなみに、四割くらいは自分の息子同然の子に面倒くさい役を押し付けた腹いせ。『助けて』って言葉、結構キノアには刺さってたと思うよ。貴族たちと仲間。どっちも助けることはできない無力さに駆られてたんじゃないかな。
残りの五割は年よりのお節介と戯れ」
『夜霧』はそう言うと、すぅっと目を細めてわたくしを見ました。
全てが覗かれているようなそれに、ゾクリとした感覚が背中を撫でます。
「ふぅん、なるほど。もう二度とキノアと会わないつもり――と」
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