7.早起きは得するって本当だろうか
「おはよう、起きた?」
「……珍しく朝早いですね」
人の気配を感じて目を覚ますと、目の前に逆さのマスターの顔が広がっていた。
上から覗き込んでいたらしい。普段は寝てばかりのくせに、今日はずいぶんと起きるのが早かったようだ。
「もっとゆっくり寝てから迎えに来るはずだったんだけど、エルナに叩き起こされちゃったんだよね。
『キノアが荷物をまとめる手伝いくらいしてけ!』って。どうせほとんど荷物ないと思うよ、って言ったんだけど、『いいから行ってこい!』って追い出されちゃって」
「エルナさんらしいですね。でも残念です。マスターの思った通り、ほとんど持って帰るものはありません。昨日のうちにまとめ終わってます」
「だよねー。はぁ、来て損した。
……ソファー借りていい?」
「寝る気ですか? ダメです。一回寝ると起こすの面倒くさいんですから」
「いやいや、起こされたらすぐ起きるじゃん」
「『僕はまだ眠いんだ。意地でもここを離れないぞ!』って言って梃子でも動かない状況を、起きてるって表現するのは無理があると思うんですけど」
基本的にマスターはゴロゴロするのが好きらしく、一回横になってしまうと梃子でも動かない。比喩ではなく、本気で動かないのだ。何なら魔法まで使って動かない。
人としてどうかと思うが、そんな欠点を補って尚お釣りがくるほど強いし、本当に必要な時はすぐ動いてくれるので、あまり強くは注意できないのだ。
「コーヒーでも飲みますか?」
「んー、持ってきたから大丈夫~」
マスターはそう言うと、空間に穴を作って、そこに手を突っ込む。そして中から水筒を取り出して、こちらに見せてくる。
……相変わらずやってることが滅茶苦茶だ。
「それ、ほんと頭おかしい魔法ですよね。なんですか? 拡張空間って。理屈はわかるんですけど、実現できるのほんと意味わかんないんですけど」
「そう? 空間と空間の間にもう一つ空間を構築して、そこに転移門を作ってアクセスしてるだけだよ?」
「そんな簡単そうに言わないでください。そもそも空間と空間の間に空間を作るって言うのが無茶苦茶なんですよ。それを維持するのも大概ですし」
「意外と何とかなるものだよ?」
「嘘だ……」
適当なことばかり言うマスターに、僕は溜息を吐く。
手早く着替えをすると、紅茶を淹れて昨日のうちに買っておいた菓子パンを食べる。
王宮の食堂はこの前の襲撃の影響でまだ使えず、あまり美味しくない炊き出しの食事しか出されないのだ。まぁ、王宮自体の修復も全然終わっていないので仕方ないのだけれど、どうもあの味が苦手だった僕は、こうしてパンを買っておいて食べることにしている。
それも、レーツェルに行ったらおさらばなのだけれど。
「十時まで予定空いちゃったけど、どうする?」
「んー……あ、そうだ。前にマスターと一緒に開発してたあの魔力パターンを変更するやつなんですけど、この前ここで戦闘になった時に壊れちゃってたみたいで、直すの手伝ってくれませんか?」
「あれ壊れちゃってたのか。いいよ。パーツはあるし、十時まで暇だから直しちゃおう」
マスターがそう言ってくれたので、僕はスクラップの山の中からひしゃげて動かなくなった魔道具を引っ張りだして、ローテーブルの上に置く。
向かい合うように座り、その外装を外したマスターは……わかりやすく面倒くさそうな顔をした。
「うわぁ、これもう無理じゃない?」
「でも作り直すほどじゃないと思うんですけど」
「そりゃそうだけどさぁ。面倒なことってあるよね?」
「しっかりしてください……」
「あ、そういえば魔法繋がりで思い出したんだけど、あの相手を消滅させる魔法、名前決めた?」
「まだ決めてないです」
「適当でもいいから早く決めちゃってよ。毎回『あの魔法』とか『光と闇の混合魔法』とか面倒な言い回ししかできなくて困ってるんだから」
「えー、決めなきゃダメですか? 考えるの面倒くさいんですけど」
「決めないなら、魔法の名前が『元気百倍! 僕の名前は消滅君さ!』になるけど」
「僕決めるんでちょっと待ってください」
こだわりはあまりないけど、そんなふざけた名前だけは絶対に嫌だ。
そう思って手を止めてでも頭を捻らせて魔法名を考える。
……うーん、こういうの苦手なんだよな。
「あー、じゃあ、『
「思いつかなくて『夜霧』からパクったね?」
「僕がいいって言うんですからなんでもいいじゃないですか。マスターの『元気百倍! 僕の名前は消滅君さ!』よりはマシだと思いますよ?」
「いや、それと比べたらそうかもしれないけどさ。『夜滅』かぁ……うーん……悪くはないんだけど……好みじゃない」
「マスターの好き嫌いは知りませんよ……」
文句を言いながらも、とりあえず無事なパーツとそうじゃないパーツを判断するために手際よく分解していくマスター。
僕もそれを手伝っていると、コンコン、と部屋がノックされた。
「はーい、どうぞ~」
「それ僕のセリフなんですけど」
何故か僕の代わりに返事をしたマスターに文句を言っていると、ガチャリとドアが開いて、大きな車輪付きの鞄を転がしながらヨナが入ってきた。
「おはよう……って、何してるの?」
「おやよ、ヨナ。時間ありそうだったから、この前壊れちゃった魔道具直してるの」
「ふーん。ちょっと面白そう」
ヨナはそう言うと、僕の隣に腰掛けて机の上に並べられたパーツを観察する。
その様子を見ていたマスターが、「魔力を流さないなら触ってもいいよ」というと、ヨナはおそるおそるといった様子で手を伸ばした。
「おぉ。細かい」
「普通に作ろうと思うとちょっと持てないくらいの大きさになっちゃってさ……あの時は大変だったねぇ」
「大変だったって……マスターが『僕は持ち運びできるからいいや』って言って軽量化しようとしないから、結局全部僕が軽量化したの忘れたんですか?」
「いや、それをハンモックに揺られながら眺めるのが、宿題をさぼってる子どもみたいな気分になって大変だったって話」
「最低だこの人……」
人としてどうかと思う発言をするマスターに今日何度目かの溜息を吐きつつ、僕は手を動かした。
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