6.僕のターン
「〈顕現せよ 黒き生命の起源〉」
基本はあまり詠唱をしない僕だが、流石に大魔法の規模になると多少の詠唱はしないと実戦で使える速度で魔法を構築できない。
使うのは、『評価』の時に使った黒い波を起こす魔法。だが、簡易版だったあの時とは違って、今回は割と本気の魔法だ。
珍しく僕が詠唱をしたからか、はたまた別の何かを感じ取ったからかはわからないが、三人ともいつでも魔法を撃てるように準備する。
「〈呑み込む黒波〉」
すぐに詠唱を終えて、僕の魔法が発動する。
足元から黒い水が溢れだし、それは人の身長を超える波となって、僕を起点に同心円状に広がっていく。
闇の吸収するという性質を加えた水は、呑み込まれればそう簡単には抜け出すことができないうえ、ある程度までの衝撃も吸収するのでこの魔法に対処するのは少々面倒だ。
「っ!? 〈氷の砦〉!」
咄嗟にヨナが放ったのは、自分を起点に砦を模した氷を構築して敵の魔法を防ぐ氷魔法。対魔物用に造られたその魔法は、効果範囲内を即席の安全地帯へと作り変える。
今回のヨナの効果範囲は自分とファリアを守れるギリギリで、範囲をなるべく絞ってその分発動速度と強度に振ったのであろうことがわかる。
一方のワタルはヨナのさらに前に出て、剣を上段に構える。そして、魔力を込めた剣を思い切り振り下ろした。
氷属性を込めていたワタルの剣技は、黒い波を切断し、その断面を凍らせる。
ワタルは威力が弱まった黒波から逃げるように跳躍すると、氷の砦の上に乗る。
威力の減退した黒波は砦を襲ったが、ヨナの魔法のセンスとワタルに斬られたことで威力が減退していたことから、ほとんど砦にダメージは与えられなかった。
ならばと僕は、光属性を混ぜることで強化した雷の槍を十本ほど生成し、それぞれが干渉しないような角度で同時に打ち出す。
それを斬ろうとしたワタルだったが、剣に触れる寸前で考えを改めたのか、横に跳んでそれを避ける。剣で斬っておけば剣を伝って痺れさせられたのに、と残念に思いつつ、本命の氷の砦を破壊する、という目標は達成できたようで、耐え切れなくなった氷の砦は崩壊した。
氷の砦が崩壊した瞬間、距離を詰めて決着を着けるため前に出ようとしていた僕にファリアさんが魔眼を発動させる。顔で燃え上がった火は結界のおかげで僕を焼くことはなかったものの、一瞬視界が奪われた。
慌てて水魔法で消火したところ、目の前にワタルの剣が放つ銀の煌めきが飛び込んでくる。
「っ!」
火で目隠しをされ接近に全く気が付けなかった。今から回避しようにも、前に出ようとしていた体勢だったため咄嗟に左右に動けない。
仕方なく僕は心を決めて、全身を纏わせる結界の強度を上げて衝撃に備えつつ、両手で剣を受け止める姿勢を取る。
手の平に纏わせるのは光と闇の魔力。触れた対象を消滅させるその魔法でワタルの剣を迎撃することにする。
剣と掌。対象を消滅させる僕の魔法と、武器や服などを不壊にするという特殊属性を付与されたワタルの剣。消滅させようとするエネルギーとそれに抗う力のぶつかり合いは、結果として莫大なエネルギーをまき散らした。
あらかじめ強い結界を構築していた僕だったが、流石に急造品では強度が足りずパリンと小気味いい音をして結界は砕け散り、尚も溢れるエネルギーは僕のことを吹き飛ばした。
もっとも、吹き飛ばされたのはワタルも一緒で、数メートル上空に打ち上げられた後、地面に叩きつけられていた。受け身を取っていたし身体強化もしていたので、おそらく重傷は負っていないだろう。僕も無事だし。
だが、僕らが無事だったのは発生したエネルギーの大半が横向きだったおかげらしく、強い強度にしていたはずのフィールドを覆う結界は崩れ去ってしまっていた。
「キノア、大丈夫?」
結界が消えたので模擬戦が終了したと判断したのだろう。短剣を仕舞ったヨナは僕に駆け寄ってくる。
僕は体を起こしながら、「うん、大丈夫」と答えた。
直後は少しお尻が痛かったが、夜霧の効果で上がった治癒力のおかげか、はたまた軽傷だったからかはわからないが、ともかくとしてもう痛みは引いている。
「ヨナのほうは無事?」
「うん。たぶん衝撃のほとんどが横に逃げたから、こっちにはほとんど来なかった」
「ならよかったよ」
「オレは大丈夫じゃないんだけどな! ったく、キノアが大事なのはわかるが少しはオレの心配も――」
吹き飛ばされたワタルは、悪態を吐きながら自分に回復魔法をかける。
10秒もすれば魔法が終わったのか、起き上がって服に付いた汚れをパンパンと払う。
「ボク、爆発した瞬間、咄嗟に『あ、二人とも死んだかな』って思っちゃいました」
「凄い爆発だったもんね。わたしも一瞬ワタル死んだかなって思った」
「そこでキノアは生きてるだろうって判断するの、ヨナらしいな。
……で、キノア。今回の模擬戦どうだった?」
ワタルの指導をしていたときに、模擬戦の後にはよく反省会をしていたのを覚えていたのだろう。
僕は少し考えてから口を開く。
「まずファリアさん。やっぱりその魔眼は強力だし、最後の火の目隠しは良かったけど、全体的に火力が足りないかな。魔眼の宿命といえばそうなんだけど、たぶん魔力の使い方を少し変えれば威力もう少し上がるから、今度一緒に考えながら練習してみよう。後、身体強化もう少し鍛えたほうがいいかな。身体強化で常に魔力を操ってると、咄嗟に魔法が打ちやすくなるからね」
「う、うん。練習しときます」
「ワタルの方は――うん、だいぶ改善されてきたかな。剣に纏わせる魔法の威力は申し分なかったし、氷の壁を斬ったところ、アレは良かったと思う。ただ、やっぱりツッコミ過ぎなところは否めないかな。今回の場合はヨナとファリア、二人の後衛がいたから、もう少し二人を守るように立ちまわってもよかったかもしれない。敵に近すぎると味方の射線遮っちゃったりするからね」
「どうしても近づきたくなっちゃうんだよなぁ」
「気持ちはわかるけどね。ただ、時と場合によって立ち回りは変えたほうがいいね。勇者なら護衛任務することもあるだろうし、敵を倒すために護衛対象から離れすぎるのがよくない時もあるし。
で、最後にヨナ。うん、やっぱり魔法とか戦闘上手いね。特にあの短剣で斬りかかってからの不可視の魔法を撃ったところ。あの奇襲は完璧だったよ。身体強化も練度高いみたいだし。ただ、やっぱりファリアさんと同じで火力不足なところは否めないかな。手数的には十分足りてるんだけど、もしヨナと一対一の場面だったら、たぶん強力な結界さえ構築しておけば不可視の魔法とか関係なく防げちゃうから、不可視の魔法をもっと生かすためにも火力は欲しいかな」
「わかった。ありがと。
……一つ聞きたいんだけど、わたしの不可視の魔法、どうやって見抜いてたの?」
「ああ、あれは、僕から一定の距離のところに魔法で薄い膜を作ってたんだよ。よーーーーく見たらうっすら雷が見えたんじゃないかな。その膜に触れた魔法を感知して、ヨナの魔法に対処してたってわけ。だから、距離を詰めてきたのは正解だったよ」
「なるほど。そういう見抜き方があるのか。ありがとう、勉強になった」
「ならよかったよ。で、僕に対するダメ出しが欲しいんだけど――誰かある?」
僕がそう尋ねると、3人は顔を見合わせて、首を横に振った。
自分で自分への反省点はいくつか見つけてるけど、せっかくだから僕に対する客観的な視点からのダメ出しも欲しかった。でもまぁ、ないって言うなら仕方ないから――
「ひっ!」
「まず、光と闇意外の属性の構築速度が遅いね。体質的に苦手なのはわかるんだけど、もう少し速度が欲しい。
大き目の魔法を撃った後に、結果を確認してから次を用意する癖も直したほうがいいね。黒波の発動中に次の魔法を用意しておけば、あそこで勇者くんに雷の槍を躱されなかっただろうし。
もっと詳しく言おうと思えばいっぱいあるけど、とりあえずはこの辺にしとくよ」
「……マスター、なんでいるんですか……?」
急に真後ろから声が聞こえてきたからびっくりした。あまりに急に現れたものだから、あの冷静なヨナが小さく悲鳴上げてたし。
「んー? なんでって、この前言ったじゃん。迎えに来るから一回レーツェルに帰って来いって」
「言ってましたけど――え、今からですか? 流石にまだ準備が――」
「流石に今すぐとは言わないよ。明日の朝10時くらいにもう一回来るから、その時ね。あ、君名前何て言うの?」
「え、ぼ、ボクですか……? ファリア・ソーレって言いますけど――」
「そうか、ファリアね。君もついでに来ていいよ」
「あ、は、はい」
「マスター、シファ様に会えてなくてレーツェルに来るか聞けてないんですけど……」
「あ、そなの? じゃあ僕今から行って聞いてくるよ。じゃあ、明日執務室に迎えに行くからよろしくね。王様には言っておくから気楽においでよ」
マスターはそれだけ言うと、転移魔法を使ってどこかへ行ってしまった。
相変わらず人が走るくらいの感覚で転移魔法を使う人だ。普通、そんな簡単に使える魔法ではないはずなのだけど。まぁ、あの頭おかしいマスターに常識とか求めても無駄か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます