9.強者と弱者の哲学
「な、何故っ!?」
考えていたことを当てられて、わたくしは思わず大きな声をだしてしまいます。
「そんな難しい話じゃない。その目を見たらわかる。闘志がないもん。
無力感を突き付けられた人間が考えることはだいたい決まってるんだよ。もっと強くなろうとするか、そこで諦めるか」
「……別に、諦めたっていいですわよね」
「悪いとは言ってない。軽蔑はするけど。
――弱いっていうのは罪だよ。弱者っていうのは、強者に無理に負担を背負わせる罪人。わかるでしょ?」
「っ! 貴方に、貴方のような天才に、なにがわかるというのですかっ!!
わたくしだって努力はしてますの! 勉学も訓練も人よりしています! それでも、それをしても、追い付けないのです! その無力さがわかりますか!!
もう疲れたと思うのは悪いことなのですか!!?」
容赦なく心を抉ってくる『夜霧』に、反射的にそう叫んでしまいます。
心の中をさらけ出すようなそれを言い切った後に、わたくしは思わずその場で崩れ落ちてしまいます。
感情のままに溢れだす涙は、拭っても拭っても消えてくれません。
「わかっていますの! 弱いくせに傍にいるのは負担になると!
だから離れようと思ったことは、悪いことなのですか!!」
「いいか悪いかは僕が知ったことじゃないけど、個人的にムカつく。だって、まるで
逃げることを肯定するのは確かに弱者にとっては救いなのかもしれない。でもさ、逃げずに努力してきた強者にとって、それは嘲笑ってるのに等しいことだと思うよ。
『辛いなら逃げればよかったのに。馬鹿みたい』ってね」
「そんなことは決して――」
「『言ってない』。そんなことはわかってるよ。
でも、君がどう思ってるかは問題じゃない。僕がどう思うかが問題なんだ」
「傲慢ですわ」
「そうだよ、僕は傲慢だ。そうなれるだけの努力はしてきたし結果も出してるからね」
「っ! 貴方、ほんっとうに大っ嫌いですわ」
「僕も君が嫌いだよ。少なくとも今の君はね。
僕に好き放題言われて悔しい? 苦しい?
そりゃそうだろうね。でも弱いってそういうことだよ。大事なものを踏みにじられても、奪われても、何もできない。なにも守れない」
「自分が強者だからって偉そうに! 結局才能があった。それだけでしょう!? わたくしにはそんなものはないのですわ!
そんなにわたくしを馬鹿にして、何がしたいのですかっ!!」
「言ったでしょ? 年よりのお節介だって」
「どこがっ!」
「無力感っていうのは何も生み出さない。だってそれは諦めだから。
でも、無力感を悔しさに昇華したとき、それは意味あるものに変わる。何故なら、悔しさはバネにできるから」
「…………」
「そう、その目。その悔しいって目。それが大事なんだよ。それがある限り人は
……そうだね。さっきの問いに答えよう。確かに僕には才能があった。環境もよかった。努力で何とかならないことだってもちろんあると思ってるよ。
でもね――君はまだ頑張ってないよ。キノアとヨナちゃんの日課見たことある? たぶんびっくりするよ。
必ず寝る前に身体強化の練習をするんだ。それも、めちゃくちゃ精神的にキツイやつ。髪の毛の一本一本から、内臓、服の繊維まで均等に魔力を通したり、意図的に偏らせたり。あれはキツイよ。上達したかわかりにくいからモチベーションの維持は大変だし、やってることは足の指で針の穴に糸を通しながら両手でお手玉をするみたいなものだからね。魔力って目に見えないから綺麗に操るの大変なの知ってるでしょ?
キノアは気絶しちゃったからあれだけど、さっきヨナちゃんそれやってたんだよね。『疲れたから寝る』って言ってたのに寝袋で訓練始めるんだからびっくりしたよ。『疲れただろうし今日くらいいいじゃん』って言ったんだけど、それじゃ追い付けないから――って。ストイックだよね。
強さの内何割が才能で何割が努力なのか。そんなの誰にもわからないじゃないか。だったら自分には才能があるって思いながら頑張ったほうがいいでしょ。せっかく近くに『正しい頑張り方』を知ってる人間がいるのに諦めるなんてもったいない。それこそ環境も才能もない弱者に対する冒涜だね」
「……そんなの、そんなの――」
「ま、好きにしたらいいよ。散々馬鹿にしてきたムカつくやつが何言ったって素直に受け入れる気になれないだろうしさ。
……一週間後か、そのあたりかな。キノアとかヨナちゃんとか勇者くんとか、みーんなレーツェルに呼ぼうと思うんだ。それに、君もついてくる権利を上げよう。どうする? 確実に、変われるよ?」
「そ、れは……」
キツイ言葉を投げかけられた相手が、急に甘くささやくようにそう言ってきて、わたくしは混乱します。
どん底を見せられてから、希望の糸を垂らされたような。そんな感覚。
「ま、今すぐ決めろとは言わない。キノアか僕がもう一回聞きにくるから、その時答えてくれればいいよ。
じゃあね、公爵家令嬢様」
『夜霧』はそう言うと、転移魔法を使ってどこかへと消えてしまいます。
――そして、一週間ほどたった日。『夜霧』が急に公爵家を訪ねてきて、『明日出発するから、来るならキノアの執務室に十時ね』と言い残して去って行ったそうです。
それを伝言で聞いたわたくしは――
「待ってたよ、
朝の九時半。旅行用の鞄に、訓練着やその他の服、いろいろと必要なものを詰め込んでキノア様の執務室に入ると、何か魔道具をいじっている『夜霧』に、そう言われます。
その態度にイラっと来ましたが、いつかの余裕がない時とは違って、「ええ、お久しぶりです」と大人な対応ができました。
「あ、久しぶりですシファ様。護衛の方は……?」
「『紺色の霧』の本拠地に行くのに必要なんてないでしょう? むしろ邪魔ですわ」
「そりゃあ危険はないでしょうけど………」
「護衛と一緒に来なければよかったのに」
「聞こえてますわよ」
「聞こえるように言ってる」
「お邪魔しま――って、またいがみ合ってんのかよお前ら――」
ヨナと目線をぶつけて火花を散らしていると、後から入ってきた勇者様が呆れた声を出します。
それに言い返そうとしますが、キノア様が「シファ様も元気そうで安心しました」と言うので、毒気が抜かれてしまって何も言葉が出てきません。
そこに、見たことのない女性――おそらくは、キノア様が研修を引き受けた新人の宮廷魔法師の子でしょう――が入ってきます。
「あ、えっと――何か取り込む中ですか? ボク、外出てたほういいですか?」
「そっか、ファリアさんは初対面か。この人はクレン・シファ様」
「それは知ってますけど、どうしてここに……? あ、昨日『夜霧』さんが『今から行って聞いてくるよ』って言ってたのって――」
「その通りですわ。初めまして。公爵家のクレン・シファですわ」
「は、初めまして。ボクはファリア・ソーレです」
「ソーレ……もしかして、『炎舞』ラドクリフ様の……?」
「そうですけど、もしかして父をご存じですか?」
「あ、いえ。直接お会いしたことはありませんが、父がよく話しておりまして」
「そうなんですね! どんなこと言ってました? ボク、父に憧れて宮廷魔法師になって――」
「あー、盛り上がってるところ悪いけど、人も揃ったしもう行っていい?」
急にぐい、と距離を詰めてきたソーレさんに押され気味になっていると、『夜霧』が手を叩いて注意を引いてからそう言います。
それに、キノア様が「じゃあ、もう行きましょうか」と言うと、『夜霧』は気の抜けた返事をして、一瞬で転移門を作りました。
「じゃあ、順番にどうぞ。そして――
『宝石の勇者が眠る土地』、レーツェルにようこそ」
と、悪戯っぽく笑いました。
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