20.特殊な魔物
「っ!」
今の瞬間まで全く気が付かなかった。戦闘の後で気が抜けていたせいかもしれないが、それにしてもこの気配の薄さは異常だった。
見ると、その魔物は真っ黒な犬のような形をしていて、大きさは大人の男程度だが、特異なのはその体を作っている成分だ。
光を通さない黒の靄のようなものが集まってできているそれは、僕の知識の中にある魔物とは全く違った見た目だった。
「キノア、アイツって――」
「調査対象みつけた、って感じかもね」
結界とその中に保護されているシファ様たちを挟んで向かい合う僕と魔物。
僕一人でも倒せるだろうけれど――念には念を入れる。
「ワタルは左から回り込んで。僕は右から回り込む。ヨナはこの場で待機。もしかしたら結界の上を超えてくるかもしれないからそれに備えて」
「わかった」
「おう!」
今度はちゃんと指令を最後まで聞いてくれてひとまず安心だ。
僕は氷で剣を作ると、身体強化を六割ほどに威力を絞って発動させて一気に動き出す。十割で発動すると別の魔法に昇華してしまううえに疲れるので、とりあえず余裕を持たせて六割ほどにした。
ワタルも身体強化をかけて僕と反対側から黒い犬の魔物にむかって切り込んでいく。
すると魔物は僕ではなくワタルのほうに向かって走っていき、ワタルを噛み殺そうと口を開けるが、ワタルはそれを左に飛んで回避し、すれ違いざまに剣で切り付ける。
だが魔物は体を靄に変えることでそれを回避し、そのままヨナのほうに向かって走っていく。
僕は急いで進行方向を反転させ、ヨナのサポートに向かう。
「ヨナ、物理的な防御は駄目!」
「わかってる!」
ヨナは結界を構築して魔物の攻撃を防ぐと、魔法を撃って反撃をする――が、それは回避されてしまった。
物理的な攻撃は靄になって回避し、魔法の攻撃は素早い動きで回避する。攻めるなら魔法でだろうな。
僕はヨナに当てないように気を付けながら威力の低い魔法で弾幕をつくるが、相手は体を小さくすることでそれを回避していく。
埒が明かない。
「ふっ!」
ワタルが火魔法を宿した剣で魔物を斬ろうとするものの、小刻みに変わる大きさと素早い動きに翻弄されて、思ったように当てることができないようだ。
ならばと僕は腰から魔法銃という魔法具の一種を抜くと、その弾倉に宝石のように輝く黄色い弾を込めて狙いをつける。
「ワタル、攻め続けて」
「わかったよ! ああもうムカつく!」
そう言いながら剣を振るワタル。
ストレスが溜まるだろうが、動く標的に外さないように撃ち込む必要があるので少し大変だ。
僕は息を吸い込んで、狙いをつける。そして引き金を引いて、その弾を撃ちだす。
風魔法と火魔法の応用で撃ち出された弾は、身体強化がないと見えないほどの弾速のまままっすぐ魔物に撃ち込まれる。
だが、魔法が付与されたわけではないそれに、魔物は大丈夫だと思ったのか、それを躱すのではなく体を靄に変えることで回避しようとした。
たしかにこの弾丸には魔法が付与されていないので、靄になることで回避できるだろう。だが、靄になって回避させることが狙いだ。
僕の特殊魔法で作られた弾は、魔物が靄になって回避したちょうどその瞬間、結晶から元の魔法の状態に戻り、回避する間もなく魔物に雷を浴びせる。
ゼロ距離で魔法が発動するのだから躱せるわけもない。
魔物はまるで存在が嘘だったかのように消えると、静寂が僕たちの間を包み込む。
「……やった?」
ヨナが若干不安そうにそう言ったので、僕は頷く。
間違いなく倒した。だが――これはよくない。
あの魔物のしていた、靄になって回避するという方法の強化版を僕は知っている。
だからこそあの手段を思いついたのだが――
「なぁ、あんなふうに靄になる魔物いるのか? ウィスプ系にしては魔法撃ってこねえし、噛みついて攻撃できる以上実体はあるはずだよな?
実態があるのに靄になって回避するなんて――おかしくねえか?」
「……思い当たる魔法がある」
僕が返事に困っていると、ヨナが口を開いた。
「『夜霧』って、あんな魔法でしょ?」
ヨナは僕のほうを見ながらそう言ってくる。
彼女が知っているのも当然だろう。その魔法はこの世界の者ならば誰でも知っているほど有名で、かつ極一部の者しか使えないのだから。
「よぎり? それなんだ?」
「『夜霧』っていうのは、とある魔法使いが開発した魔法の一つで、その名前がそのままその魔法使いの『異名』になってる」
この中で一番それに詳しい僕がそう説明をする。
「体を霧状にすることで物理的な攻撃を無効にする魔法で、どの属性にも属してないから理論上は誰にでも使える」
「理論上使えるとはいっても、それを使えるのは今のところクラン『紺色の霧』に所属している者だけ。わたしも研究してみたことはあるけど全く見当がつかなかった」
それも当然の話だ。
今まで何人もの魔法使いが挑戦し、結果として成し得たのは『夜霧』を生み出した魔法使いと、その弟子たちのみ。そんな魔法が簡単に使えるわけがない。
ちなみに、『夜霧』を使える人たちは全員不老不死となっているといわれ、四百年前からずっと姿が変わらないまま――らしい。
四百年前の姿を知っているのは長命種のエルフくらいなものだろう。
「じゃあ、そんな魔法をどうして魔物が?」
「わたしにはわからない」
「さすがに僕にもわからないよ。
さて――じゃあそろそろシファ様たちを解放してあげようか」
この話の間ずっと結界の中にいたシファ様たちに視線を向けると、明らかに不機嫌そうな顔をして立っていた。
僕はあたりを警戒しながら結界を解き、シファ様のほうに近づく。
「お怪我は……なさそうですね」
「もっと早く結界を解いてほしいですわ! 怖かったんですのよ!」
「公爵家さま、怖がり」
「へぇ、攻撃全部躱されてた魔法使いがよく言いますわね?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないから。またアイツが来たら嫌だからさっさと帰ろう」
僕がそう言うと二人ともそれに納得したのか、渋々といった様子で馬車に乗り込む。
続いてワタルと護衛達も乗り込み、最後に僕があたりを警戒しながら乗り込んだ。
進みだした馬車の中で外を警戒していると、シファ様が「で、」と話始めた。
「結局あいつらはなんなんですの? 普通の魔物には見えなかったわ」
誰もその疑問に答えられる者はおらず、必然的に視線は一番魔法の知識があるであろう僕に集まる。
とはいえ僕だって皆目見当もつかない。
だから、肩をすくめて、
「僕にもわかんないよ」
と言うしかなかった。
これは僕より知識がある誰かに相談してみたほうがよさそうだ。
次様子を見に来るのが何か知ってる人だといいけど。
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