8.知らない天井ならぬ昨日見た少女



 チュンチュンという鳥の声で目が覚める。

 ぼんやりする頭を無理やり動かして目を開けると、真っ先に視界に飛び込んできたのはいつも通りの天井――ではなく、見慣れない少女の顔だった。

 それがなんだかわからず、しばらくの間ぼんやりした頭で考え、勇者パーティーの魔法使いだったことに気が付く。

 たしか彼女の名前はヨナで、昨日ソファーで寝てたのを僕のベッドまで移動させて、代わりに僕がここで寝たのだった。

 ヨナは何故か僕の顔をジィっと覗き込むばかりで、ばっちり目が合っているのにも関わらず何も言葉を発しない。


「……おはよう。昨日は自分の部屋に帰らなかったんだね」

「帰るも何も部屋ないし」

「何で? 宮廷魔法師なら部屋割り当てられてるでしょ?」


 宮廷魔法師は、他国からの引き抜きや襲撃などに備えて基本的に王宮内に部屋が割り当てられ、そこに住むことになっている。

 ちなみに、執務室はチームの魔法使いが合同で使うので、ほとんどの場合は執務室と別に居住用の部屋が用意されるのだが、僕の場合はチームも何も単独行動しかしないうえ、いつまでこの国にいるかわからない『客員・・宮廷魔法師』という特殊な立場なので、この執務室しか部屋がない。だからここは執務室兼自室となっている。


「割り当てられてるのかもしれないけど、わたし宮廷魔法師になったの昨日だから部屋ない。荷物もそれで全部だし」


 そう言って指さした先には、昨日からこの部屋に置いてあった大きなカバンがある。

 いや、昨日からヨナの荷物なんだろうなとは思っていたが……あまりにも少なすぎるだろう。

 たしかに持ち運ぶ荷物にしては多いだろうが、『荷物全部』にしては圧倒的に足りない。いや、僕の荷物はたしかに多いけれど、それにしたってヨナの荷物は少なすぎるだろう。


「いくら何でも荷物少なすぎない?」

「着替えとかいろいろ入ってるだけだしこのくらいだと思う。この荷物、勇者パーティーで移動してるときに持って行ったものそのままだから、なるべく軽くしてる」

「あ、じゃあ他の物は別のところにあるの?」

「いや、全部捨てちゃった。これが全財産」

「何故……」


 たしかに荷物が多いと持ち運ぶのに不便だというのはわかる。

 ただ、他のもの全部捨てるというのは……

 そもそも、勇者パーティーになる前に住んでた家はどうしたんだろう。既に引き払ってしまったのだろうか。


「まぁいいや。じゃあ今日はヨナの部屋を調達して、あと諸々ものを買い揃える日にしようか。急ぎの案件もないし」

「いや、べつにわたしはこの部屋に住んでもいいよ? そのほうが効率いいし。寝袋だけ買おう」

「男女で同じ部屋に寝泊まりするのは外聞が悪いから。面倒になったら困る。そっちもいやでしょ?」

「わたしは気にしない」

「僕は気にするからだめ」


 そもそも、ずっと猫耳が目の前にある生活なんて耐えきれない。そんなの――つい触りたくなっちゃうじゃないか。

 仕事中だけなら我慢できるけど、プライベートな時間まで同じになるとさすがに我慢しきれる気がしない。

 猫は至高。たとえそれが獣人の耳という限定的なパーツだろうと、猫は至高なのだ。

 とはいえ本人に向かってそんな理由を言えるわけもない。

 まぁ外聞が悪いというのも理由の一つではあるので嘘は吐いてないし。


「まぁ、まずは朝食にしようか。食堂にでも行く?」


 王宮勤めの人のために王宮には食堂が用意されていて、朝のこの時間にはモーニングが用意されているはずだ。

 味は保証する。美味しい。


「うん、じゃあ行く」

「りょー。準備とかいる?」

「ううん。するものないし」

「じゃあ行こうか」


 化粧とかはしないのかと一瞬思ったが、昨日も化粧を特にしていなかったのを思い出す。

 まぁ元から美少女と言える見た目をしているので、化粧の必要はないのかもしれない。


 僕たちは執務室から出ると、昨日勇者のところに行ったのとは別方向に向かって歩く。

 執務室は三階にあって、食堂は一階にあるので、僕らは近くの階段で降りると人で賑わう食堂に入る。

 食堂は基本無料だ。というのも、ここに入れるのは王宮勤めの人間だけなので、食費を必要経費として負担してくれるこの国ではお金をとる必要がないのだ。

 僕は目玉焼きとトースト、それにスープを頼む。ヨナも同じものを頼み、受け取った僕らは空いている二人掛けの席に座った。


「いただきます」

「……いただきます」


 僕が食前の挨拶をするのに少し遅れて、ヨナも同じように言う。


「フード外さないの? 食べにくいんじゃない?」

「外す必要ないし」

「ふぅん。まぁいいけど。でも、ずっとフードつけてると禿げるよ?」


 それを聞いたヨナは相当驚いたのか、口に含んでいたスープが変なところに入ったらしく激しくむせた。

 ハンカチを差し出しつつ、僕は「大丈夫?」とヨナに尋ねる。



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