42.今更投げ出さない




「その通り」


 あまりイメージができない。どうして身体強化を極めると体があんなに霧状になるのだろうか。


「知ってるかもしれないけど、身体は細胞って呼ばれる小さい塊が集まってできてる。身体強化って言うのはそれらに魔力を流して力を与えることで、細胞が持つエネルギーを超えた動きをさせるっていう原理。

 全身を必要以上の魔力で満たすと、細胞の一つ一つを過剰な魔力が覆うことになる。すると、細胞は細胞同士の繋がりを失っても問題が無くなる。細胞が生きるエネルギーは血液じゃなくて魔力によって供給されることになるんだよ」

「そんなことが――」

「起きるんだよ、実際に。

 でも、体に無茶させるわけだから副作用もある。あまりにも大量の魔力に覆われた細胞は、そのものが変質してしまう――というか、なくなる」

「え?」

「細胞が魔力に変質するって言ったらいいかな。物質の魔力化。空想上の話に聞こえるかもしれないけど、実在するんだよ。

 身体は魔力によって形作られるようになる。とはいっても魔力にも代謝があるから食事とか排せつとか睡眠とか、日常生活に大した影響はない。

 ただ――一度『夜霧』を使った人間は、不老になって、ほどんど不死に近くなる。魔力でできた肉体が劣化すると思う?

 なんかいい説明ないかな……ああ、あれだ。ご飯に魔力を与えてると悪くなりにくいでしょ? そんな感じ」


 言っていることはわからなくはない。

 でも、それを納得できるかと言われたらそううまくはいかない。

 不老というのも、目の前に十年ほど前から一切見た目が変わっていないメルさんがいなければ信じもしなかっただろう。


「……つまり、キノアはもう年を取らないってことですよね?」

「うん。そうだよ。僕ももう四百年くらい年取ってないもん。

 だから寂しくなってクラン作って、クランメンバーに『夜霧』を教えたんだよ。

 悪い人間に『夜霧』が伝わらないようにしないといけなかったから、信用できる人を選ぶとことからしないといけなくてさ。

 不老だし、夜霧を使った人間を殺すのはまず無理。そんな犯罪者いたら世界中パニックでしょ?

 だから教える人は慎重に選ばなきゃね」

「それをなんでわたしに?」


 そんな情報聞いてしまってよかったのだろうか。

 そう思いそう尋ねると、『その質問を待っていた』と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「そりゃあもちろん息子同然のこの子のためだよ」

「え?」

「ほら、うちのクランの人はキノアより二百歳くらい年上なわけで、同年代もほしいでしょ?」

「……わたしにも『夜霧』を使わせようと?」

「うん。その通り。君も『夜霧』使えば、ずっとキノアと一緒に暮らせるよ?」


 ……ちょっといいかもしれない。

 ずっとキノアと一緒にいる未来を想像してみて、にやけそうになる。

 だが、次の瞬間、悪いほうの可能性も思い浮かんでしまう。


「でも、それはキノアが受け入れてくれることが前提ですよね?」


 もしわたしが『夜霧』を習得できても、キノアがわたしと一緒には居たくないと言えば、わたしは一人で永遠に生きることになる。

 それはとても恐ろしいことだ。

 だが、わたしがそう言うことは想定内だったのだろう。メルさんはあろうことか、合掌してわたしにこう言ってきた。


「そう、だからそこでお願いがあるんだよ。もっとキノアと仲良くなってくれない?」

「それって……?」

「キノアはもう『夜霧』を使っちゃったんだよ。だから後戻りはできない。

 実は僕、責任を感じてるんだよ。もしこの子が普通に生まれ育っていたら、『夜霧』使わなくてもよかったのかなって。

 だったらせめて、同年代で仲のいい子がいてもいいかなって」


 なるほど。言っていることはわかる気がする。

 でも、わたしの勘が訴えている。それだけじゃない。

 わざわざ「お願い」してまでわたしに仲良くなってくれと言う理由が他にもある。そんな気がする。


「本当に、それだけですか?

 別にキノアがそれでいいなら、同年代の子なんて無理に作らなくてもいいと思うんです。

 それに、キノアが『夜霧』を使わなくても過ごせるようにすることなんていくらでもできたはず。

 なのにメルさんはキノアが『夜霧』を使う事態に陥る可能性があるこの国に派遣した。

 メルさんは、最初からキノアに『夜霧』を使わせないという選択肢はなかったように見えます。

 しかも責任の取り方が『同年代で仲のいい子も不老にする』って――不自然な気がします」

「……勢いで誤魔化せると思ったのに」


 メルさんはそう言うと、すくと立ち上がる。

 わたしもつられて立ち上がると、メルさんははぁ・・と溜息を吐いた。


「さっき、『これをキノアが知ったら自殺するかもしれない』って僕は言ったよね?

 僕はそうならないために、そうさせないためにキノアに伝えるのを後回しにしているんだ。

 でも、いつかは言わなきゃいけない。


 ――僕は、キノアが死なないために君が必要だと思ってる」

「それって、どういう……」

「君がキノアを繋ぎとめられるくらい仲良くなれば教えられるよ」


 そもそもわたしはキノアと仲良くなりたいと思って近づいているわけだし、メルさんの「お願い」を聞かない理由はない。

 でも、たとえ事実だとしても、『お前が仲良くならないとキノアが死ぬぞ』なんて脅迫じみた言い方をされても素直に頷く気にはなれない。結局キノアがどうして死ぬことになるのか、全く分からないままだったし。


 わたしは少し悩んだ末、口を開いた。


「どうして、わざわざそこまでしてわたしにそのことを言ったんですか?

 ほっといてもわたしはキノアと仲良くしようとしただろうし、わざわざこうして怪しまれてまでそんなお願いする必要なかったと思うんですけど」

「それは僕も思ったんだけどねぇ。

 正直に言うと、途中で君に投げ出されたら困るなって思ってさ。キノアの命に関わるって言っておけばそう簡単に『キノアと仲良くするのやめよう』とはならない」

「メルさんが『強い魔法使いになったらまた会える』って言ったんですよ。だからわたしはそれを信じてここまで頑張ってきました。



 なので――今更投げ出しません」


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