二章「レーツェル=メノウ自治領」

1.買い物のはずだったんだ



 魔族の襲撃が起きてからおよそ一週間後、体調が回復してからは事件の事後処理に追われていた僕らは、久しぶりに取れた休暇を使って王都に買い物に来ていた。

 まぁ、この買い物も仕事の内だと言えなくもないのだが。なにせ、買うのは執務室に置く家具などだ。仕事で使う部屋に置くものを買うのも仕事の内だろう。


「で、わたしも来てよかったの?」


 この前一緒に出掛けた時とは違い、仕事用のローブを羽織ったヨナがそう尋ねてきた。

 同じくローブに身を包んだ僕は頷いて、理由を説明する。


「ほら、僕の執務室って勝手に寝室とかも兼ねさせてるけど、本来仕事する場所だからさ。一緒に仕事するヨナの意見も欲しいかなって。新人も来るし、僕だけの意見で決めるのもなって思ってさ」

「新人……?」

「あ、言ってなかった? 今度国で採用する学生の就職時期が早まって、明日からうちのところで研修も兼ねて働くんだよ」

「聞いてない。なんで? 普通、就職するのって半年くらい先でしょ?」

「この前の襲撃で騎士団も軍も大量の死傷者が出たうえに、王都内に不安が蔓延して治安も悪くなってきちゃって、人材が足りないんだよ。だから、苦肉の策として就職の時期を早めるんだってさ」

「結構思い切ったことするんだね」

「対応が遅いほど国が不安定になるから急いだろうね。政治ってホント大変だよ」


 僕には魔法の研究をしながら割り振られた仕事をするくらいがお似合いだ。


「でも、どうしてわざわざキノアのところに? 他にも指導してくれる宮廷魔法師はいっぱいいたんじゃない?」

「僕が推薦したっていうのと、僕のところが一番戦力的に整ってるからっていう理由かな。ほら、一応『紺色の霧』のメンバーの僕と、勇者パーティーの一人だったヨナがいるし」

「キノアはともかくわたしはそんなに強くない」

「でも、ヨナも異名持ってるんじゃないの? この前他の宮廷魔法師と話してた時に教えられたけど。『白銀の水晶』、だっけ?」

「たぶんそんな感じだった気がする。たまにしか呼ばれないからたまに忘れる。

 キノアは、『消滅』だったよね。短くて羨ましい」

「単純に僕の情報が少なかっただけだと思うけど。昔はマスターの影に隠れることが多かったから、僕の見た目が印象に残ってる人少なかっただけ」


 だから、仕方なく僕の使う魔法の特徴を名前にしたのだろう。

 ――そういえば、マスターにあの消滅させる魔法の名前考えておけって二年くらい前に言われてたけど、まだ決めてないや。どうしよう。

 ま、いいや。後で考えよう。


「ねぇキノア。今どこに向かってるの?」

「とりあえず高そうな店が集まってるとこ。どうせならいい家具買おうかなって。お金はあるしね」

「前の家具はどこで買ったの?」

「あれはレーツェルから持ってきたものだよ。選んでくれたのはスハルさん――ええと、『氷の城』って言えばわかる?」

「会ったことはないけど、聞いたことはある。その人はどこで選んだとか聞いてないの?」

「たぶんレーツェルで買ったんじゃないかなぁ。買いに行ってもいいんだけど、ほら、レーツェルからだと王城まで配達してくれないでしょ?」

「たしかに。だったら王都で買ったほうがいいか」

「そういうこと。っと、ほら、あの辺の店とか高そうで――」


 と、そこまで言ったところで、僕の声を甲高い悲鳴が遮った。

 慌ててそちらを見ると、宝石店の硝子が割られ、中から袋に宝石を詰めた男が飛び出てきた。

 誰がどう見ても強盗だ。


「……なんでこんなときに強盗に出くわすんだろう」


 やっぱり、僕は不幸体質なのかもしれない。ただの買い物のはずだったのに。

 はぁ、と溜息を吐きながら剣を振り回してこちらに向かってくる男に右手を向けるが――


「任せて」


 と、横にいるヨナが言うので、任せることにした。

 ヨナが男に視線を送ると、バチン、と雷魔法の音がして男が急に倒れる。

 走った勢いのまま倒れたのでかなり痛そうだが、自業自得だろう。まぁ、意識を失っているみたいだし痛くはないのかな。

 ともあれ、こういうときにヨナの魔法は便利だ。魔法の軌跡どころか発動の兆候も目に見えないというのは、想像以上に便利だ。今までヨナの戦闘を見たのは魔物との闘いの時だけだったし、今度一度模擬戦をしてみてもいいかもしれない。


「はい、確保」


 あっさりと雷撃で気絶させたヨナは、男の両手を氷魔法で固定しながらそう言う。

 そんなヨナの様子に周りから拍手が聞こえ、ヨナは少し恥ずかしそうにする。

 

「じゃあヨナはこの男見ててくれる? 僕は店の方見てくるよ」

「わかった」


 その場をヨナに任せ、僕は強盗が押し入った店の方へ急ぐ。

 店の硝子は無残にも割られ、ショーケースは壊されて中に本来あったはずの宝石がなくなっていた。

 だが、店員は無事だったようで、店の隅の方で怯えた顔で僕のことを見ている。

 そうか。急に警備兵でもない男が入ってきたら怖いか。


「すいません。僕は宮廷魔法師で、皆さんの様子を確認しにきました。大丈夫ですか?」


 懐から身分を証明する懐中時計を取り出し、それを見せながらそう自己紹介すると、店員はホッとした顔になる。


「と、とりあえず怪我した人はいないです。でも、商品が――」

「犯人はもう捕まえているので大丈夫です。一人だけですよね?」

「はい! 始めは怪しい客だなくらいの感じだったんですけど――」


 安心感からか、その時の様子を話し始める店員たち。

 ――気持ちはわかるけど、僕が捜査するわけじゃなくて、警備兵が来るまでの繋ぎとして来ただけなんだけどなぁ。

 そう思いながら一応心のメモ帳にメモを取っていると、店の外から男たちの声が聞こえてきて、店に警備兵が入ってくる。


「っ!? 犯人かっ!?」


 僕の方を見て剣を向ける警備兵の一人。しかし、後ろにいた隊長らしき男の人が頭をガツンと叩いたことで、その剣が僕を貫こうと振るわれることはなかった。


「馬鹿野郎、店員たちの顔見たら犯人じゃないってわかるだろうが! どう見ても怯えた顔じゃねえだろ!

 うちの部下が失礼しました。私は隊長のグウェリ・オンドールです」

「いえ。気にしてないですよ。

 僕は客員宮廷魔法師のキノア・フォルクスです。たまたま現場近くにいたので、被害者の無事を確認していました。犯人はその辺で、相方が捕まえているはずです」


 店員の制服を着ていないし、高級店の空気を出しているこの店に入るほどお金持ちには見えないだろうから、怪しまれても仕方ない。


「わかりました! じゃあ、お前らはあっちに行って犯人を引き渡してもらえ。残りは店で聞き取りだ」


 僕が説明をすると、隊長がテキパキと指令を出す。

 暫くすると、犯人を引き渡したヨナが疲れた顔でこちらに来る。


「疲れた。めちゃくちゃ色んな人に見られた……」

「お疲れ様。後で何か奢ろうか?」

「いや、大丈夫。それより、まだなにか聞き取りとか残ってたりするの? ないなら早く家具見に行ったほうがいいと思う。どれくらい時間かかるかわからないし」

「確かにそうだね、帰れるか聞いてみようか。

 ――すいません、僕らもう帰ってもいいですか?」


 僕は、店員に聞き取りをしていた隊長に話しかけ、そう確認する。

 すると隊長は一瞬悩んだ後、後日もしかしたら話を聞くかもしれないとは言ったが、無事に帰ってもいいと許可を貰う。

 僕らは安心して店から出ると、二人そろってため息を吐いた。


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